再会と誤解
ドニエ家での夕食の席を何とか終えたゾーイ達は、カーラとイザベル、ミッシェルの見送りで帰路に着こうとしていた。
「今日はありがとう。ゾーイの故郷ノーヴルの話も、ルドルフの魔道具の話もとっても楽しかったわ。ぜひまた来て頂戴ね。」
ミッシェルは暖かい笑みを浮かべて言う。
ドニエ辺境伯家の面々は、訳アリと平民にあまりにも寛容だとゾーイは思った。
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございました。とても楽しい席でした。」
「ノーヴルでも、最近聖人が蘇ったと言っていましたね?尊い存在とはいえ、蘇ったのが本当に幸せだったのかどうか、分かりませんわよね。」
何となしに言ったイザベルの言葉に疑問を感じたゾーイは振り返った。
「それはどういう…?なぜ、そう思われるのですか?」
「あぁ、他の街から来た方はご存じありませんよね。バラトでは、聖人の蘇りは悲恋のお話ですの。童話にもなっているんですよ。」
「童話に…?悲恋とは?」
「聖人となったのが、我がドニエの騎士だったのはご存じ?彼には愛する女性がいましたの。彼女は貴族で、彼は平民だった。隣国との戦いで功績を治めることができれば、結婚が約束されていたそうですわ。でも彼は戦死してしまった。その後集団慰霊祭で彼が蘇った時には、愛する女性は死んでしまっていたそうですわ。」
「死んでいた…?自害したのでしょうか…?」
「それは分かりませんの。記録にも残っておりませんし。ただ彼は、目を覚ました時に彼女がいないことに絶望し、騎士として戦いに身を投じて、間もなく死んでしまったのですわ。」
イザベルは切なそうな表情で言った。
(やっぱり…。私の考えは正しいのかもしれない。)
ゾーイはそう考え、身の毛がよだつように感じた。
右手にはまって取れない銀の指輪に視線を落とす。
「時にゾーイ。君の家出にとっても役に立つであろう魔道具を授けよう。私の新作だ。」
そう言って小ぶりなアクセサリーを差し出すカーラを、訝し気に見る。
「カーラさんが作ったのですか?でも、なぜこれを私に?」
「実はまだ一度も使っていないんだ。だから実験台ってことで。今度感想を聞かせて欲しい。」
カーラの顔をしばらく見ていたゾーイは、手渡されたアンクレットに目を落とした。
オレンジ色の石が散りばめられたそれは、まるで自分の目のようだと思った。
「これは、どんな使い道があるのですか?」
「それはね…。」
ニヤリ、と笑ったカーラの顔が、ヴァレンティンと重なって見えた。
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ネロの宿屋に戻った二人は、それぞれ早々に部屋に入った。
何となく持ってきてしまったティカップ型の魔道具をリュックから取り出す。
蓋に手をかけ、開けようとして止めた。
(ロッシュ先生は、今頃何をしているかしら。まぁ、私の事なんて気にしていないかもしれないわね。)
静かに魔道具をリュックにしまい、様々な考えが巡ってしまったゾーイは、眠れずに朝を迎えることになった。
次の日ゾーイは、髪を一本に結わえ、きれいに洗濯されたグレーのワンピースに身を包んで図書館を訪れていた。
ルドルフは二日酔いだと言って部屋に籠っていたのだ。
「童話があると言っていたわ。やっぱり現地に来てみないと分からないことがあるわね。」
司書に頼んで持ってきてもらったその童話は、イザベルが言っていた通り悲恋のお話だった。
しかし童話らしく、“二人は天国で結ばれたのでした”と締めくくられている。
ゾーイは静かに本を閉じた。
(そんなこと分からないじゃない。現世で結ばれなければ、本当の意味で幸せとは言えないわ。)
もう痛まなくなった胸に無意識に左手を当てる。
(教会へ行こう。集団慰霊祭の時のことが何かわかるかもしれないわ。)
「よし。」
自分を叱咤し、椅子から立ち上がるゾーイ。
「何がよし、ですか。まさか、一人で解決しようとしていないよね?」
聞き覚えのあるセリフと声に息が詰まり、恐る恐る振り返る。
そこには、いつもと変わらないが、若干くたびれたヴァレンティンが立っていた。
「ロ、ロッシュ先生…?」
「うん。そんな顔してどうしたの?幽霊にでも見えるかい?」
「い、いえ…。こんな場所に…どうして…?」
唇を震わせながらゾーイは後ずさった。
もしかして捕まえにきたのかもしれない。
連れ戻されてしまったらもう家から出られないだろう。
「それはこっちのセリフだね。ゾーイ、君は何をしにここへ?」
ゾーイが一歩下がれば、ヴァレンティンが一歩距離を詰める。
そうしている間に、本棚に追い詰められてしまった。
背の高いヴァレンティンは、きれいな緑の瞳で鋭くゾーイを見下ろした。
「聖人の事で、何か気が付いたことがあったの?髪をこんなに真っ黒に染めて、一人でこんな所にどうやって?ルドルフに手伝ってもらったの?誰かが心配しているかもしれないことを、君は考えなかったのか?」
畳み掛けるように、そして最後はトーンを低くし問いただしてくるヴァレンティンに、困惑を極めたゾーイは蒼白な顔になった。
(心配なんて、誰もしないわ。どうしてそんなに怖い顔をしているの…!)
