旅の道連れと思わぬ再会
ゾーイは王都以外でノーヴルから出た事が無かったし、この旅で初めて野宿を経験した。
お爺さんはルドルフといって、白髪にモジャモジャした白いひげを生やし、クリッとした黒目の好々爺だ。
彼は平民だったが、ごく稀に生まれる魔力持ちだった。
「オイラの爺さんから受け継いだ魔道具でな。もうすっかりくたびれているだろ。」
野宿する場を決めたルドルフが、そう言ってポケットから取り出したのは、茶色いハンカチと白く短いロウソクだった。
「ちょっと持っててくれなぁ。」
ロウソクをゾーイに手渡し、ハンカチを広げるとシワを伸ばすように一度パンッと振る。
するとハンカチサイズだった布は、野営テント程の大きさに変貌した。
「これを荷馬車に引っかけんのさね。こうすると中は暖かいし外から見えなくなる。」
「まぁ、なんて…!」
ゾーイが感嘆の声を上げた。
ルドルフはゾーイから短いロウソクを受け取ると、芯に息をフッと吹きかけた。
直後、芯に小さな火が灯ったのだ。
「ちっちぇえ火だろ。でもまぁ、この木の枝に火をつけるには十分だ。」
ニカッと笑ったルドルフは、テキパキと夕餉の準備を始めた。
家系に一人生まれるのも稀な平民の魔力持ちが、隔世で生まれたという事実もゾーイを驚かせたが、彼の魅力的な魔道具にも感動していた。
「素晴らしい魔道具を譲り受けましたね。」
「これがあるから、爺さんになったオイラでも、2日もかけてノーヴルに行けんのさね。」
本来この寒い時期、地方民はそうそう農産品を売りに出かけられない。
そもそも作物が育たない。
収穫できたとしても、近隣住民に売る程度だという。
「マリーとは、ノーヴルに野菜を卸すようになってからの付き合いでな。娘みたいなもんだから、あんたは孫みたいなもんってことだな。」
そう言ってルドルフは、隙間の空いた歯を見せて笑った。
イレールには2日かけて辿り着いた。
ルドルフは時々居眠り運転をしたが、優秀な馬は帰巣本能でもあるように、その足に迷いがなかった。
イレールは、村民が寄り合って治める小さな村だ。
村民はごく少数で、皆高齢だった。
ゾーイは、村に着いてから乗り継げそうな荷馬車か乗合馬車を当てにして、ルドルフに別れを告げようとした。
「さあ、必要なものを追加してさっさと出発するべな。」
「え…っと…?」
「お前さん、ここへ来て乗り継ぎを考えたんだろうが、ここは年寄りしかおらん。馬車なんて、夏に出たら運がいいってもんだ。そんで、東のどこまで行くんだい?」
ゾーイは考えが甘かったと自分を恥じ、顔を赤くした。
「だ、大丈夫です。それに、そこまでして頂くわけには…。」
「言ったろうが。あんたは孫みたいなもんだって。平民なんて、吹けば飛んじまうくらい弱っちいが、皆で助け合いながら生きてんだ。こんなもん、当たり前だわい。」
その言葉に、ゾーイは衝撃を受けた。
貴族はどれだけ相手の弱みを握れるか、どれだけ足を引っ張れるかを常に考えている。
ゾーイが学園で受けた周囲からの反応がまさにそうだ。
しかも彼は、ゾーイが貴族であることを分かっているようだ。
面倒この上無いはずだろう。それなのに。
(どうしてここまでしてくれるの…?)
