ゾーイの失踪とソレイユの違和感
ベラは、ロッシュ公爵家に割り当てられた自室の窓から、雪の降り積もった夜の庭園を眺めていた。
(一体何がどうなっているんだろう…。)
ベラにとって青天の霹靂ともいえる状況が続いている。主に良い方向にではあるが。
しかし一つ、ゾーイについて気がかりだった。
ベラは両手を組んで祈りの姿勢を取る。
(どうかこのまま…このままでいられますように…。)
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ゾーイが失踪した日の朝、朝食の席にアンナが駆け込んできた。
「だ、旦那様、先ほどお部屋に伺ったのですが、お嬢様がいらっしゃいません…!これがお部屋に…。」
アンナの顔は真っ青で、体はガタガタと震えていた。今にも倒れそうだ。
手渡したのは一枚の便せんと小箱と袋のようで、中を一瞥したアーサーが鬼気迫る形相で立ち上がった。
「お父様…?ど、どうされました…?」
ソレイユはその日は休日で、ゾーイの誕生日だったため帰宅していた。
ソレイユの声が聞こえなかったのか、アーサーは速足に食堂を後にしてしまった。
只ならぬ雰囲気に動揺したソレイユは、一瞬呆然とアーサーが出て行った方を見ていたが、すぐに後を追う。
アーサーはゾーイの部屋へ入るなり、隠し金庫を開けた。中は空っぽだ。アンナの両肩を強くつかむ。
「いつだ。いつから見ていない。」
「昨夜お休みになるまでは…。学園から戻られてからご様子が…少しおかしかったので、退職前にご挨拶をとお部屋に伺ったのですが…。」
後半は聞き取れないほど声が震えている。さすがに強くつかみ過ぎだと思ったソレイユは割って入った。
「お父様、アンナが倒れてしまいそうです。どうされたのですか!その紙は…?」
手を掴まれたアーサーは荒い呼吸でソレイユに視線をやり、クシャクシャに握りつぶした便せんを渡した。
「で、出ていった…?一人で…?」
ソレイユは金庫を改めて見た。全財産を持ちだすなど、尋常ではない。
「あ、あり得ません。義姉様が一人でどこへ行けるというのですか。きっと図書館か何かに…。」
まるで自分に言い聞かせているようだった。
「まだ近くにいるはずだ。伯爵家の門番以外の騎士を全て動員し、一帯を捜索させるよう家令に伝えろ。」
「は、はい!」
アンナはもつれる足を何とか動かし、部屋を出て行った。
アーサーは力なくゾーイのベッドに腰掛け、呆然とした。
「僕も捜索に参加してきます。」
「待ちなさい。これはお前にだ。」
そう言って先ほどから持っていた小箱をソレイユに渡す。
小箱を開けると、小ぶりなひし形のアミュレットと、蓋の裏には短いメッセージが。
“ソレイユ 学園入学おめでとう。 あなたの健康と幸せを祈って ゾーイ”
ソレイユは信じられない気持ちでその箱を見つめ、急いで駆け出す。防寒着を取りに自室へ向かった。
騎士は総勢40名。隊を組んで東西南北に散った。
ソレイユは、馬を走らせまず教会へ向かう。
(義姉様は昔から、何かあると教会へ行っていた。)
きっといる、きっといる…呪文のように心の中で繰り返していた。
昨夜から降った雪が馬の足を取る。
ようやく到着した教会には誰もおらず、周辺をグルっと走ってみても、ゾーイの姿はなかった。
(義姉様が、行きそうなところ…。)
どこへ向かった?何が目的で…?義姉について、ソレイユはあまりにも知らなかった。
(どうしよう、どうしようどうしよう…。)
ソレイユは日が落ちてまた雪が降り始めた頃、屋敷へ戻った。
雪が強くなれば動けないだろうと予想し、明日の朝捜索が再開されることになったのだ。
ソレイユは居室に戻り、ベッド横のチェストの引き出しを開けた。
かなりくたびれた、リボンが巻かれた白く細長い箱を手に取る。数年前から渡す事が出来なかったゾーイへのプレゼントだ。