ゾーイの顔色を見て、ヴァレンティンはハッとした。
「ゾーイ、責めているのではないんだよ。心配したんだ。突然いなくなったからね。無事で良かった。ケガはないかい?一緒に帰ろう。」
ゾーイはグッと唇を噛んだ。やはり連れ戻しに来たのだと。
強く首を左右に振るゾーイ。
「いえ、私は帰りません。やるべきことがありますので、先生は先にお帰り下さい。」
その言葉に、ヴァレンティンの表情が消えた。
「ルドルフにはそのやるべきことを手伝わせるの?俺は頼りないと?」
一人称が突然“俺”になったことに驚き、ゾーイは目をパチパチとしばたたかせた。
「ル、ルドルフさん…?どうして…?とにかく、終わったら帰りますから、義父にはどうか…。」
「そう?それなら手伝おう。何を調べるの?僕もいることだし、ルドルフには帰宅してもらって良いだろう。どこにいるんだい?」
一人で結論付けたヴァレンティンに困惑する。
「い、いえ…その必要は…。大丈夫です。一人で…。」
「出来ると?魔力も使えないのにか?深窓のご令嬢が、世の中を舐めてはいけない。」
ゾーイは耳を疑った。
魔力が使えないことがバレている。なぜ…。
ヴァレンティンが推測で言った言葉に、ゾーイは絶句した。
疑心暗鬼に陥り、やがてスッと冷静になった。
「ルドルフさんは宿にいます。二日酔いだから、まともに対応できるか分かりませんが。」
「二日酔い…?君の護衛では?信用できないな。僕はアーサー氏から頼まれているし、安心しなさい。」
(義父の差し金なのね…。このままではダメね。何とか巻かなければ。)
宿に向かいながら、ゾーイは頭をフル回転させていた。
突然無表情になったゾーイを、ヴァレンティンは横目で盗み見る。
険しい顔をしたヴァレンティンを連れ、ルドルフの部屋をノックした。
弱々しい返事と共に、中からルドルフが出てくる。
その姿を見たヴァレンティンは、ポカンと口を開けた。
「先生が何を勘違いされたか知りませんが、ルドルフさんはこの通り、親切なお爺さんです。ここへ来る
のにとてもお世話になりましたの。何か、問題が?」
胡乱な目を向けるゾーイに、ヴァレンティンはハッとして答えた。
「い、いや…。こんにちは、ルドルフさん。僕は彼女の先生で、ヴァレンティン・ロッシュと言います。この先彼女は僕が預かりますので、帰宅して頂いて構いませんよ。」
「んん?お嬢さん、それは本当か?怪しい奴ではないのか?あイテテテ。」
こめかみを押さえて頭痛に耐えながらも、心配してくれるルドルフにゾーイは眉毛を下げた。
「はい。間違いなく先生です。ここまでありがとうございました。お約束通り、お礼を差し上げますね。」
懐からお金の入った袋を取り出そうとしたゾーイを、ルドルフが制止した。
「いやいや、昨日随分楽しんだしな。あれでチャラだわい。それに、今生の別れでもあるまいに。いつでも遊びにおいで。オイラはいつでもイレールにおるでな。」
“楽しんだ”という言葉にヴァレンティンは眉を顰め、再会を願うルドルフの言葉に、動揺してしまうゾーイ。
複雑な心境を抱えた二人の表情を見て、首を傾げたルドルフだった。




