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ゾーイの葛藤とヴァレンティンの嫌悪

12人目の聖人が蘇った地リースに、ゾーイは足を踏み入れていた。


(12人目は確か…幼児だった。えっと、名前はレオ。平民の為、苗字はない。享年3歳。死因は…溺死?蘇りは死後1日。教会の墓地で埋葬しようとしていた時…ね。)


レオは蘇り後すくすくと育っている。


ここでは悲恋ではないようだ。


彼は結婚して家庭を築き、その子孫がこの地にいると書かれていた。


その子孫が住む家の扉をノックする。


「どちら様でしょうか?」


出てきたのは高齢の女性だった。


突然訪ねて来た見慣れぬ若い女を訝しそうに見る。


「突然申し訳ありません。私はゾーイと言います。実は聖人について個人的に調べていまして、あなたの先祖が聖人でいらしたと聞いたものですから…。」


「ああ。そうなんですか?懐かしいね。随分昔、同じように突然訪ねて来た男がいたな。構いませんよ、どうぞ。」


(もしかしてロッシュ先生の事かしら。)


彼女はアンといった。曲がった腰に、白髪黒目の彼女は暖かい紅茶を入れてくれた。


ほとんど味のしないものだったが、冷え切っていたゾーイの体には染みた。


「よいっしょっと。さて、ご先祖様について知りたいと言いましたね?」


コクリ、と頷くゾーイを見て、アンも頷いた。


「彼はレオといって、母親と二人で貧しく暮らしていたようです。3歳の時に、この近くにある水路で溺れたそうで、母親の必死の蘇生も虚しく、息を引き取ったと聞いていますよ。そしてリースにある唯一の墓地でレオを埋葬しようとした時に、目を覚ましたと。」


資料に書かれていた通りだ。


「その…、お母さまはその後…?」


「あぁ、母親は、レオの死に耐え切れなくなって自害したと聞いていますよ。いつかは詳しく分かりませんけど。」


ゾーイの心臓が痛いほどに拍動した。


(…自害?)


「母親亡き後、レオは聖人ということでこの地の大店に引き取られたそうです。しかし出自を知ったレオが、商家を出て生家に戻ったと。その後同じく平民の女性と結婚して、今に至るという訳です。」


コクコクと頷く。


「その母親は平民に稀な魔力持ちだったらしくてね。その血を受け継いでいるのだから、私にも魔力があったら良かったのにと思ったものだが、はは、そう上手くはいかないものだね。」


(そういえばここへ来るときに出会った女性も、“昔々も大昔、リースにも魔力持ちの平民がいた”と言っていた。それはその母親のことだったのだろうか。)


「ありがとうございました。突然訪ねてしまって申し訳ありませんでした。」


そう言って立ち上がるゾーイに、笑顔を向けるアン。


「いいえ。久しぶりに若い人と話せて楽しかったですよ。良ければ夕食を食べていきますか?」


ギョッとするゾーイ。


「い、いえ。先を急ぎますので…。お気遣い…感謝します。」


ゾーイはその親切を素直に受け入れられなかった。


リースを後にしようと、街の出口を目指していたゾーイは、不意に声を掛けられた。


「あれ、お嬢さん。目的は果たせたかい?」


ふり返るとそこには、昼間に出会った女性が立っていた。


「あ、その節は…。はい。おかげさまで。ありがとうございます。」


ゾーイは無意識に距離を取った。


「それは何より。それより、そろそろ暗くなるが、また出かけるのかい?」


「ええ、先を急ぎますので。」


気まずそうに話すゾーイを見ていた彼女は、ニッと笑った。


「日が沈めば凍える寒さになるだろう。今日はうちに来たら?今晩は泊まって、明日発てば良いだろう。」


ゾーイはポカンとした顔を隠せなかった。


ゾーイはふいにルドルフの言葉を思い出していた。


“平民なんて吹けば飛んじまうくらい弱っちいが、皆で助け合いながら生きてんだ。”


そうか、とゾーイは思った。これが平民の強さなのだと。


「そ、それでは、お言葉に甘えて…。」


実際ゾーイは、次の目的地を日が暮れてまで目指すのは無謀だと思っていた。


「そうかい?それでは招待しよう。アミンの我が家に。」


彼女はニッと笑った。



――――――――――――――――――――――



ヴァレンティンはふと目を覚ました。


いつの間にか深い眠りに入っていたことに驚いた。


いつもは浅い眠りで夜半に目を覚ます事も多い自分が、朝日と共に目覚めたのだ。


「眠りすぎたな。出勤しなければ。」


ヴァレンティンはノロノロと身支度を始める。


(ゾーイはどこへ向かったのだろうか。カーラは追いかけることは逆効果だと言っていた。曲がりなりにも女性のカーラが言う事だ。自分よりもよほど理解しているだろう。)


「ケガなどしていないと良いが…。」


学園に出勤したヴァレンティンは、身の入らない授業を終え、ベラとの個人指導の時間を迎えていた。


(実に面倒だ。誰か変わってくれる人はいないものか…。)


そう思ったヴァレンティンだったが、その願いも虚しく、ベラと時間を共有することになった。


「義兄様。こんな感じでしょうか?」


ベラが上目遣いに聞いてくる。


(気持ちが悪いな。ゾーイはこんな風に媚びるような態度はしない。)


ヴァレンティンは容姿にも地位にも恵まれており、女性にアプローチされる事も多かった。


しかしゾーイはそんなこと歯牙にもかけない様子で、それが接しやすさの一因だった。


(魔道具研究所に行く日なんて、前日と同じ服を着ていたのに、特に反応を示さなかった。当然洗った別の服だったが、ああいう時令嬢というものは、“自分の為に着飾って欲しい”だとかいう事を理解し難いほど婉曲的に言ってくるものだと思っていたが。)


はた、と考えを止める。


(何故今ゾーイの事を?)


「そうだね。まあまあです。引き続き鍛錬を怠らないように。それではこれで終わりにしよう。」


そう言ったヴァレンティンを見つめるベラ。


「あの…、お義兄様はお屋敷に帰らないのでしょうか…。少し…寂しいです。」


そう言っておずおずと見上げるベラ。


「あそこはもう僕の家ではありませんからね。僕はもう家を出た人間だ。」


「でも…。家族ですもの。寂しいですわ…。」


ベラが心底悲しそうな顔を浮かべて言った。


“ゾーイがそんな風に少しでも気を許してくれればいいのに。”


ハッとヴァレンティンは我に返った。


(はぁ、何を考えているんだか。)


「ベラ、一つ質問をしても良いですか?」


パッと表情を明るくするベラ。


「どうぞ!何でしょう?」


「ゾーイは何が好きなのですか?何に興味を持つのでしょう?」


そう言ったヴァレンティンを、引き攣った笑顔で見るベラ。


「ゾ、ゾーイですか?あの子は…ほ、本…。お勉強も好きでしたね…。」


そう言ったベラに違和感を覚えた。


「君はあまりゾーイの事を知らないようだね?旧知の仲かと思っていたが、そうでは無かったようだ。」


その言葉を聞き、ベラは表情を固めた。


「いえ…、私は昔からゾーイと付き合いがあるんです。お義兄様よりは知っていると思いますが…。」


「そう?とてもそうは思えないけど。」


ベラはしばらく沈黙した後、ニコッと笑った。


「それより、私、お義兄様の事を知りたいんです…。あの…、」


ベラが何か言いかけた時、ローブのポケットに違和感を覚えた。


「すまない、急用ができた。」


そう言って突然部屋から飛び出したヴァレンティンを、ベラは呆然と見送った。


「一体…何なのよ…。」

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