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追跡と手掛かり

ゾーイと別れ、一旦帰宅したヴァレンティンは、王都にある自宅の寝室で七色の液体を入れた香水瓶を見つめていた。


(ゾーイは随分痩せていた。一体何に気が付いたんだ。何故あんなにも頑なになっているんだ。)


ヴァレンティンは、見付けられた安心感とともに、不可解な不安を抱えていた。


数回二人で会っただけだが、どう考えても以前よりも余所余所しかった。


もはや他人だった。いや他人なのだが、以前はもう少しフランクだった。


しかし先ほどのゾーイとの間には、明確に一線が引かれていたようだった。


隣を歩く微妙な距離感、全く見上げない顔、不信感を抱く瞳。


ヴァレンティンは頭をガシガシと掻き、自分らしくもない、と苦笑した。


(僕はアーサー氏から頼まれた、いわばお目付け役だ。別に距離感など、気にする必要もない。)


そう結論付けたヴァレンティンは、少し早いが夕食をとろうと立ち上がった。


その時、ノックの音がした。


「坊ちゃま、ベラ様がお見えです。」


(ベラが…?こんな所まで、大いに迷惑だな。)


応接室に通されたベラは、制服に身を包みニコニコと笑っている。


「ヴァレンティン義兄様。こんな夜分に申し訳ありません…。先日教えて頂いた魔術が、どうしてもうまく行かなくて…。」


ベラは自分の左手首にある、ピンクの宝石が付いたブレスレットに視線を落とした。


彼女の魔道具はこのブレスレットだ。


そこまで授業に熱心に取り組んで来なかったので、操作に難を感じているようだ。


「才能あふれるゾーイだったら、こんなことに悩まないのでしょうけど…。」


急にゾーイの名を出してきた。


まるでゾーイは何の苦労もなかったような物言いに、ピクッと片方の眉を上げる。


「何か勘違いしているようだが、ゾーイは君と変わらない17歳の平凡な魔力持ちだよ。違う事があるとすれば、努力の量だね。あの魔力量を操ろうと思ったら、生半可な努力では足りないだろう。彼女に溢れる才能があるとすれば、それは粘り強さだ。」


その言葉を聞き、ベラは唇を噛んだ。


「そう…ですよね。すみません。私の努力が足りないようです。それで、ゾーイは見つかりそうでしょうか。あの子は少し…個人主義で自分本位なところがあって、義兄様が心配しているなんて考えてもいないと思います。でも、許してあげて下さい…。あの子は…」


ベラはしきりに手をモジモジとさせ、両手の指を組んだり手を合わせたりしている。


ベラの表情は悲痛に満ちたもので、人によっては同情を誘うかもしれない。


しかしヴァレンティンにとってそれは、逆効果でしかなかった。


「いつも思うが、何故君が“許して”なんて言うんだ?君には関係ないだろう。それに彼女は自分本位なんかではない。あまりに周りを気遣いすぎるんだ。だから自分を殺してしまう。そして距離を取る。僕の心配を気遣ってくれないところはあるけれど、別に気にしていないよ。」


その言葉を聞き、目を白黒させたベラは、顔を伏せた。


「そうですよね。すみません。ところで、もう一度教えて頂けますか?」


そう言ったベラは、おもむろにヴァレンティンの座るソファの方に近付いて来て、隣に座った。


説明を聞くベラは、一心にヴァレンティンの顔を見ていたが、彼は一切視線をやらず、ひたすら表情を殺して説明を続けた。


「さあ、説明した通り、家で自習をしてください。僕は今からやらなければいけないことがある。」


ベラが渋々と退室した後、ヴァレンティンはイライラしていた。


″君には関係ない″とベラに言った言葉が、ブーメランのように自分に突き刺さる。


ゾーイの、ヴァレンティンへの部外者然とした態度が頭に浮かんだ。


(しかしもう片足を突っ込んでいるんだ。僕もそこまで無責任ではない。)



