孤立無援と七色の魔道具
学園でベラに会った2日後は、王宮で開かれる舞踏会だった。
ゾーイはとても参加する気になれなかったため部屋に引き籠っていた。
しかしゾーイの元にアーサーからドレスが届いたのだ。
家令から、“伯爵様がエスコートなさるそうです”と伝えられる。
(王宮の舞踏会に出席しないなど、伯爵家の者としてあり得えない。これを着て役割を果たせ、と言う事ね。)
渡されたドレスは、スカート下部から上に向かってオレンジから深紅へとグラデーションした美しい色合いで、胸元には沢山の小さなダイヤモンドが散りばめられていた。
義父と共に乗った馬車の中は重い沈黙が流れていた。
会場では義父が挨拶をしに離れたのをいいことに、壁の花と化していた。
ゾーイの悪評を知っている人間が、ダンスに誘うはずもない。
(帰りたい…。今ならこっそり抜け出してもバレないかもしれないわね。)
そんなことを考えていると、耳慣れた声が聞こえた。
「ゾーイ!こんな所にいたのね!探したわ。」
(この広い空間で一体どうやって見つけたのかしら。今この声は聞きたくなかったわ。)
ボンヤリとベラに視線をやると、その横には何故か酷く顔を顰めたヴァレンティンがいる。
今までベラが着てきた物とは比べ物にならないほど煌びやかなピンクのドレスを身にまとい、初めて見る麗しい身なりのヴァレンティンを伴っているようだ。
「素敵なドレス。とても良く似合うわ。」
「ありがとう。今日はマイヤー様がエスコートではないのね?」
「トーマスは、友人だもの。いつもじゃ…、あ、あれ…。いつからマイヤー様なんて…。あ、そう。ヴァル様が今日はエスコートしてくださっているの。」
頬をピンク色に染めたベラ。
(ヴァル様…。随分親しいのね。そう。ベラは本当に人と仲良くなるのが上手ね。)
「私に何か用?特にないようなら、失礼するけれど。」
「え?あ、私心配で…。一人で寂しそうだったから…。」
「ベラ、あちらがダンスホールよ。踊ってきたら?」
「ゾ、ゾーイ?何か怒ったの…?ごめんね?その…、ゾーイにも幸せになって欲しくて…。だってそうしなければ…。」
そう言っておもむろにゾーイに近付いたベラは、ゾーイの肩に手をそっと置き、言った。
「お母さまも悲しむでしょう…?」
その言葉に、いつもは冷静なゾーイの頭に血が上ってしまった。
肩に置かれたベラの手を強く払う。
「何を…!それ以上勝手なことを言わないで!」
その瞬間、ベラの専属騎士がゾーイの手首を強く掴み捻り上げた。
あまりの痛みに顔を顰めた。
「止めてあげて!」
ベラが慌てて声を荒げると同時にヴァレンティンが動いた。
「伯爵令嬢に手を上げるなど、随分とお偉い騎士様だな?」
騎士の首元には騎士の腰にあった剣が付きつけられている。
騎士は手を離した。
ゾーイは掴まれて痛む手首をさすりながら目を伏せた。
「ゾーイ、あまり事を荒立てるな。それより話が…。」
「ヴァル様!ごめんなさい!ゾーイを責めないで…。ゾーイは…。悪くないの。」
(何…?まるで私が悪者みたいじゃない。)
顔を伏せたまま足早に二人の横を通り抜ける。
舞踏会は始まったばかりだったが、もうそこにはいたくなかった。
(もう全部、嫌だ。)
階段を駆け下りるゾーイの腕が強く掴まれた。
それはヴァレンティンだった。
「ゾーイ、待ってくれ。顔が真っ青だよ。屋敷まで送ろう。」
「…。」
グッと下唇を噛む。
「離して頂けますか。痛いので。」
「あ、すまない。力を入れ過ぎたみたいだ。さあ、エスコートを。」
差し出された手を一瞥し、目を逸らす。
「いえ、結構です、もうそこに馬車が待っていますから。」
