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アーサーの悔恨と祈り

藁にも縋る思いで送ったヴァレンティンへの手紙が、期待を裏切る短いメッセージで戻ってきた時、アーサーは肩を落とした。


書斎のソファに座っていたアーサーの手から、手紙がひらりと落ちる。


(もう一週間だ…。一体どこに行ったというのだ…。ゾーイ。)



* * * *



結婚当初、突然できた義娘に、アーサーは戸惑っていた。


面食らうほどお転婆で、好奇心旺盛。不愛想なアーサーにも平気で近付く怖いもの知らずの可愛い女の子。


血の繋がらない娘だったが、天使のようだと柄にもなく思っていた。


しかしクロエはアーサーに言った。


「ゾーイが大人になるまで、あの子に近付かないでほしいの。それがお互いのためだから。」



クロエと再婚したのは、アーサーが30歳の時。


前妻がソレイユを生んでから2年で病死したのだ。


彼女とは政略結婚だったが、それなりの関係を築けていた。


だから再婚などすぐには考えられなかった。


しかしソレイユの成長には母親が欠かせないと周囲からの助言もあり、当時同じく夫を亡くし未亡人となっていたクロエとの再婚を決めたのだった。


出会いは知人が催したと気軽なパーティーだった。


クロエは、友人と共に出席していた。


たまたま彼女と会話をする機会があり、随分淑女らしくない人だと感じた。


趣味は勉強と読書と園芸、苦手なことは裁縫とダンス。


ゾーイのお転婆は母譲りだと、アーサーは常々感じていた。


クロエは、暖かな陽だまりのような人だった。


会話の苦手なアーサーが、石のように黙り込んでもちっとも気にせず、その時間すら楽しんでいるようだった。


そんなクロエに惹かれたアーサーは、すぐに結婚を申し込んだのだ。



結婚が決まる前、クロエはアーサーに言った。


「これから話すことを聞いて、それでも良いというなら、結婚してほしいの。」


「それはどういう…?」


「だって、結婚はお互いフェアじゃなきゃ、そうでしょ?」


そう言って辛そうに笑ったクロエは、二人の過去を話し始めた。


事情を知っても、アーサーの意思は変わらず、二人の結婚が決まったのだった。



クロエは性格上、すぐにレフェーブル家にも馴染んだし、ソレイユにも懐かれた。


そしてアーサーは、クロエとの約束を粛々と守っていた。



「伯爵様、おはようございます。」


いつの頃からか、ゾーイが父と呼ばなくなった事にアーサーは胸を痛めていた。


しかし目の端ではいつも、眩しく輝くような義娘を見ていた。



クロエの死は、アーサーを深い悲しみに落とし込んだ。


短い間に育んだ気持ちは思いのほか大きく、喪失感も絶大だったのだ。


クロエとの約束は、ある意味彼女との最後の繋がりだった。



クロエの死から数年、少し気持ちの整理が付いた頃、アーサーは気が付いた。


“ゾーイとの間に、埋めようもない溝がある”


「体裁が良くない。義父と呼びなさい。」


「伯爵」と呼ぶ義娘に向けた甚だ不器用な物言いは、気持ちとは裏腹に冷たいものになった。


言われた通り、ゾーイはお義父様と呼ぶようになる。


しかし二人の間にある溝は、むしろ他人よりも広く深いものになっていた。



ある時から、ゾーイの学園での不穏な噂を耳にするようになる。


彼女が他人を踏みにじるような人間ではない事は良く知っていたし、ゾーイも毅然としていて、全く気にしていないように見えた。


だからアーサーは介入しなかった。出来なかったのかもしれない。


そんなある日、ゾーイが気を失ったまま屋敷に運び込まれたのだ。


頬が赤かったが、大きなケガも暴行された形跡もない事にほっとした。


しかしその日も、その次の日も目覚めなかった。


眠るゾーイの顔が、死んだクロエと重なってしまった。


“あの夕日を写したようなオレンジの目が、もう開かれないかもしれない”


その時再び、アーサーは絶望した。


結局何もできなかった自分を、ひどく愚かに感じた。


4日の後、ゾーイが目覚めたと聞き、殆ど手についていなかった仕事も来客も放りだし、ゾーイの寝室へ向かった。


久しぶりに開かれたオレンジの目がこちらを見た時、思わず泣きそうになりアーサーは顔を引き締めた。


何もかもどうでも良かった。


ゾーイが目を覚ましたのなら。



* * * * 



あの時、どんなに心配したか、どんなに失う事が怖かったか伝えていれば結果は違ったろうか。


どれだけ後悔しても、既に時は過ぎていた。


(やらなければいけない事とは、何なんだ?いや、どんなことだって構わない。だからお願いだ。どうか無事で帰ってきてくれ。)


祈るように組んだ手を太ももに預け、アーサーは俯きながら一心に思ったのだった。

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