次の日の午前の授業は、自習にしたい気持ちでいっぱいだったが何とか済ませ、急いで研究室に向かっていた。


しかし途中で声を掛けられてしまった。


「ロッシュ先生、少しお時間よろしいですか。」


ふり返ると、ゾーイの義弟のソレイユだった。


「レフェーブル君、どうした?あまり時間がないんだ。手短になら。」


「ゾ、ゾーイ義姉様が行方不明になって、もうそろそろ1週間が経ちます…。全く消息が掴めないんです。何か…手がかりは見つかりましたか?」


情けなく涙を浮かべたソレイユは、幾分やつれていた。


「君は、ゾーイとはそこまで仲が良くなかったと聞いたが、心配はしているんだね。」


「ぼ!僕は…!仲が悪かったわけでは…。あまり近くにいては甘えてしまうので、自立しようと…。」


「そう?まぁどうでも良いけど。ゾーイが孤立していたのは間違いないだろう。一人でも味方がいたら違ったかもしれないな。すまない。話せることはなさそうだ。それでは。」


ローブを翻し、颯爽と立ち去るヴァレンティン。


床に視線を落とし、絶望的な顔をしたソレイユは、しばらく動くことができなかった。



研究室に戻ると、早速アタッシュケースを扉に変え、バラトの街へ移動した。


要塞の街の中では、許可が下りていない魔道具の使用は原則禁止されている。


その為、扉は要塞の門前に開き、門番に用向きを伝えて徒歩で宿を目指す必要がある。


門を通過する際、二人の門番の話し声が耳に入った。


「珍しい魔道具を今日だけで二つも見たな。カーラ様が研究所の所長だからかな。」


「ああ、一瞬で消えたり現れたり、面白いもんだ。」


ヴァレンティンは聞き流しながら通過した。


彼の魔道具は、魔力の使い方が難しいため、あまり見かけない。確かに珍しいだろう。


宿に着くと、ゾーイを見送った部屋へ一直線に向かった。


コンコン、とノックするが返事がない。


心がザワザワと騒々しい。


「ゾーイ?僕だ。寝ているのかい?…外出している?」


恐る恐るドアノブに手をかけると、何の抵抗もなく開いた。


中は既に清掃が済み、しんと静まり返っていた。


ドアノブをグッと強く握る。


「ゾーイ…!!」


足早に宿の受付に向かうと、受付のカウンターを叩いた。


新聞を読んでいた受付の男は、驚いてヴァレンティンに目をやった。


「黒髪にオレンジ色の目の女の子はどこへ行った?2階の奥の部屋に泊まっていた子だ。」


「あ?あぁ。あの子なら、昨日の夕方に支払いを済ませて、今朝早く出て言ったよ。一人だったし、今日は寄り合い馬車も連絡馬車も昼頃出ているから、まだそう遠くには行っていないと思うけど…。」


それを聞くや否や、ヴァレンティンは馬車の発着所に向かった。


発着所では、今まさに幾方面へと出発しようとする馬車が待機していた。


いくつもの馬車の間を縫って歩くが、見つからない。


(馬車ではないのか…?また誰か協力者が…?)


一瞬カーラの顔が思い浮かんだが、彼女は既に王都へ戻っている。


ふと、門番の言葉がよぎった。


“珍しい魔道具を二つも見た”


(彼女は魔力を使えないはずだ。…しかし、確認だけ…。)


ヴァレンティンは門へ急ぎ、両脇に控える門番に声をかけた。


「少し話を聞いて良いか?今朝、ここから黒髪のオレンジの目の女の子が出て行ったか?」


「あぁ、あの魔道具の子じゃないでしょうか。目はオレンジっぽかったかな。何を使ったか知りませんが、片足をトンとしたら、消えましたよ。ガビガビの黒髪だったから平民でしょうけど、魔力持ちだったんでしょうな。」


懸念が現実になってしまった。


しかも何故、魔道具を操れたのか。


魔力が戻ったのか。


彼女がどうやってそんな魔道具を手にしたのか。


多くの疑問が頭に浮かぶ。


いずれにせよ、とヴァレンティンは肩を落とした。


(また見失ってしまった。振り出しだ。しかし、ここから一番近い所には向かっていないだろう。予想されてしまうと思ったろうから。)


ヴァレンティンは頭をガシガシと掻いた。


(どうも引っかかるな、魔道具が。カーラの所へ行ってみよう。)


そう思い立ったヴァレンティンは、アタッシュケースを扉に変えた。

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