時計台と特別な魔道具
時計台に行く日の朝、ゾーイは日の出前に目が覚めた。
「まるでピクニック当日の子どもね。」
“学園側の監視の意味もあるかもしれない”
そう言ったアーサーの言葉を思い出し、ゾーイは苦笑した。
(楽しみにしちゃって、バカみたいかしら。)
ゾーイはベッドから起き上がった。アンナが来るまではまだ時間がある。
ふと、右手中指の指輪を見る。聖人の蘇り、指輪、魔力消失、牧師、時計台…。
考えてみるが、思考がまとまらない。
ゾーイは無意識に指輪に魔力を込めようとした。
「キ――…こ…こ…――ン」
耳鳴りとともに微かに声が聞こえる。
こめかみを押さえるゾーイ。耳鳴りはすぐに治まった。
静かに耳を澄ませていたが、その後再び聞こえることはなかった。
「一体何だっていうの…。」
約束の正午よりも少し早く、ゾーイは時計台の前に立っていた。
女性には珍しい白いパンツに紺の厚手のジャケット、首元のリボンの真ん中には、小ぶりな紫のブローチを付けている。髪は一つに結んでいた。
時計台は基本的に修理工のみが出入りする。
そのため、円柱状になった赤煉瓦造りの建物は、中に入ると螺旋階段が壁伝いに敷設されているのみで、簡素な造りだ。
「よし。」
意気込んだゾーイが螺旋階段に足をかける。
「何が、よし、ですか。まさかとは思うけど、これ昇るつもり?」
後ろから笑いを含んだ声が聞こえ、ゾーイは慌てて振り返った。
そこには、いつもと変わらない恰好で左手をポケットに入れ、右手にこげ茶のアタッシュケースを持ったヴァレンティンが立っていた。
「ここは学園ではないから、授業でなくても魔力を使って良いんだよ。」
「あ、そうでしたね、でも、最近運動不足で…その…」
魔力を使えないことを知らないヴァレンティンは不審に思うだろう。
どうしようと迷っていると、ヴァレンティンが納得したようにうなずいた。
「あぁ、女性は大変だね。しかしレフェーブル君は十分スレンダーだと思うよ。それ以上痩せてしまったら逆に不健康だ。僕の厚意に従いなさい。」
そう言ってヴァレンティンは、杖を取り出し二人の足元に大きな円を描くように振った。
するとフワリと二人の体が浮き、あっという間に階段の頂上まで到着した。
(ロッシュ先生が勘違いしてくれてよかった。)
階段の終わりには重厚な鉄扉があり、錆びた真鍮のカギがかかっている。
ヴァレンティンがカギに杖をトンと当てると、カチャリと外れた。
扉の中は時計の文字盤の裏側で、部屋全体にホコリがかなり積もっている。
最近調査のために足を踏み入れた人がいたのだろう。数名分の真新しい足跡が残っていた。
「ふむ、これがその壊れた魔道具だね。」
ヴァレンティンは上を見上げながら言った。彼の視線の先をたどり、ゾーイも上を見上げる。
そこには、両手を回しても届かないほど大きな球体が吊られていた。
木製だろうか。組木されたように、所々切れ目が見える。まるでパズルのようだ。
「降ろしてみよう。」
ヴァレンティンは杖を振った。球体を吊っていたチェーンが外れ、ゆっくりと降りてくる。
「凄いですね。これが…魔道具?」
「そうだね。さて、どういう構造かなぁ。」
ヴァレンティンは、楽しそうに球体の周りを回り始めた。
「ここだ。」
ヴァレンティンはおもむろに球体の一か所を触った。
ガチャリと音がした直後、組木の切れ目が複雑に動き出す。
球体が開いていき、中から手のひらに収まる程度の古い懐中時計がゴトリと落ちた。
球体だったものは更に複雑に動き、小さくなり、卵ほどのサイズの球体になった。
「これが本体だ。」
ヴァレンティンは時計を拾い上げた。
アタッシュケースから円柱の小さなレンズを取り出し、片目に取り付け時計を観察している。
「確かに壊れているみたいだなぁ。魔力を流す部分にヒビが入っている。魔力を流してみても無反応なんだが…。時計台が動くようになったと言っても、毎回必ず鳴るわけではないのは、不具合か?」
