ソレイユの懺悔とヴァレンティンの機微
ヴァレンティンが立ち去った後、ソレイユはしばらく呆然と床を見ていた。
“一人でも味方がいたら違ったかもしれない”
まさに言われた通りだった。
まるで孤立したゾーイが失踪したのは、自分のせいであるように感じた。
しかしある種の強迫観念から、ゾーイに近づくことができなかったのだ。
* * * * *
ソレイユが11歳の冬、ゾーイへの誕生日プレゼントを買おうと、侍従のジャンと共にノーヴルの街へ出ていた。
ジャンと相談して決めた宝石店は、時計台のすぐそばにあった。
「あら?ソレイユ君?」
買い物が終わり、馬車に乗ろうとしたところで声を掛けられた。
振り向くと、そこにいたのは平民のような質素な装いのベラだった。
ジャンは既に荷物を積み込み、御者の隣に移動している。
「ベラさん、こんにちは。お買い物ですか?」
「ちょっと用があってね。ソレイユ君は、宝石店に御用?」
「もうすぐ義姉様の誕生日なので、プレゼントを買いに。」
はにかみながら笑うソレイユを見て、ベラは苦笑した。
「ソレイユ君は本当にゾーイが好きなのね。」
「はい。いつも優しくて、温かくて強くて、憧れなんです。」
「そう…。でも。ゾーイもとても辛い思いをしたでしょう。お母さまが亡くなって。それでも貴方に気を遣わせまいと、気を張っているわ。あまり頼りきりになるのは…。ゾーイにとって重荷になる事もあるでしょう。」
ベラの言葉がソレイユに突き刺さった。
「そ、そうなのでしょうか…。僕は重荷なんですか…?」
無言で眉毛を下げて苦笑するベラ。
その表情を見てソレイユは絶句した。
(きっとベラさんにしか話さない事があるんだ…。義姉様にとって僕は…。)
おかしな程、不安がこみ上げてきた。
「大丈夫よ、あなたが自立すれば良いの。ずっとそばにいては、甘えてしまうでしょう?」
「そう…ですね。立派に自立すれば、義姉様は僕をもっと好きになってくれますか?」
「もちろん。でもお互いが依存し合わないように、少し距離を置いた方が良いわ。できれば学園では、寮に入った方が良いわね。」
ベラと話したその日から、出来るだけゾーイから距離を取っていたソレイユ。
急な態度の変化に心配したゾーイが声をかけてきたことがあったが、慌てたソレイユは思わず声を荒げてしまった。
「義姉様には関係ありません!僕ももう11歳です。あなたとずっと一緒にいるのは嫌なんです。」
その言葉を聞き苦笑したゾーイは、それ以降無理に距離を近付けようとはしなくなった。
(もっとしっかりすれば…。もっと大人になれば…。義姉様が頼れるような人間に。)
学園に入学してから半年ほど経った頃から、ゾーイに関する腹立たしい噂が流れるようになった。
ソレイユはもちろん信じなかったし、ゾーイは毅然とした態度で気にしていないようだった。
(義姉様はとても芯の強い人だ。こんなくだらない噂なんて気にしないだろう。)
ソレイユはそう信じて疑わなかった。
アーサーから急に屋敷へ呼び戻され、ゾーイの休学について聞いたソレイユは、居てもたってもいられず、ゾーイの居室を訪れた。
彼女は相変わらずシャンとしていて、何の憂いも抱いていないようだった。
その姿が、その時に限ってはソレイユを苛立たせた。
「今休めば、認めた事になるのではないか。」
思わず口から思ってもない言葉が出てしまった。
そうではない。
義姉が傷ついていないか、それが知りたかった。
自分の感情を上手くコントロールできず、ちぐはぐな心が酷く葛藤していた。
* * * * *
屋敷に帰宅したソレイユは食事も摂らず、早々に居室に入った。
寮にはしばらく戻っていない。
ベッドに座ったものの、横になる気が起きなかった。
眠るのが怖かったのだ。
真っ赤な血を流したゾーイが、涙を流しながら見つめてくる。
ソレイユは何も言えず、手を伸ばした瞬間、びっしょりと汗をかいて飛び起きるのだ。
