魔道具研究所と特別な魔道具
ヴァレンティンとの約束の日、ゾーイは、学園の制服に身を包んでいた。
先生と行動を共にするならば、制服だろうと結論付けたのだ。
昼食を終えた頃、家令のジュールがヴァレンティンの来訪を知らせた。
はやる気持ちを押さえながら玄関へ向かう。
そこには、昨日と同じ恰好のヴァレンティンが立っていた。
「ロッシュ先生。おはようございます。」
「おはよう、ゾーイ。」
ヴァレンティンは、昨日と同様にアタッシュケースを広げ一度振ると、目の前に扉が現れた。
「何度見てもすごいわ…。」
扉に向かって羨望のまなざしを向けるゾーイに、ヴァレンティンは苦笑する。
「魔道具にこれほどまでに興味を持つご令嬢は珍しいね。」
「あ、おかしいですよね。あの…興味があるというか、その…不思議で。決して…。」
しどろもどろに言い訳をするゾーイを、ヴァレンティンは不思議そうに見た。
「何をそんなに慌てるんだ?別にいいだろう。君が何に興味を持とうが。君の自由だ。」
ヴァレンティンのその言葉を聞いて、ゾーイは目を見開き、固まった。
「自由…。」
ゾーイはようやく聞き取れるような掠れた声でそう言った。
「それはそうだよ。君が何に興味を持とうが、誰にも止める権利はないでしょう。」
肩を竦めるヴァレンティンを見て、ゾーイは落ち着かない気持ちになった。
果たして自分には、自由に振る舞う資格があるのだろうか。いや、無いだろう。
黙り込んでしまったゾーイの様子を気にするでもなく、ヴァレンティンは言った。
「さあ行こう。ここで日が暮れるのを待つつもりはないだろう?」
「は、はい。参りましょう。」
ゾーイとヴァレンティンは、扉をくぐった。
扉の先には、4階建てくらいの真っ白な建物が建っている。
1階中央に鉄製の両開き扉がある以外は、窓らしきものも見当たらない。
だから正確な階数が分からないのだ。
建物の周りには、グルっと囲うようにゾーイの身長の3倍はあろうかという鉄製の柵がある。
「ここが魔道具研究所だよ。王都からさほど離れてはいないが、森の中だから静かでしょう。」
そう言われて周囲を見渡すと、うっそうと茂る木々が目に入った。
「これはまるで…。」
言おうとして口を紡ぐゾーイ。
(隔離された牢獄のよう…。)
「あはは、牢屋みたいと思った?当たり!昔牢屋として使われていたものを再利用しているんだ。魔道具研究所は王立なのに、あまり資金がないらしくてねー。」
酷いでしょ?とヴァレンティンは笑いながら大きな柵に触れた。
よく見ると、柵にはどこにも切れ目がなく、どこから入るのか分からない。
ヴァレンティンが触れた箇所がグニャリとゆがみ、入り口が現れた。
「この施設全体が、魔道具になっているんだ。特定の人間の魔力にだけ反応するようになってる。」
「時計台と同じような作りということですか?」
「ふうむ。時計台の方が遥かに高度と言えるね。別次元と言えば良いか。何しろ魔力を特定しないんだ。この施設は、予め登録してある魔力に反応するというだけだから。」
なるほど、とゾーイは頷く。
「さあ入ろう。今日はこの壊れた時計について、施設長に相談に来たんだよ。」
近付くと両開きの扉が自動的に開いた。
中に入ると、応接室のようなソファと長テーブルがあり、それ以外のものが何もない。広さはゾーイの部屋ほどだ。
「え…?外観とはずいぶん…大きさが違うというか…。」
「ふふ。面白いでしょう?さっき言ったように、この施設全体が魔道具になっていて、入り口を通った時点で、伝えてある用向きの部屋に直通なんだ。今回は施設長の応接室ね。」
二人は並んで長ソファに腰を下ろす。
「はぁ。こんな内容も授業で取り上げてくださればいいのに…。」
感嘆するゾーイに、ヴァレンティンはニヤッとほほ笑む。
「この構造はセキュリティも兼ねているからね。こんな辺鄙なところだけど、結構重要機関だからさ。」
「辺鄙は余計だな。」
突然声がした。慌てて声の方を振り返ると、そこには若い女性が立っていた。
ヴァレンティンくらいの年齢だろうか。
ほっそりとした体躯に、肩までの銀髪は、サラサラと糸のよう。
鋭い銀の目に丸い銀縁の大きな眼鏡をかけている。
研究者らしく、白衣を前できっちりと閉めた清潔感のある恰好だ。
「ご無沙汰だね、カーラ。やっとアポが取れて良かったよ。」
ヴァレンティンは立ち上がり片手を上げた。ゾーイも慌ててそれにならって立ち上がる。
「私は忙しいんだ。今回は面白そうな話だから特別。そちらはお前の婚約者か?」
ぎょっとするゾーイ。ヴァレンティンは笑って言った。
「彼女は僕の生徒だよ。ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢です。」
「なんだ。魔道具と結婚すると思っていた男が、ようやく女性を伴ってきたからてっきり。失礼したね。レフェーブル伯爵令嬢。私はここの施設長を務める、カーラ・ドニエだ。」
(ドニエ…辺境伯…!?)