「そう…ですか…。その…、バラトまで行くんです。」
「要塞の街にか?そりゃ少しばかりかかるなぁ。食料をと…。」
「お、お金はあります。必要なものは買って下さい。それに、お礼もきちんとお支払いしますから。その…すみせん。」
「ははぁ、そりゃ心強いなぁ。それにしてもお前さん、そういう時は謝るんでなくて、ありがとうで良いんだよ。」
そう言って笑ったルドルフだったが、4日間の道中ゾーイのお金を頼らなかった。
バラトが要塞の街と呼ばれている所以は、東の辺境を守るということだけでなく、街を囲う高い城壁にも由来する。
街に入るため、城壁の門で警備をする騎士に用向きを伝えた。
自分たちは祖父と孫で、野菜を卸す先を探しているという設定だ。
隣国側からの侵入は容易ではないが、国内側から門を通れば比較的容易く入れるようだった。
しかし銅貨4枚を支払い、滞在期間は3日と限られた。
幸い、6日間の馬車の旅で完全にくたびれ、程よく汚くなっていたゾーイが怪しまれることもなかった。
「ここが要塞の街バラト…。何て立派な城壁。何て賑わった街…。」
大きな門をくぐり、街を見回しながらゾーイは感嘆の声を上げた。
高い城壁で囲われた街は、石畳が敷き詰められ、青い煉瓦の屋根で統一された2階建ての家屋が並ぶ立派な造りの街だった。
行き交う人々の顔は明るく、そこかしこに出ている露店からは、様々な良いにおいがしてくる。
“辺境の地だから下賤な民ばかりだ”なんて言っていたご令嬢がいたが、きっと実際に来たことがなかったのだろう。
規模こそ劣るが、王都に引けを取らない賑わいだ。
「3日しかないからな。やりたい事をやってくると良い。爺さんはこの旅でちと疲れたんでな。宿で休んどるよ。終わったら“ネロの宿屋”という所に来な。2部屋取っとくから。」
宿に向かってゆっくりと走り出した馬車を、ゾーイはジッと見つめていた。
そっと息を吐きだすゾーイ。
(とにかく体を清めたいわ。ここがノーヴルと同じであれば、公衆浴場があるはず…。)
ノーヴルには公衆とは言うものの、個室を利用して水で体を清められる場所があった。
銅貨1枚払えば数回は利用できたはずだ。
周辺を歩くと、街の賑わいに改めて感嘆する。
声をかけてくる露店の店主に尋ねながら公衆浴場の辿り着いたゾーイは、ようやく体を清める事ができた。
(数日体を清められないと、簡単に水で体を清めるだけでもスッキリするものね。)
およそ貴族令嬢とは思えない思考の境地に達していたゾーイは気を取り直し、拝借してきた聖人に関する羊皮紙をリュックから取り出した。
“14人目の聖人 王国歴750年 ドニエ辺境伯に仕えた騎士 オスカー・ミュレー 21歳 未婚 要塞の街バラトにて この年、隣国フォッジオとの紛争があり、この戦いで死亡 蘇りはバラトにあるロメオン教会、集団慰霊祭にて。”
概ねこのようなことが書かれている。
「ドニエ辺境伯。そうだわ。カーラさんはこちらのご出身なのね。」
不思議な縁を感じながら、ゾーイはさっそく街で一番大きな図書館へ行くことにした。
図書館は教会に隣接しており、誰でも好きなように利用できるらしい。
司書に、必要な情報が書かれている書物をいくつか探してもらい、閲覧スペースに座る。
奥に一人おばあさんがウトウトしている以外は、誰もいない。
「さすが大きな街…。人口が多いわ…。でも王国歴750年…750…」
資料の小さい字を指でたどりながら、目的の箇所を探していく。
「誕生…、あれ?ちょっと字が薄いわね…。原本があればいいのに…。」
「原本なら、私の屋敷の書庫にあると思うが?」
その声にビクッと顔を上げるゾーイ。
小さい字を読むためにかなり本に顔を近づけていた為、人が来た事に気が付かなかった。
その人を見て思わず声を上げる。
「あ…。」
ゾーイはうっかり名前を呼びそうになってしまい、言葉を飲み込んだ。
住民でもない平民が顔を知っていると思えない。
その人が首を傾げると、銀髪がサラサラと糸のように流れた。
白いシャツに赤いリボンタイを付け、黒のベストに黒のロングスカートを着こなす女性。
「これはこれは。思いもよらないところで、思いもよらない再会があるものだな。そうだろう?レフェーブル伯爵令嬢殿。」
カーラ・ドニエは不敵に笑った。




