表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/90

ゾーイの失踪とヴァレンティンの後悔

舞踏会の翌日、ヴァレンティンはクレマンに呼び出されていた。


「何故ベラを置いて行った。お前にエスコートを任せたはずだが。」


「申し訳ありません。第二皇子に引き渡しましたし、公爵家の人間が他にもいましたので。」


「大事には至らなかったが、たかが伯爵令嬢の為に騎士の剣に手を出したそうだな。」


(たかがだと…。)


ヴァレンティンはその後父の言葉を右から左へ受け流し、書斎を出た。


(あの愚かな騎士など、絞首刑にでもしてしまえばいいものを。)


「あ、ヴァル義兄様…?」


その声に振り替えると、ベラが侍女を連れて立っていた。


「やあベラ、昨日はすまなかった。体調が悪くてね。舞踏会は楽しめたかい。」


「はい。第二皇子殿下もとても紳士的に接して下さいました。…義兄様…お茶をご一緒しませんか?」


ヴァレンティンはすこぶる嫌だったが、昨日の今日で無碍にも出来ず、付き合う事にした。


公爵家自慢の温室にお茶の準備が整い、侍女を下がらせるとベラはおもむろに口を開いた。


「昨日は驚きました。ゾーイがあんな風に怒るなんて…。」


(…何が言いたいんだ。)


ヴァレンティンは、湯気の上がるティカップ持ちながら黙っていた。


ベラは沈黙にしびれを切らせた。


「私はただ…、ゾーイに幸せになってって言っただけだったのですが…。」


そう言ったベラは悲痛な表情を伏せ、紅茶のカップを手に取った。


しかし一向に口を開かないヴァレンティンをそっと盗み見た。


「そうだね。僕もゾーイには幸せになって欲しいと切に願っているよ。」


ベラは微妙な表情を浮かべた。


(欲しかった回答では無かったか?知った事ではない。)


ヴァレンティンの苛立ちは既に限界値に達していた。


「はぁ、僕は熱いものが苦手でね。飲めそうもないから、失礼するよ。」


「え!ごめんなさい!侍女には言って聞かせます!」



部屋に戻ったヴァレンティンは、明日から出勤するつもりで準備を始めた。


一通りの支度が整い遅い昼食を取る頃、ふと、ゾーイの感情がごっそりと抜け落ちたような顔が頭に浮かび、得体のしれない不安がヴァレンティンを襲った。


すぐにアタッシュケースを扉に変え、ゾーイの屋敷の前に出る。



既に日が暮れはじめ、昨夜から降った雪が積もっている。


屋敷の入り口付近に人が多く見える。


門番に用向きを伝えると、すぐに応接室に通され、間もなく顔を強張らせたアーサーが現れた。


「アーサー殿、先触れもなく申し訳ない。ゾーイはどうしているかな。先日約束を反故にしてしまったんだ。」


この顔は以前に一度だけ見たことがある、とヴァレンティンは思った。


それは絶望に満ちたものだった。


「ゾーイが…行方不明になった。」


「……え…?」


「夜中か…朝方出て行ったのか、朝、居室を訪れた侍女がいない事に気が付いたのだ。」


アーサーはポツポツと語り始めた。


「昨夜は途中で舞踏会を退出していた上、様子がおかしかったらしい。昨日で退職だった侍女が心配して顔を出さなければ…。」


「誘拐の可能性はないのですか?」


アーサーは首を振る。ヴァレンティンの表情も硬く、強張っている。


「これを…。」


そう言ってアーサーは1枚の便せんを差し出した。ゾーイがアーサーに宛てたもののようだ。


「読んでも?」


そう聞くと、アーサーは頷いた。


“お義父様  突然家を出たことをお詫びします。どうしてもしなければいけないことがあります。真冬の折り、お義父様とソレイユはお体にお気を付けください。 ゾーイ”


とても短く、用件だけを伝える手紙。まるで少し外出するだけというような。


「これは確かに彼女の字ですか?」


「…専属侍女が確認したが、間違いないようだ。大規模な捜索はまだしていない。きっとまだ近くに…。」


そう言って黙り込むアーサー。


「数日前、ゾーイに宛てた手紙を出したのですが、彼女から返信がありませんでした。この数日で何が?」


手紙について家令に確認すると、確かに彼女の侍女に渡したとの事だった。


「2日前、何かの用事があったのか、学園に行った以外は自宅に。…今日はあの子の17歳の誕生日で、ソレイユも帰ってきていたのだが…。」


(ゾーイの誕生日…。)