「ロッシュ先生。この魔道具は、誰の魔力にも反応するようになっているんですか?」
しゃがみ込んで魔道具を調べているヴァレンティンの横に立ち、両膝に手を置いて覗き込むゾーイ。
「いい質問だね。授業で話した通り、魔道具は手に馴染む・馴染まないがある。そして、馴染まない場合、魔道具の発動に大きな支障が出るね。だから魔道具は特注か、僕の杖のように偶然の出会いしかない。」
コクリとうなずくゾーイ。
「しかしこの魔道具は、魔力を流す部分に特殊な加工をされているようだ。そのおかげで、どんな魔力でも発動するようになっているようだね。数百年修理が叶わなかったのには、こんな所以があったんだなぁ。」
惚れ惚れと魔道具を見つめるヴァレンティン。
「直りそうですか?」
「簡単に言ってくれるねぇ。一朝一夕で直るなら、数百年も壊れていないよ。」
皮肉な笑みを浮かべ、肩を竦める。
しばらく持ち帰って調べるため、懐中時計を慎重にアタッシュケースにしまった。
「ところで先生。レフェーブルは言いにくいので、私のことはゾーイと呼んでください。」
ゾーイの言葉に、ヴァレンティンはパッと表情を明るくする。
「ありがとう。そろそろ僕も提案しようと思っていたんだ。舌を噛みそうでね。それでは僕もヴァレンティンと。」
「ロッシュの方が断然短いではないですか。」
苦笑するゾーイ。
「言われてみればそうだね。それではヴァルは?親しい人にはそう呼ばれる。」
「冗談はよしてください。先生を愛称でなんて呼べません。私はロッシュ先生と。」
「そう?分かったよ、ゾーイ。」
母とトーマス、ベラ以外にゾーイと呼ばれたことが無かったので、何だかくすぐったかった。
「調査の進捗は共有しよう。楽しみだなぁ。それから、明日は暇かい?この魔道具を解析する為に、午前の授業の後に魔道具研究所に行こうと思っているのだけど。」
「い、行きます!行かせてください!」
真顔で目を輝かせるゾーイに、一瞬目を瞠ったヴァレンティンは笑顔を向けた。
「では一緒に行こう。君の自宅に迎えに行くよ。昼食を済ませた頃に。」
「わかりました…!」
既にソワソワし出したゾーイの様子を、面白そうにヴァレンティンは見つめた。
時計台で出来ることはもうなく、二人は帰ることにした。
「屋敷まで送ろう。」
「いえ、平気です。外に馬車を待たせていますから。」
「あ、ごめんね。どのくらいかかるか分からなかったから、帰ってもらったんだよ。」
(それって余計なお世話っていうのでは?おかしな気遣いをする人だわ。)
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。」
「そうこなくっちゃ。ではこちらへ。」
そう言ったヴァレンティンは、懐中時計をしまったはずのアタッシュケースを全開にして取っ手を持ち、内側をこちらに向けた。
中は空っぽだ。縦に一度ブンと振ると、アタッシュケースが扉になった。
「す、すごい。これも先生の魔道具ですか!?」
表情の変化は分かりにくいが、目をキラキラさせて興奮しているゾーイを見て、ヴァレンティンは満足そうに微笑んだ。
「そうそう、ゾーイはこういうのが好きだと思ってね。僕の授業をいつも一生懸命聞いてくれているから。これは一度行ったことのある場所なら、扉をくぐれば一瞬で移動できる魔道具なんだ。」
扉を開けると、そこはゾーイの屋敷の門前だった。
二人が扉をくぐると、ヴァレンティンは扉を閉めた。
ゾーイは扉の周りをクルクル回る。
「凄いわ。先生、この魔道具について、今度お話を聞かせて頂けます?」
頬を上気させながらヴァレンティンを振り返る。
「お安い御用さ。」
つられてヴァレンティンもヘラっと笑った。
「体調不良で休学というから心配で見に来てみたら、まさか教授と逢引とはな。」
後ろから不穏な言葉が聞こえた。