「ドニエ辺境伯の…ご令嬢でしょうか…?すみません。お顔を存じ上げず…。」
「あはは!畏まらないでくれ。私は全く社交界に顔を出していないから、知らなくて当然だ。ドニエ辺境伯家長女だよ。兄が既に家を継いでいるし、あの家にはほとんど出入りしていないけどね。」
ドニエ辺境伯は、ほぼ海に囲まれたわが国が、唯一隣国と接する東端で国を守る要となる家柄だ。
「カーラとは、学園の同期で当時からの友人でね。懐かしいなぁ。楽しかったよね!」
「さあ、挨拶も済んだし、さっそく魔道具を見せてくれ。」
ヴァレンティンの言葉をサラリと流し、カーラは再びソファに座るよう促した。
しばらく壊れた懐中時計について話す二人を、ゾーイはぼんやりと見ていた。
(友人と共に学園を楽しむなんて…。私にはほとんどできなかったな。いえ、まだ退学したわけではないけれど…。)
最近の目まぐるしい出来事を思い出し、ゾーイの胸はズキリと痛み、左手を添えた。
一瞬過呼吸が起きそうになった。
「ゾーイ?大丈夫か?もしかして体調が悪い?」
突然ヴァレンティンに話しかけられ、意識が戻った。
「え、いえ!全く。すみません。ちょっと考え事をしていて。」
「お茶も出さず申し訳ない。全く。女性を誘うのにこんな場所を選ぶなんて、つまらない男だろ。」
カーラは苦笑しながら手元にあったベルを鳴らす。
するとふっとテーブルに3人分の湯気の立つ紅茶が現れた。
「いえ、とても興味深いお話でした。それに先生の授業はとても面白くて大好きですし、これは私の家からの依頼ですから。」
そう言ってお茶に口をつけるゾーイを見て、カーラは肩を竦めた。
ヴァレンティンは湯気の立つ紅茶に一心不乱に息を吹きかけている。
「カーラ、君はもう少し冷めたお茶を出してくれても良いのに。それに、そう。ゾーイはかなり優秀な生徒だよ。魔道具にもとても興味を持っているんだ。」
「おいおい、冷めたお茶を出すなんて、嫌がらせと取られるのが普通だぞ。まあいい。それを飲んだら帰れ。用は済んだろう。」
「あぁ、もう一つ用があってね。ルカの所に。」
結局ヴァレンティンは満足に紅茶に口を付けられなかったが、ゾーイが飲み終わったのを見て席を立った。
「もう一つ用があるんだ。すぐに済むから、入り口で待っていてくれるかい。」
そういうと、ヴァレンティンはゾーイを入り口まで案内し、再び扉を開けて入っていった。
扉の前で待ちながら、ゾーイはカーラについて考えていた。
貴族令嬢は結婚が当たり前というご時世、あんな風に独身で、仕事についている女性はかなり珍しい。
羨ましく思うと同時に、ゾーイはその思いを強く律した。
“私が何かを望むなど許されない”
言葉通り、ヴァレンティンはすぐに戻ってきた。
「お待たせ。それでは帰ろうか。」
二人は再びアタッシュケースの扉をくぐり、ゾーイの屋敷の前に出た。
ゾーイに向き合うと、ヴァレンティンはおもむろに何かを差し出す。
「さあ、これを受け取って。」
そう言ったヴァレンティンは、ゾーイに蓋つきのティカップのようなものを渡した。
「これは通信具でね。前から依頼していたものが完成したから、さっき研究所でもらってきたんだ。蓋を開ければ僕と話せるから。これで行き来も出来る。蓋をしていれば、こちらからは行けないし、聞こえないから心配しないで。」
「凄いわ。お借りして良いんですか?」
「問題ないよ。明後日は午前の授業がないのだけど、来られるかい?まだ聖人の話をきちんと出来ていないからさ。」
頷くゾーイに笑顔を向ける。
「それでは明後日、朝食後にでも準備が出来たらこの魔道具に話しかけてくれるかい?」
「分かりました。念のため、授業が始まった頃にお声をおかけしますね。」
「わかった。それではまた。」
その夜、ゾーイは自室で魔道具を手にしていた。ティカップの蓋を開ける。
中には七色に輝く、トロッとした液体が入っていた。
静かに揺らめいているが、少し傾けてみてもこぼれない。
話しかければ良いと言っていたが、恐らく向こうにも同じような魔道具があって、通信できるような仕組みなのだろう。
つまり、その近くに彼がいることが会話できる条件だ。
行き来できるというのはすごいが。
話しかけて答えが無ければ、不在ということだろう、とゾーイは静かに蓋を閉めた。
約束の日準備を済ませたゾーイは、魔道具に話しかけた。
「先生、ゾーイです。おはようございます。」
何の返答もない。
もしかしてお手洗いに立っているのかもと、少し時間をおいて話しかけてみるが、液体が静かに揺らめいているばかりだ。
何か手が離せない事態が起きたのかもしれない。
そう思ったゾーイは、今日こちらから連絡を取るのは止めにし、蓋を開けたまま、チェストに戻した。
向こうから何か連絡があるかもしれないと思ったからだ。
しかし数日経っても、こちらからの声掛けに反応もなく、向こうからの連絡もないままだった。




