深まる溝と謎
ベラは忙しく過ごしていたようで、あっという間に2日が過ぎた。
その日は王宮で開かれる舞踏会だった。
ベラの家庭教師も未だ決まらず、学園に通勤出来ずにいるヴァレンティンは、かなり苛立っていた。
しかも父からベラのエスコートを押し付けられ、辟易として玄関でベラを待っていたのだ。
階段から降りてくる彼女は、いつもの制服とは異なり、随分と煌びやかに着飾られている。
ピンクのドレスには、たっぷりとフリルが付いており、全体的にビジューがきらめいている。
首周りはやや広めに開いていて、そこには小ぶりな真珠のネックレスがかけられていた。
髪はハーフアップにされ、編み込まれた髪はピンクダイヤの髪飾りで留められている。
ヴァレンティンはどちらかと言えば控えめな服装を好む。
しかし結局のところ、女性の服装について興味がなかったので特にコメントしなかった。
「やあ、急ごう。大分押している。父や兄は他の馬車で行くそうだ。」
「あ、はい…。」
持ち前の屈託ない笑顔を見せていたベラが、顔を引き攣らせた。
王宮へはそれほどかからず到着するが、重い沈黙が落ちた馬車の中は、悠久の時間が流れているようだった。
「ベラ、改めて時間を作るのも面倒だし、今蘇りについて話を聞かせてほしい。」
眉を下げ、悲しそうな顔になるベラ。
「め、面倒…。はい、あの日、私は風邪を拗らせて一度死んだと聞いています。そのあたりは…その瞬間は覚えていないのですが、突然だったと。そして真っ黒な空間で、何か、誰かに話しかけられたと思います。はっきり分からなかったのですが、その、″特別″だとか、何とか…。」
「それで、その言葉を聞いた後に蘇った?」
「はい。気が付いたら教会の安置室でした。」
「ふむ。蘇った後で、君の体や能力に何か変化は?」
「いえ、特別変わった事は…。国王陛下も期待されていたようなので、申し訳なかったのですが…。」
「そうか、では蘇る数日から数週間前に遡って考えて、何かいつもと違う事はあった?」
「…………。」
ベラは押し黙った。
真剣に考えているようにも、逡巡しているようにも見える。
「いえ、思いつくことは、特に。」
ふむ、と腕を組んで考えるヴァレンティンをベラが見つめる。
「あの…先生は、ゾーイとその…親密な仲なのですか…?」
ヴァレンティンは眉を顰めた。
「なぜそんなことを?」
「いえ、今学園でそんな噂があって…。密室に二人でいたとか、個人的に会っていたとか。」
「ああ、そのことね。」
そう言って得心し、窓の外に視線をやるヴァレンティン。その様子に、ベラは驚愕した。
「ほ、本当なのですか?あの…申し上げにくいのですが、昨日ゾーイと会って…。」
バッと顔を向けるヴァレンティンの目は、にらみつけているように見え、ベラは息をのんだ。
「会った?どこで?学園で?彼女は休学中だよ。」
「学園に来ていて。その…申し上げにくいのですが、ゾーイはダニエル先生を訪ねてきていたようです。ロッシュ先生とは関係ないと。でも、ゾーイを…責めないであげて下さい!」
「責める?何故?変だな。君はゾーイの友人なのでは?どうして友人の印象が悪くなるようなことをわざわざ言うのかな?」
「え?いえ…そんな。」
そんな風に言われると思っていなかったベラは口ごもってしまう。
「君が死んだ原因はゾーイだったという噂があるが、君は間違いなく風邪を拗らせた、と言った。しかし噂は消えていないんだよ。君は否定しないんだね。」
ベラは大きな目を更に大きく開いて涙ぐんだ。
「ど、どうしてそんなひどい事を仰るんですか。私はそんな風に…。」
ガタンと馬車が揺れて止まった。
「さて、到着したようだ。降りよう。」
「え?は?はい…。」
舞踏会のように煌びやかな場所が苦手なヴァレンティンは、端から踊るつもりなどなかった。
しかも、ベラが養女となった事は伏せられた状況で、ヴァレンティンが学生であるベラをエスコートする様を見た周囲の視線が気持ち悪くまとわりついてくる。
「ベラ、先ほどから何度もダンスに誘われているんだから、行ってきなさい。僕のことは気にしないで。発表まではまだ時間があるだろう。」
「え?あ…ヴァル様は踊らないのですか?私は一緒にいたいです…。」
「はぁ。僕は踊らないから。君は好きにすると良い。」
それでも頑なにヴァレンティンのそばを離れなかったベラが、突然ヴァレンティンの腕を引いた。
思わず手を引っ込めようとしたが、ベラの言葉に動きを止める。
「ゾーイ。あんなところにいた。」
視線の先にはゾーイが立っていた。
ゾーイを見た瞬間、心臓が僅かに跳ねる。
会場の端で壁の花と化し、出した手紙にも返信しないゾーイ。まさか届いていないのか。何かを誤解をしているのか。
(それにしてもあの表情は何だ?感情がまるっきり抜け落ちたみたいな…。)
そう思ったヴァレンティンは、顔を顰めた。
ゾーイは、ベラのエスコートを一瞥する程度で、こちらを見ない。
ヴァレンティンの心臓が、何故か縮むように痛んだ。
ベラが近づき、ヒソヒソとゾーイに言った直後、普段の彼女からは想像できないほど怒りを滲ませたゾーイがベラの手を振り払う。
その瞬間、ベラの護衛騎士がゾーイの手を捻り上げた。
その光景が目に映るや否や、騎士の剣に手を伸ばしていた。
騎士の剣を首元に添える。
この程度で間合いを詰められる騎士など、居なくても同じだとヴァレンティンは思った。
手首を痛めたようだったし、何より話をしたかった。
それなのに、ゾーイは足早に会場を後にしてしまう。
追いかけて掴んだ腕は驚くほど細く、“痛い”と言われたことに酷く罪悪感を抱いた。
もっと人を頼ればいいのに。僕を頼れば…。
そう思ったヴァレンティンに、ゾーイは無表情で言った。
「先生はご存じですか。誰にも手を差し伸べられない事よりも、掴んだ手を離されることの方がずっと辛い時があるという事を。」
(なぜそんなことを…。)
言葉を失ったヴァレンティンを残し、ゾーイは足早に会場を後にしてしまった。
途中退場したゾーイが知ることは無かったが、その日予定通り、ベラがロッシュ公爵家へ養子に入る事、第2皇子の婚約者候補に内定した事が発表されたのだった。
ヴァレンティンは、第2皇子へベラを渡した後、早々に帰宅していた。
(以前からベラの態度には違和感がある。あまり関わりたくない。他の家族もいるから問題ないだろう。ゾーイに何を話したのか。何故あんなに怒っていたのか。…何故…僕の手紙に返信をしないのか。)
帰宅したヴァレンティンは早々にベッドへ入った。
(しかし何故僕は、ゾーイを前にあんな風に動揺してしまったんだか…。)
ベッドの上で寝返りを打ったヴァレンティンは、深く息を吐いた。