「誕生日ではないですか…。義姉様。」
ソレイユはドサリとベッドに腰を下ろし、アミュレットを握りしめた。
(こんなはずじゃ。このまま見つからなかったら…。)
次の日、ソレイユは朝食も摂らずゾーイの捜索に出ようと準備をしていた。
そこへ家令のジュールが来室し、伝えたアーサーの言葉に耳を疑った。
「学園へ行け…?それどころではないじゃないか。」
「旦那様は、ソレイユ様の欠席により、またお嬢様へのあらぬ噂が立つ事を懸念していらっしゃいます。」
そう言われてしまうと、何も言い返せない。
促されるまま学園へ向かうソレイユは、馬車の中でベラについて考えていた。
ゾーイが失踪する前日、舞踏会でベラと会ったらしいことは、その日のうちに会場中の噂になっていた。
(義姉様がロッシュ教授と良い仲にありながら、ダニエル先生とも会っていて、それをベラさんが諭すと、手を思いっきり振り払って激昂した…なんて。)
ソレイユは信じられなかった。
ベラに聞けば、何か知っているかもしれない。
ソレイユは、ゾーイについて度々ベラに相談していた。
そう思ったソレイユは、全く身の入らない授業の合間にベラを探し回った。
移動教室の一室で聞こえた声に立ち止まる。
中から聞こえるのは男女の口論のようで、どうやら女はベラだ。
ソレイユはゆっくり近づき、聞き耳を立てた。
「だから、何度も言っているでしょう。王命なの…。」
「王命だって…?散々俺を誑かしておきながら、第二皇子と婚約…?どういうつもりなんだ!」
「もうやめて!私の意思では無いわ!しばらく距離を置きたいの…。」
(これは所謂、痴情のもつれか…。第二皇子との婚約が気に食わないんだな。)
「ベラ!」
ソレイユが入室しようか迷っているうちに、ベラが教室から飛び出して行ってしまった。
そっと後を追う。ベラは庭園の一角の東屋まで来ると、一人腰を下ろした。
ソレイユは少し時間をおいてから、東屋に向かった。話しかけようとしたソレイユの前に騎士が立ちはだかる。
「ベラさん、こんにちは。寒いですが、大丈夫ですか?」
「ソレイユ君。どいてあげて、友人なの。こんにちは、大丈夫よありがとう。どうしたの?」
「向こうからベラさんが見えたので…。ベラさんが聖人になられてからご挨拶していなかったと思って。最近伯爵邸にもいらっしゃいませんし。」
「あぁ…そうね。ゾーイとは…少し距離が出来てしまっていて。」
苦笑するベラ。
二人の間に何があったかソレイユには分からなかった。
ソレイユは少し迷ってから尋ねた。
「一昨日、ゾーイ義姉様と舞踏会で会われたと聞きました。その時…何を話されましたか?どこかへ行くと言っていませんでしたか?」
「一昨日の…?いえ、特には…。ゾーイがどうかしたの?」
「じ、実は昨日から行方が分からず、何か心当たりは無いかと…。」
話しながらベラの顔を見ていたソレイユは、何となく違和感を覚え、言葉を切った。
「行方不明…?ゆ、誘拐とか?」
「いえ…誘拐ではなさそうです、自らの足で出て行ったようなんです。」
「そう…。ごめんね、心当たりがないわ…。でも、ゾーイの魔力があれば、心配ないんじゃないかしら?」
確かにゾーイは、護衛が不要なほど強力な魔力を持っていた。
しかしその言葉を聞き、益々不安になる。
ベラは本当にゾーイを心配しているのか。
「そうですが…。貴族令嬢が何日も一人で出歩くなんて…。」
「大丈夫よ、すぐ見つかるわ。ゾーイは少し、寂しかったんだと思うの。」
(寂しかった…?だから気を引こうといなくなったとでも…?)
「いえ…。すみません。ご存じないようですね。何か、義姉様から連絡があったら、僕に知らせて下さいますか?」
「も、もちろんよ。」
一礼して東屋を後にするソレイユは、ベラの表情がやけに気にかかった。
“本当に彼女は、信じられるのか?”
一抹の不安がよぎった。




