ゾーイの失踪とヴァレンティンの捜索
ヴァレンティンは、ゾーイの公開捜索が始まると、自らも聖人の蘇りの地を探そうと考えていた。
しかし彼を取り巻く環境がなかなかそれを許さなかった。
まずベラだ。
「お義兄様、王族に嫁ぐというのに、私このままではいけないと思うんです。せめて魔力をもっと操れなければと思って。どうか教えて頂けませんか?」
切実に訴える姿は、多くの人にとっては好感を抱くものだろう。
(この女は、友人であるゾーイの失踪を全く気にかけないのだな。)
ヴァレンティンは丁寧に断り、まじめに授業に取り組めば問題ないと説得した。
しかし次の日父からの呼び出しがあり、ベラの要望に応えるようにと命令されてしまった。
渋々、週に二度ほど学園の授業後に個人指導を行う事になってしまった。
更にトーマスだ。
彼はベラがヴァレンティンの所に通っていることについて、可笑しな勘違いをしていた。
二人は恋仲だと思ったトーマスは、ヴァレンティンにまくし立てた。
「先生は、ゾーイと良い仲だったのではないのですか!?第一、ベラは第二皇子の婚約者候補ですよ!教師の風上にも置けません!」
(この男は自分が何を言っているのか分かっているのか…?)
ヴァレンティンは非常に面倒だったが、仕方なく対応した。
「ベラは魔術の能力を上げたいと言って個人指導を申し出てきたんだ。僕は面倒だけど命令でね。出来る事なら、君から辞めるように言ってくれないか?そもそも、痴話げんかに僕を巻き込まないで欲しい。二人で解決したまえ。加えて、ゾーイの名誉のために訂正するが、僕と彼女にそういう関係性はない。」
自分で言った言葉に、何故か胸の痛みを覚えるヴァレンティン。
(ベラとの件も対策を考えなければ…。いらぬ憶測を生んでしまう。)
そんな中、ヴァレンティンの元に、耳を疑う噂が飛び込んできた。
“ゾーイ・レフェーブルはベラ・デュポンを羨み、かつて存在した邪教、マルア教の悪魔と契約し、ベラを呪い殺した。
しかし清い魂の持ち主であったベラは神の導きで蘇った”と。
あまり感情の高ぶらないヴァレンティンであるが、この噂には怒りを禁じえなかった。
ヴァレンティンはままならない感情を抱え、魔道具研究所のカーラを訪ねた。
しかしカーラは所用で実家に帰っており、ルカも同様だった。
ヴァレンティンは感情のはけ口を失ってしまった。
(二人とも不在なんて、間が悪すぎる。)
ゾーイの公開捜索が始まり、行方不明が公然となった。
その為単なる噂だったものに“逃げたのではないか”というおかしな信ぴょう性を与えてしまった。
(彼女が見つかっても見つからなくても、状況が悪い。王宮が動くのも時間の問題かもしれない。)
ヴァレンティンは、秘密裏に見つけ出す必要があると感じていた。
思うように捜索に出られないヴァレンティンだったが、久しぶりの休日にようやく時間が出来た。
作成した資料は手元にないが、記憶している内容を思い浮かべる。
「最初の聖人は確か…、牧師だった。マルア教の牧師だ。」
マルア教はかつて、リネー教と国教を二分した大きな宗教だった。
歴史書によれば、マルア教は悪魔を信仰し、ルシニョール王国誕生時に消滅させられた宗教だ。
その聖人が蘇ったのは、オーレリアンという街。
北西に位置する港街で、別名“灯台の街”と呼ばれ、海を挟んだ隣国との交易により栄えている。
ヴァレンティンは、茶色いアタッシュケースを扉に変えた。
扉を開けると、そこは港だった。
王都とは全く違う穏やかな雰囲気の街は、約7年前に訪れた時とほとんど変わらない。
潮の香りや、船から荷を下ろす漁師たちの活気が懐かしいと感じた。
街の宿や露店、住民に話を聞いてみたが、見かけない顔の赤髪・オレンジの目の女性の目撃情報は得られなかった。
(そもそも髪を染めているかもしれないじゃないか。フードを被っていれば、目も良く見えないだろうし、男装している可能性もあるな…。)
慌てて来たとはいえ、ヴァレンティンは無計画な自分に失望した。
次の日に授業を控えた彼は、仕方なく帰路につく。
(まったく何をしているんだ。もっと計画的に行動すべきだろう。頭に血が上っていた。冷静にならなければ。)
頭を振って気持ちを切り替える。
街から見える港に視線をやるヴァレンティン。
「一体何に気が付いたんだい、ゾーイ。」
海からの冷たい潮風に体を縮め、アタッシュケースを扉に変えた。
王都に戻ったヴァレンティンの元に、カーラから短いメッセージが届いていた。
“預かっている魔道具について分かった事がある”と。
さっそく次の日、授業の無い午前を狙って魔道具研究所を訪れた。
「やあ、カーラ。メッセージをありがとう。先日訪ねたんだが、帰省していたそうだね?」
「早かったな。お前は相当暇らしい。ああ、時計台の魔道具は、聖人の蘇りの時に動き出したと言っただろう。バラトでも過去に聖人が蘇った事があったから、何かわかる事があるかと思ってな。」
なるほど、とヴァレンティンは納得した。
「それで?分かったことというのは?」
「その前に、最近王都で出回っている噂を知っているか?」
ニヤリと笑ったカーラの言葉を聞き、ヴァレンティンの表情が固まった。
「ゾーイの噂か?あんなもの聞く価値もないね。君はあれを信じているのか?」
ヴァレンティンは、心底不快そうに言った。
「あはは。お前は彼女を随分気にかけているようだな。私も信じていないよ。私の家族だって信じないだろう。」
「…どういう意味だ。」
「そりゃあんなに慎ましく、他人にも気遣いできる…、ああ。失礼、私が会ったのは黒髪の平民だった。お前には関係なかったな。」
そのセリフを聞くや否や、ヴァレンティンは立ち上がりカーラの肩を掴んだ。
「ゾーイに会ったのか?いつ?どこでだ?黒髪だったのか?」
「私がバラトで会ったのは、黒髪にオレンジの目のきれいな女の子だよ。それに、心配するな。彼女にはルドルフが付いていたしな。」
ニヤリと笑うカーラ。
「…ルドルフ…?」
ヴァレンティンの、地を這うような声が応接室に響いた。