「ゾーイ、君は少し、人を頼った方が良い。」
一瞬黙ったゾーイが、真っすぐにヴァレンティンを見つめる。
「先生はご存じですか。誰にも手を差し伸べられない事よりも、掴んだ手を離されることの方が、ずっと辛い時があるという事を。」
そう言ったゾーイは、足早に会場を後にした。
王宮の入り口に待機していた伯爵家の馬車にノロノロと乗りこむ。
(伯爵は…置いて行っても気にしないでしょう。)
グッと目を瞑り、途方もなく長く感じる帰路をやり過ごした。
かなり早い主人の帰宅に、アンナは慌てた様子で出て来た。
「お嬢様、どうされましたか?もしや体調が…?」
「うん?いいえ、つまらなくて。それより温かいミルクを持ってきてくれるかしら。」
やっとの思いで部屋に戻り、ソファに座る。
アンナがソワソワしながら、ホットミルクをテーブルに乗せ、意を決したように青い顔で話しかけてきた。
「お…お嬢様、突然で本当に申し上げにくいのですが…。侍女を辞させて頂くことになりました。」
一瞬耳を疑うゾーイ。
「え…、どう、したの?」
ゾーイは震える声で聞いた。
アンナは申し訳なさそうに涙ぐみながら頭を下げた。
「親族の状況が芳しくなく…早急に実家に戻らなければいけなくなりました。」
アンナの家は男爵家だったが、領地を持たない名ばかりの貴族だと聞いていた。
「そう…。残念だわ…。長い事一緒にいたものだから…。」
「申し訳ありません…。引継ぎの侍女については…」
ゾーイはアンナの話がほとんど耳に入ってこなかった。
(私が“2度も”死に損なった罰なのかしら。)
アンナは母亡きあとも、ずっとゾーイを支えてくれていた。
自分も悲しいはずなのに、ソレイユを安心させようと躍起になるゾーイを、アンナはこれでもかと甘やかした。
まるでゾーイも甘えて良いのだと教えるように。
そのお陰でゾーイは“母の遺言”を抱えながらも、何とか立っていることができたのだ。
就寝の手伝いを済ませたアンナは、静々と退出していった。
ひどい孤独感がゾーイを襲う。
まるで、世界にたった一人になってしまったようだ。
左手を胸に添えたが、最早痛みを感じなくなったようだった。
ふと、ティカップ型の魔道具の蓋を開けっ放しにしている事に気が付いた。
(もう、必要ないわね。)
蓋を閉じようと手を伸ばすと、意図せず中の液体に指先が触れてしまった。
その瞬間、ゾーイの体はグッと引っ張られた。
恐怖で咄嗟に目をつむると、コツンと硬いものに当った。
恐る恐る目を開けると、暗いが机らしきもののようだ。
眼が慣れてくると、見覚えのある整頓された部屋。
ヴァレンティンの研究室だった。
「どうしよう…勝手に入ってきてしまったわ。戻らなきゃ。」
焦りながらも、ティカップ型魔道具があるはずだと思い、探し始める。
あちこち探すうちに、以前聖人に関する資料が出てきた引き出しが目に入った。
グッと息をのむゾーイ。
「勝手に開けてはまずいわよね。まずい…。でも…あの資料…。」
いけないと思いながらも、何かに突き動かされるように引き出しを開けた。
中には見覚えのある羊皮紙がある。
手に取ると、その横に香水瓶がある事に気が付いた。中の液体が七色である。
「まさかこれが…。」
恐る恐る瓶を開け…どうやって液体に触るのかと頭を抱える。
ええい!と、思いっきり瓶を傾ける。トロッとした液体が球体になりながらゆっくりと落ちてきた。
「なにこれ、不思議…。」
それなりに逼迫した状況であるが、ゾーイは呟いた。
七色の液体だったものが指に触れるか触れないか、という瞬間、またグッと引っ張られる感覚がした。