しかし思えば、ソレイユは物心ついた頃からゾーイが泣いているのを見たことが無かった。
いつも泣いているのは自分で、ゾーイは優しい目で抱きしめてくれていた。
(例え嫌がられようとそばにいれば良かった。くだらない噂だと、義姉様は大丈夫だなんて思わず、寄り添っていれば。義姉様はいつだって寄り添ってくれていたのに…。)
居室のベッドに腰掛け眠気も起きず、相変わらずアミュレットを握って、俯くソレイユの目から涙が零れた。
―――――――――――――――――――
バラトから真っすぐに魔道具研究所に向かったヴァレンティンは、カーラと向き合っていた。
「それで、カーラ。ゾーイにはどんな魔道具を?」
「おや、もうバレたのか?お前はまるでストーカーだな。あはは!ゾーイは逃げたか?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。伯爵殿から捜索の協力を求められているんだ。それで、どんな魔道具を渡した?」
「それは女同士の秘密だなぁ。あの子は何かに必死なようだった。それに、追いかけっこも結構だが、今の彼女を無理に追いかけるのは、かえって頑なにさせると思うが?」
ヴァレンティンはグッと眉を寄せる。
「彼女が何を探っているのか知っているのかい?何故追いかけてはいけないと?」
「さぁ?何を探っているかは知らない。しかしあの子は、私の“心配している”という言葉に異様な反応をしていた。見方によっては、嫌悪感さえ抱いているようだった。」
「つまり?」
「つまりあの子は今、他者からの介入に極端に拒否的ってことだ。この意味が分かるか?」
「…。」
「学園での噂は、一つとしてあの子に好意的なものは無かったろう。噂によれば、義弟や義父とも不仲だとか。真実など本人にしか分からないが、もう他人など受け入れたくないと、そう思わせるほど追い詰められていたってことだ。」
ヴァレンティンはゴクリと唾を飲み、乾いた唇を舐めた。
「だからあんな態度を…?」
「失望したのか、また傷付くのが怖いのか。」
「それなら僕は、どうすれば…?」
「あはは、そんなに弱気なヴァレンティンは初めて見たな。ゾーイの家出のおかげだな。」
「冗談でもそんなことを言わないでくれ。生徒の事なんていちいち心配などしてこなかったんだ。どうすれば良いか分からない。」
すっかりしょげてしまったヴァレンティンを見て、カーラは少なからず驚いていた。
自分の言っている言葉が、どんな感情から来ているのか本人は自覚出来ていないようだが。
「心配するな。一人でどうにもならなくなった時、必ず助けを求めるだろう。それを忍耐強く待つんだな。」
「しかし、王宮が動き出すのも時間の問題かもしれない。噂が真実にされてしまう。」
「ふむ。その時は、それがゾーイの運命だったと思うんだな。」
「もういい。時間を取らせたね。失礼する。」
すぐさま立ち上がり、歩き出すヴァレンティンに向かって、カーラは声をかけた。
「あの子に渡した魔道具には、私の魔力を蓄積させてある。その魔力が尽きれば、一旦身動きできないだろうね、多分。その時がチャンスだろう。」
ふり返ったヴァレンティンは、カーラを一瞥し帰って行った。
(なるほど、カーラの魔力を利用しているのか。)
ヴァレンティンは、この先どうしようかと悩んでいた。
無理に追いかけるのが良くないなら、どう行動すればいいのか。
悶々としながら私邸に戻ると、アーサーから便りが来ていた。
“その後、ゾーイの手がかりを何か掴めたか”というような内容である。
ヴァレンティンは逡巡し、一度見つけたことは黙っていることにした。
“まだ有力な手がかりは掴めておらず、良い報告が出来ない。そちらの捜索隊に何か進展があった場合、知らせて欲しい”
端的なメッセージを送り、ベッドに倒れこんだ。
ここ数日気を張った状態が続いていたようで、そのまま沈むように眠りについた。




