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ヴァレンティンとトーマス

ふり返ると、トーマスが立っていた。


顔を引きつらせ、ソワソワしてしまうゾーイ。


(なぜこの人はここにいるんだろう。心配ですって…?)


「おや、ベラ・デュポン親衛隊隊長のトーマス・マイヤー君ではないか。今日はデュポン君が王宮に呼ばれているから、手持無沙汰でここへ来たのかい?」


トーマスの片頬がヒクっと引き攣った。


「ロッシュ先生。感心しませんね。女子生徒と二人きりで会うなんて。彼女は未婚女性です。今後に不利な噂が流れてしまいますよ。」


「ご心配ありがとう。しかしこれはアーサー君、あ、レフェーブル伯爵殿公認だから気にしないでくれ。そうだよね、ゾーイ。」


トーマスの眉間にグッと皺が寄り、顔が赤らんだ。二人の間に漂う不穏な雰囲気にハラハラしながらうなずいた。


「ええ、私の体調不良の原因究明に付き合って下さっているの。だからおかしな勘繰りはしないで頂きたいですわ。」


咄嗟にそれらしい言い訳が口から飛び出した。


「体調不良の原因…?一体どこが悪いんだよ。それに親友を差し置いて、昨日今日で知り合ったような先生に助けを求めるなんてどうかしてる。」


トーマスは不機嫌を隠そうともせず言った。


“親友”という言葉に耳を疑う。


(こちらの話も聞かず、あんなに目一杯頬を張ったくせに…。)


ゾーイはこの時ハッキリと理解した。


結局彼にとってゾーイは友人ですらなく、体調を崩そうが死のうが、どうでも良い存在なのだと。


ゾーイは酷い虚無感を感じた。


「どうかしているのは君だなぁ。まさか君の口から彼女の不名誉な噂を心配する言葉が出るとは驚きだ。それに、最近の若者は到底信じられないような噂話を鵜呑みにし、確証もないのに責め立てる人を親友と言うのだね。」


トーマスの顔は、いよいよ真っ赤だ。ヴァレンティンは、ほの暗い笑みをゾーイに向けた。


「ゾーイは、彼を親友だと?」


ギクッと固まるゾーイ。まるで授業中に指されたくない質問に当たってしまった時のようだ。


トーマスは、およそ心配する親友とは思えないような怖い顔でゾーイを見た。


手が震えて、まともに答えられる気がしない。


あんなことがあったとはいえ、長く想っていた気持ちがさっぱり無くなるということは無いようだ。


「ふぅ…。お、お構いなく、マイヤー様。ベラは生き返りました。私はもう関係ないでしょう。放っておいて頂けますか。先生、私はそろそろ帰らなければ。義父が心配します。」


拳をぎゅっと握ってゾーイは話を逸らした。


実のところ、アーサーはこれっぽっちもゾーイを心配しないだろうが。トーマスはギョッという顔をした。


「あぁ!そうだったね。引き留めてしまって申し訳ない。さぁ家に入りなさい。温かくするんだよ。明日の約束は忘れていないね?」


「はい、楽しみにしています。」


満足そうにうなずくヴァレンティン。


「それでは明日。さあ、行きなさい。」


そっとゾーイの背を押す。


ゾーイが門をくぐるのを見届けると、「それでは僕も」と扉を開けてさっさといなくなってしまった。


残されたのは、呆然としたトーマス一人だった。




研究室に戻ったヴァレンティンは、扉からアタッシュケースに戻すと、中から慎重に懐中時計を取り出した。


「ふーん、素晴らしいね。直る、直らないに関係なく、お目にかかれて光栄だ。」


懐中時計を眺めながら、ふと今日のゾーイを思い出した。


(彼女は学ぶのが好きだ。時計台の魔道具も僕の魔道具も、子どものように目を輝かせながら見ていた。普段は押さえつける何かがあるようだが、探求心が強いんだろう。本来はああいう人間なんだな。)


興奮する彼女を見て、こちらも思わず笑ってしまった。


無意識に口元に手をやるヴァレンティン。


再び笑みがこぼれてしまう。次の瞬間、スッと笑みが消える。


(彼女は何らかの事情で魔力を使わない、或いは使えない状況にありそうだ。それにしても、ゾーイに対するトーマス・マイヤーの態度は、どうも癪に障る。)


エントランスホールでの一件以来、ヴァレンティンの中のトーマスへの評価は最低だった。


たった一つ噂の中で真実があるとすれば、恐らくゾーイがトーマスに好意を抱いているという事。


(ゾーイは彼らに関わらないようにしている。無理をして授業を入れていたのは、そのせいもあるだろう。彼らもお互いだけに関わっていればいいものを。)


はた、と考えを止める。


「まあ…、僕には関係ないか。」


気持ちを切り替えたヴァレンティンは、時計を調べるべく、書斎机に向かった。



――――――――――――――――――――――



「今日は何だか嵐のようだったわ。」


ゾーイは就寝の準備を済ませ、ベッドに腰掛けた。


(ベラは王宮に呼ばれたと言っていたわね…。)


王宮に呼ばれ、何を話すというのだろう。


ヴァレンティンの言った通り、ゾーイの知る限りベラには特別な力があるわけではない。


いや、知らないだけだろうか。


この期に及んで、ゾーイはベラを本当の意味で知らないと感じていた。


(エントランスで、ベラは私を本当に恐れているようだったわ。私は一体、彼女に何をしてしまったのかしら。)


また、知らずに人を傷つけたのだろうか。


心当たりはまるで無く、ゾーイの胸は再びズキズキと痛んだ。


それにしても、今日のトーマスの来訪はゾーイをかなり動揺させた。


しかし、誰に対しても無神経なヴァレンティンの物言いが、今回はゾーイを救ってくれた。


(もしあの場に先生がいなかったら、また胸をえぐられるような視線に、身動きが出来なかったでしょうね。まるで味方のようだった…。)


ゾーイはグッと握った手を胸に当て、僅かにほほ笑んだ。


胸に小さな明かりが灯ったように感じた。

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