音信不通と不信
ヴァレンティンから連絡がないまま、2日が過ぎ、ほんのりと温かく上向いていたゾーイの心は、再び下降し始めていた。
(先生に何かあったのか…、何も知らない私は、役立たずだと思われたのかしら。それとも監視対象としてそれほど警戒すべきではないと思われた…?)
「学園に行って聞いてみようかしら。ダニエル先生なら何か教えてくれるかもしれな。」
そう思い立ったゾーイは、極力学生に会わないよう、授業が行われる時間を狙って学園を訪れた。
学園のエントランスホールに入ると、先日の出来事を思い出し、委縮してしまった。
以前ヴァレンティンに声を掛けられた辺りに行ってみたが、そこにあったはずの扉は見当たらなかった。
この学園は、各科目の教授と、その下について授業を受け持つ教員がいる。
教授は各自の部屋があり、教員は教員室が設けられている。
ゾーイは教員室を目指す事にした。
1階は、エントランスとダンスホールを兼ねた大広間、大講堂、食堂があり、2階が各学年の教室と、移動教室、そして教員室がある。
ちなみに学園長室は3階にあり、大きな会議室もその階にあったはずだ。
エントランスの正面に設置された幅広の階段は、突き当りで左右に分かれ、左に昇って行けば教員室や移動教室、右に昇って行けば各学年の教室がある。
教員室は、階段を上がった廊下の一番手前にあるが、無駄に広いこの学園は、教室ごとの距離がやたらと長い。
ゾーイはひたすら前だけを見つめ教員室を目指した。
教員室のノッカーを鳴らすと、中から国教の授業を受け持つ女性教員が出てきた。
ダークブラウンのショートヘアに、縁なしの眼鏡をかけたその人は、牧師と同じ格好をしている。
「あら、あなたは。体調不良で休学なさっているのではなかったかしら?レフェーブルさん。」
「こんにちは、ロベール先生。個人的な用で、ダニエル先生にお会いしたくて伺いました。」
「ダニエル先生…?彼は…今2年生の授業に出ていますよ。」
2年生。自分のクラスではあるが…と思案していると、ロベール先生が口を開いた。
「ロッシュ教授の次はダニエル先生ですか?」
(…は?何の話?)
ゾーイはポカンと彼女を見た。
「ロッシュ教授の部屋で二人きり、親密に話していたそうですね。そのあと、外で個人的に会っていたとも。年頃の女性として、はしたないのでは?」
汚いものを見るような目でこちらを見てくる。
(どうしてそんな事を…?)
「はしたないだなんて。ロッシュ先生に呼ばれたんです。それに、個人的に会ったのは、時計台の異常についての調査のためですし。」
なぜこんなに言い訳がましく話さなければいけないのか。
「あれ、レフェーブル君。」
後ろから声を掛けられた。ダニエル先生だ。
ほっとして口を開きかけ、ぴたっと動きが止まる。
あの日、ゾーイがロッシュ先生の部屋にいたのは、この人しか知らない。時計台の約束も。
誰を信じていいのか分からなくなった。
「こんにちは、先生にお会いしに来たのですが、急用を思い出してしまいました。失礼します。」
小走りで階段を駆け下りる。ダニエルが来たという事は、授業が終わったということだ。
「あれ、レフェーブル伯爵令嬢では?」
誰かに見つかった。間に合わなかった。
緊張で足が震え、階段から落ちそうだ。後ろを振り返れない。
「本当だわ。休学と聞きましたけど、何をしに来たのかしら?」
「まさかベラ様に会いに…?」
ヒソヒソと話している割に、声が良く聞こえる。
「あ、ゾーイ…?」
慌てて振り返ると、数段上にベラがいた。後ろには前に見た騎士が立っている。
しばらく二人は沈黙した。相変わらず少し怯えたような顔だ。
ベラはゆっくり階段を下りてきて、ゾーイに顔を寄せた。
「もしかして、うちに手紙をくれた?ごめんね。訳があって、詳しくは言えないのだけど、今ロッシュ公爵様の所でお世話になっているの。だから知らせられなくて…。」
ゾーイだけに聞こえる声で囁く。その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「そ、そうなの?」
絞り出した言葉はほとんど意味をなしていない。
「あの…噂で聞いたんだけど、ロッシュ先生と、その…良い仲とか…。ごめんね。先生は今お休みをしていてお屋敷にいるけれど…。応援しているのよ!ゾーイったら、浮いた話が全然なかったもの。」
「良い仲なんかじゃないわ。ロッシュ先生の用事に協力しただけ。私こそ、関係ないわ。」
「そ、そうなの?とにかく…。」
ベラのその後の言葉など耳に入らないほど、ゾーイの意識は朦朧としていた。
足元がぬかるみ、沈んでいくような気がしたのだ。
「ゾーイ、顔色が悪いわ。体調不良なんでしょう。」
ベラは本当に心配そうに呼びかけた。
「ええ、そうなの。これで失礼するわね。ベラも忙しそうだけれど、体に気を付けて。」
「ゾーイ!もうすぐ誕生日でしょう?忙しくて、お祝いできなくて…ごめんなさい。」
ベラの言葉にはっとする。
すっかり忘れていたが、数日後は自分の17歳の誕生日だ。
僅かにほほ笑みその場を立ち去った。
痛いほどバクバクと拍動する胸からは、まるで血が流れているようだ。
信じられるものが無くなってしまった気がした。
憎悪、無関心、怨恨、好奇、優越感。
向けられるあらゆる感情に、押しつぶれそうだった。
一瞬だったが、ヴァレンティンと一緒に魔道具について話す時間は、気持ちを軽くしてくれたのに。
ゾーイの知らぬ間に、知らない場所で状況が刻一刻と変わっている。
きっと、ヴァレンティンすらも、いつの間にかいなくなる。
(いえ、それほど近しい関係でもなかったわ。)
朦朧としながら到着した自室で、ゾーイはベッドに倒れこんだ。
(私は今、何をしているのかしら…?)