「部屋を見ても構いませんか?」


ヴァレンティンは、アーサーの許可を得て、アンナの案内でゾーイの部屋を訪れた。部屋を見回す。


(あれは…。見た限りない。持って行ったのか…?どこかにしまっているか…。)


「彼女に蓋つきのティカップをプレゼントしていたのだけど、どこかにしまっているかな?」


アンナにそれとなく聞く。


「それらしいものは、昨日までは、ベッド横のチェストの上にございました。」


目を真っ赤にし、視線を合わせない侍女は、真っ白になるほど手を握っている。


(つまり持って行っている可能性が高い。あれを持っていれば、彼女が蓋を開けた時にこちらが気付ける…。)


ヴァレンティンは僅かに安堵した。


「ありがとう。僕も探してみよう。あ、それから一つ。君に私からゾーイへの手紙が渡されたそうだが、彼女は返信しようとしなかったのか?」


その言葉を聞きアンナの顔が僅かに引き攣る。


「お嬢様は…、書かれませんでした。」


「そうか、ありがとう。一旦アーサー殿にご挨拶を。それから失礼する。」


ヴァレンティンがレフェーブル家を後にする頃、外は真っ暗だった。その足で学園の研究室へ向かう。


(あのゾーイが返信しなかった…?対の通信具を持ってこなければ…。)


ヴァレンティンが部屋に入ると、すぐに異変に気が付いた。


魔道具の入っていた引き出しが開いていて、中身が潰れたボールのように僅かに楕円に、ほとんど不定形になって床に転がっている。


引き出しの中には空の香水瓶だけがある。


(この引き出しには聖人の資料が入っていたはずだ。誰だ…?まさか…ゾーイが…?)


「魔道具でこちらに来て…持って行った…。」


ヴァレンティンは手紙の文章を思い出した。


“どうしてもしなければいけないことがある。”


「何かに気が付いて、調べる為にいなくなったのか…?」


無茶である。ヴァレンティンは資料の内容を覚えていた為、全ての聖人の誕生した地を知っている。


この国はかなり広い。全てを回ろうと思ったら、旅慣れした人間がスムーズに行っても数か月から半年を要するだろう。


ましてや、彼女は深窓のご令嬢だ。


(きっと、すぐに見つかる…。)


ヴァレンティンは自分にそう言い聞かせながら、落ちた魔道具を香水瓶に戻した。


しかしそのヴァレンティンの思いとは裏腹に、数日経ってもゾーイの行方は知れなかった。



捜索に進展がなく、その間も、対の通信魔道具の蓋が開かれた様子はない。


(彼女の不可解な噂のせいで大規模捜索ははばかられていたが、間もなく行うと言っていた。僕も…。)


短い付き合いではあるが、ゾーイに対して既に親近感を抱いていたし、もっと話したいとも思っていた。


“先生の授業は面白くて大好きなんです。”


カーラの手前、気恥ずかしくて誤魔化すように紅茶に息を吹きかけていたが、内心浮足立っていた。


(あんなに笑っていたのに、最後に見た顔はまるで死人のようだった。)


ヴァレンティンは意を決し、学園長室へ向かった。ノックをすると、中から入るよう声がする。


「失礼します、学園長。少々個人的な事情で、無期限でお休みを頂きたいのです。」


「許可できない。君は教授だろう。学園には多くの学生がいる。本分を忘れるな。」


即座に一刀両断されてしまった。敬愛するこの男からの言葉に激しく動揺し、反発を覚えた。


「授業は教員もおります。数週間から数か月分の授業計画は引き継いでいきます。」


ヴァレンティンは食い下がった。ダメならば、最悪の場合。


「君は一度行ったことがある場所ならば、魔道具で瞬時に移動できるだろう。」


エリックの言葉に眉を寄せる。まるで、ヴァレンティンが何をしようとしているか知っているかのような物言いだ。


「やるべきことがあるなら、仕事の合間にやりなさい。」


時間に制約がありかなり無茶だが、出来ないことはない。


それにこの男は、無駄なことは言わない。


ヴァレンティンは学園長室を後にした。


「きっとゾーイは聖人の誕生した地を巡るつもりだ。失踪してからかなり時間も経った…それならば…。」


ヴァレンティンは研究室のソファに座り、かなり迷った末顔を上げた。


(周辺は捜索隊に任せよう。虱潰しにいくしかない。まずは西だ。最初の聖人が誕生した地。海を望む街オーレリアンから。)


ヴァレンティンは両手を組み、グッと強く握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