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ゾーイとソレイユ

ヴァレンティンと話をした次の日、ゾーイは、また書庫を訪れていた。


小さな街の図書館に匹敵する程の蔵書量であっても、聖人に関する書籍は見当たらなかった。


中央にあるデスクに本を積み、分厚い本とにらめっこをしているとノックが聞こえる。


「読書中失礼いたします。旦那様から、お嬢様を書斎へご案内するようにと申しつかっております。」


(ロッシュ先生についてかしら…。明後日の調査同行を無しにされたらどうしよう…。)


ゾーイは少し不安を覚えた。


「わかりました。このままいくわ。アンナ、この本を部屋に持って行ってくれる?」


「承知いたしました。お部屋でお待ちしています。」



書斎に入ると、アーサーはソファに腰掛け紅茶を飲んでいた。座るよう促され、アーサーの向かいのソファに腰を下ろす。


「何をしていた。」


アーサーは尋問するように鋭い視線で尋ねてきた。


「書庫で調べ物を…。部屋から出てはいけませんでしたか。」


「それは構わん。昨日学園のヴァレンティン・ロッシュ教授から連絡をもらった。」


グッと両手を握るゾーイ。


「理由は分からんが、とにかく聖人についての調査を手伝ってほしいとの事だ。学園側の監視の目という意味もあるのかもしれん。いずれにしても、休学に入るから時間もある。手伝って差し上げなさい。」


ゾーイは静かに頷いた。


「分かりました。あの…いえ。明後日、時計台の調査に同行することをロッシュ先生に許可頂いたのですが、行って構いかませんか。」


一瞬、アーサーとヴァレンティンの関係を聞こうか迷ったが、今は止めておくことにした。


「勝手にしなさい。彼の邪魔はしないように。」


そう言うと、出ていくよう指示するアーサー。

ゾーイは一礼し退室した。



敵意も無関心も怨恨も、等しくゾーイの心を蝕んだ。


聖人についてだろうが何だろうが、ゾーイは行動せずにはいられなかった。



ゾーイが居室に戻り、窓際の一人がけソファに腰を下ろす。


「お嬢様、温かい紅茶をお入れしました。」


ぼうっとしているゾーイの前に、湯気の立つ紅茶が置かれた。


アンナはこうしてこまやかな気遣いをくれる。


「ありがとう。夕食は部屋で摂るわ。」


「畏まりました。準備が整いましたらお持ちします。」


アンナは一礼し、退出しようとドアノブに手をかけた時、強めにドアが叩かれた。


「義姉さま、ソレイユです。」


「ドアを開けてあげて。」


部屋に入るなり、お茶をすすっているゾーイの元にずんずんと歩んできたソレイユは、険しい顔を向けた。


ソレイユはアーサーと同じ、アッシュグレーの髪にハシバミ色の瞳を持つ。


違う事があるとすれば、ソレイユの目は子犬のようにクリッとしており、険しい顔をしていたとしても可愛く見えてしまうことだ。


センターで分けたサラサラとした前髪が俯く表情を隠している。


「お父様からお話を伺いました。休学されると…。」


「ソレイユ、こんばんは。お義父様に呼び出されてしまったの?寮にいたのにわざわざ悪いわね。」


ソレイユは次期当主だ。本来であれば通学可能距離にある屋敷から通い、当主教育も受ける。


しかし優秀な彼は学園入学前にかなりの教育を終えていたし、ソレイユたっての希望があり寮に入っていた。


その理由が、ゾーイと同じ屋敷にいたくないからだという事を、実は知っていた。


「私の状況があまり良くないのは、あなたも知っているでしょう。伯爵家に迷惑をかけたくないの。」


ソレイユは一瞬怯んだような表情を見せ、すぐに目を逸らした。


「今休めば、認めたことになるのではないですか。」


「事実でない噂はいずれ無くなるわ。」


「そうですか。」


ソレイユはグッと眉間に皺を寄せ、クルっと向きを変えて、足早に出て言った。


息を詰めて拳を握っていたゾーイは、静かに息を吐きだし、手の力を抜いた。


ソレイユはベラととても仲が良いように見えた。

もしかしたらソレイユは、噂を信じているのかもしれないと、ゾーイは肩を落とした。


(いつからソレイユとは、こうなってしまったのかしら。)



* * * *



再婚当初、まだ3歳だったソレイユは、クロエにもゾーイにもよく懐いた。


ソレイユが5歳になった頃、クロエは臥せっていることが多くなった。


寂しさを紛らわすように、雛のようにゾーイの後をついて回っていたソレイユ。


ゾーイもまた寂しかったが、姉としてソレイユを大切にしていた。


「ねえさま、僕…。ずっとねえさまと一緒だよね?どこにも行かないよね?」


「当然でしょう。二人きりの姉弟だもの。ずっと一緒よ。」



ゾーイが8歳、ソレイユが6歳の頃、クロエは病により帰らぬ人となった。


母の死後、姉弟は寄り添って過ごしたが、いつの頃からかソレイユはまるで大人になったようにゾーイの元に近寄らなくなった。


そのきっかけが何だったのか、ゾーイには分からなかった。



今年に入り学園に入学するお祝いを渡そうとソレイユの居室を訪れた際、中から声がした。


「やっとお父様から許可が出て、寮に入れることになったんです。本当に。これでようやく義姉様のそばを離れられる。」


誰かと通信しているようだった。


その言葉を聞き、呼吸が止まる。

ゾーイは震える足を何とか動かし、そこから静かに立ち去ったのだった。



* * * *



必要以上にソレイユを気遣ったのか、自分が傷付くのが、怖かったのか。


ゾーイはソレイユの態度の変化について、聞くことが出来ずにいた。


ゾーイは居室の扉に視線をやり、心理的にも物理的にも離れてしまった義弟を想い、胸が痛んだ。

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