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孤独な出立と幸福な縁組

目を開けると、そこは自分の部屋だった。


「戻って来られた…。」


脱力するゾーイの手から、羊皮紙がハラハラと落ちた。


「嫌だ、まずいわ。持ってきてしまった。」


完全に泥棒である。趣味とは言え、かなりの時間をかけて作成した資料のはずだ。


「戻しに行かないといけない…?またあそこに…?」


球体になりながら落下した後、あの魔道具はどうなったのだろう。


ひょっとすると、泥棒と器物破損…。


(どうしよう。先生はすぐ気が付くだろう。訴えられるのかな…。)


慌てて落ちた羊皮紙を拾い集めながら、最悪の事態を想像した。


ふと、資料に目が行く。14人の詳細と所在地だったところが書かれている。ベラについてはまだない。


吸い込まれるように詳細を読みふけっていると、指輪の事が書かれていないと気が付いた。


当然である。ゾーイしかその可能性を知らないのだ。



「あれ…?」


ゾーイは、重大なことを思い出した。


なぜ忘れていたのか。


鳥肌が立ち、考えが巡る。


ゾーイの頭はスッと冴え切り、痛みを感じなくなった胸では、ただ心臓が機械的に拍動している。


急いで手持ちの全財産を部屋の金庫から取り出した。


残していく短い手紙を書き、ふと思い出して引き出しから小箱を取り出し、手紙の横に置く。


(アンナには、袋いっぱいに詰めたアクセサリーを渡しましょう。少しでも役に立つと良いけれど。アンナとこれっきりなんて…。)


誰よりも長く親密に過ごしてきた彼女との離別を思うと、ゾーイは息が詰まった。


元々華美な飾りを嫌うゾーイはそれほど多くのアクセサリーを持たない。


その為殆ど自分の持つ全てのアクセサリーを袋に詰めることになった。


(どうせもう使わないかもしれない。戻って来られるかどうかも分からないしね。)


唯一母から譲り受けた、左手に着いた金の指輪だけは、魔力が使えなくとも外すことができなかった。


(一人で行けるかしら。いえ、大丈夫。慣れているでしょ。夜明け前に出かけよう。最初は…。)


最初の目的地は、ルシニョール王国東の果て、辺境を守る街バラト。


今から約200年前、聖人が生まれた場所から。時計の針が0時を指した。


「17歳のお誕生日おめでとう、ゾーイ。」


外は雪がちらつき始めていた。



―――――――――――――――――――――――



ゾーイとの約束を守れなかったヴァレンティンは、落ち着かない気持ちだった。


早朝に実家から招集され、ゾーイへ知らせることも出来ずに帰ってくることになったからだ。


(きっとあの魔道具に話しかけているよね。こっちから言ったのに申し訳ないなぁ。)


彼は普段、王都に持っている屋敷か、研究室に勝手に作った寝泊まりスペースで過ごしている。


その為、手紙だけでは戻って来ないと予想したのだろう。わざわざ公爵家の馬車が、日の出とともに迎えに来た。


ヴァレンティンは馬車の中で小さくため息を吐いた。


そして今、朝食を囲む状況を理解できないでいる。


長方形の食卓には、奥から現ロッシュ公爵であるクレマン、公爵夫人のドロテ、ヴァレンティンの兄で、次期公爵のジェレミー、その妻ルイーズ、ヴァレンティンの姉のマルグリット、そして斜め向かいには、なぜかベラ・デュポンが座っている。


ヴァレンティンの一家は、皆同じ色合いを持ち、美しい顔つきも似ている。


その為愛らしいとは言えベラは、宝石に紛れ込んでしまったガラス細工のように異色だった。


既に他国に嫁いでいるマルグリットの到着を待って、重い沈黙の中朝食が開始された。


大方の食事が終わる頃、ようやくクレマンが口を開いた。


「さて、みなに集まってもらった理由を話したいと思う。」


クレマンは食卓の家族を見回す。全員の目がクレマンを見つめた。


「昨日、王宮より呼び出しがあり、そちらに座っているベラ・デュポン子爵令嬢を養子に迎えるよう王命を受けた。」


ジェレミーは一瞬目を細め、マルグリットは横目でベラを伺う。ヴァレンティンは無表情だ。


ベラはと言えば、緊張し、少し頬を赤く染め、視線をテーブルクロスに落としている。


「それはつまり、彼女が第2皇子の妃候補になったという事でしょうか。」


ジェレミーはかなり聡明で、1を聞いて10を知るタイプの人間だ。


皇太子は既に婚姻しており、第2皇子は現在未婚の19歳で年齢も合う。


「そうだ。周知の通り、ベラ・デュポン子爵令嬢は聖人となった。200年ぶりのことで、国としても重用したいと考えてのことだ。その為、我が公爵家が後ろ盾となり、しばらく教育も行うことになる。」


「ベラさんは、今おいくつですの?」


マルグリットが頬に手を当て、首を傾げる。


「彼女は17歳だ。来年学園の最終学年を迎える。卒業後、皇子妃となる予定だ。しかし状況が状況だけに、期間が延びる可能性はあるな。それに第2皇子は現在隣国に留学中だ。先日顔合わせの為一度戻られたが、今少し期間はかかるだろう。」


「1年と少しで皇子妃教育と、学園の卒業を…?かなり難しいですものね。」


ギクッとした表情で肩を震わせるベラ。


「それについては、お前たちが考えることではない。これは決定事項だ。今日からベラはこの屋敷に住む。みなそのつもりでいるように。また、この件については、2日後王宮での舞踏会の際発表される予定だ。それまで口外しないように。」


話しが終わり、それぞれ席を立ち始める。マルグリットは早々に帰宅してしまった。


「ヴァレンティン、お前は聖人に興味があったな。しばらく学園を休み、ベラの相手をするように。慣れぬ場でお前は唯一彼女と面識があるからな。」


「いえ、待ってください。残してきた仕事もありますし、受けている依頼もあります。」


「勘違いするな。私は頼んでいるのではない。命令しているのだ。」


グッと押し黙るヴァレンティン。クレマンはかなり優秀だが冷酷な人間で知られている。


「分かりました…。」


「教育係の手配が済むまで、3,4日程度は屋敷にいるように。ベラ、分からないことがあれば専属侍女か、ヴァレンティンに聞くように。」


「は、はい!」


突然話を振られ、声を裏返らせながら返事をするベラ。


ベラは上目遣いにヴァレンティンを見つめたが、視線が交わる事は無かった。


(仕方ない。ゾーイには手紙を出し、後日謝罪しよう。聖人本人からの話は聞けないと思っていたから、いい機会だ。)


ヴァレンティンはそう思い直したが、数日後、この判断を後悔することになる。

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