ヴァレンティンの回想と苛立ち
「変な人だったわね。」
言葉とは裏腹に、ゾーイの心は僅かに弾んでいた。
未知に触れる時の高揚感。
元々勉強好きで好奇心旺盛なゾーイは、3日後を待ち焦がれながら軽い足取りで庭園を歩いて行った。
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ヴァレンティンは扉を閉めると、ふぅと息を吐いた。
この扉は、学園内であればヴァレンティンが思う場所に出現させることができるものだ。
「ダニエル先生、見付けるのが早かったですねぇ。」
ニヤリと笑うヴァレンティンに、ダニエルは胡乱な目を向けた。
「上から下まで虱潰しに探しましたよ。まったく。上から探したせいで、時間がかかってしまった。まさかエントランスホールの近くにあるなんて思いもしませんでしたからね。」
「はは。それでは僕は、教授会に行ってきます。良ければティポットにお茶が…。」
「ぬるいお茶ですよね。もう冷え切っていますよ。結構です。さっさといってらっしゃい。勝手に出て行きますから。」
その言葉に肩を竦め、自分の足元に杖を向けるヴァレンティン。
次の瞬間、その姿は忽然と消えてしまった。
教授会が開かれる大会議室には既に全員が着席していた。
ヴァレンティンの到着を待って会議は開始されたが、先ほどのゾーイとのやり取りについて頭の中で反芻してしまい、殆ど会議の内容は頭に入ってこなかった。
(彼女は何か知っている様子だった。どこも悪そうには見えなかったが、体調不良で休学?友人の死を受け、気落ちから体調に影響でも出たか…?)
* * * *
特別気にかけているわけではい、豊富な魔力を持ち、勤勉で物静かな生徒。
いつもどこか禁欲的で、2年生になってからは無理をし過ぎではないかという量の科目を履修し始めたが、それでも十分な成績を修めていたことは、全教員の知るところである。
図書館で見かけるゾーイは、勉学に勤しむ学生というよりは、罪を償う咎人のようだった。
“あの日”は、ヴァレンティンの受け持つ魔道具の、任意の野外演習だった。
ほぼ皆勤賞だったゾーイは、その日ももちろん参加しており、その後ろをベラ・デュポンと、付き人のようにトーマス・マイヤーが付いて来ていた。
「ベラ、今日は特に寒いわ。止めておいた方が良いと思うのだけれど。」
そう言ってやんわりと止めようとするゾーイの声が聞こえた。
「私と一緒は嫌?私ゾーイの魔術を見るのが大好きなの。お願い、一緒に行って良いでしょう?」
「ふぅ、分かったわ。」
ベラが半ば押し切る形で、ゾーイは了承した。
(見学だけなら参加は止めてほしいねぇ…。)
確かにゾーイの魔術は美しく無駄がない。
3年になっても無詠唱で魔道具を操れない者も多くいる中、彼女は2年で唯一出来るようになっていた。
ヴァレンティンは逡巡したが、見るのも勉強か、と結論付けた。
「ベラ、俺がいるから心配するな。でも、ゾーイと二人っきりにはなるなよ。」
トーマスのその言葉は、明かにゾーイにも聞かせようという声量で、しかしその時ゾーイがどんな表情をしていたかまでは、ヴァレンティンには分からなかった。
その日の演習内容は、自分の魔道具を使って魔物を倒すというもの。
ネズミ程度のサイズで、最弱な部類に入る倒しやすい魔物だ。ヴァレンティンは他の教員と共に生徒を見て回っていた。
演習が後半に差し掛かった頃、ゾーイとベラがいないと、トーマスが騒いでいる声が耳に入った。
(行くなといったのに…、森の奥に迷い込んだか)
慌てるトーマスを追ってヴァレンティンも駆け出す。
しばらく行くと、魔物の雄叫びが聞こえた。
止める間もなく、トーマスは声の方に駆けて行った。
ゾーイたちの横に倒れている魔物は中級で、既に息絶えていた。
気が付くとトーマスは、意識を失ったベラを抱えて去って行ってしまう。
取り残されたゾーイは、ヴァレンティンに気が付く事なく、トーマスが去った方をしばらく見ていた。
その時、倒された魔物と同種で大型の魔物が現れ、ゾーイに襲い掛かる。
(様子がおかしい。肩が不自然に上下している。恐ろしさで動けないのかもしれない。)
ヴァレンティンはその瞬間素早く間に入り、軽々と片を付けた。
振り返ると、しゃがみこんでこちらを見上げているゾーイと目が合う。
その目は一瞬果てしなく空虚で、しかしすぐに意識を失った。
ヴァレンティンは慌ててゾーイを抱え学園に戻った。
医務室に運ぶと、気絶しているだけとの事で、ようやく気持ちが落ち着いたのだ。
演習を終えたヴァレンティンは、昼食を食堂で摂っていると、後ろに座る生徒の声がふと耳に入る。
「やっぱり、噂通り嫌な人ですね。ベラさんを無理やり演習に連れて行ったんですって。魔力が多いだけの癖に、鼻にかけているって。そのせいでベラさん、ケガをして先ほど早退したそうですよ。」
(誰のせいで早退?鼻にかける?これはレフェーブル君の事だろうか。)
ヴァレンティンは混乱した。何故なら全くの事実無根だからだ。それにベラのキズはかすり傷だった。
(子どもの噂は恐ろしいな。いや、大人も同じか。)
* * * *
次の日からの急展開は、ヴァレンティンを驚かせた。
個人的な興味で調べていた聖人の蘇りが、自分の生きている時代に起こるとは思っていなかった。
まずは親しい人に話を聞いてみようとしたが、当てにしたゾーイは学園をしばらく休んでいた。
エントランスホールに扉を設け、やきもきしながら待つこと数日、ようやくゾーイが通学してきた。
だがエントランスホールで起こった出来後は、学生に無関心なヴァレンティンすらも苛立たせる、胸糞悪い、理不尽な攻撃だった。
今思い出しても腹が立つ、と、かぶりを振った時「ロッシュ教授?何か問題が?」と声を掛けられる。
(そうだ会議中だった。)
「いえ、すみません。進めて下さい。」
「ふむ。最後に、周知させる内容として一点。ゾーイ・レフェーブル伯爵令嬢が、体調不良により期間未定の休学に入る事になった。」
エリックの言葉にザワつく教授たち。ヴァレンティンは目を細め、静かに耳を傾けた。
「体調不良ですか…?あまりそうは見えませんでしたが…。」
「もしや…、ベラ・デュポン君の蘇りと何か関係が?」
「かなりの噂がありますからね。もし事実だとしたら、聖人への侮辱行為をした人間を在学させておくというのは…。」
「確かにそうですね。学園の評判に影響が…。」
(バカなのか。何を見ているんだ、仮にも教授が。これではアイツらと一緒だろ。)
ヴァレンティンの静かな怒りが沸き起こってきた。
異論を唱えようと口を開きかける。
トントントン。
指でテーブルを叩く音が聞こえた。
シンと静まり返る会議室。視線がエリックに集まる。
「君たちは日ごろ何を見て教鞭を取っているのだろうね。噂に踊らされることのないように。生徒たちの模範となってくれたまえ。無責任なことを言う人間が学園にいては、我が学び舎の評判に関わるからね。」
顔を少し傾け、片方の眉を上げる。無表情の中に、とてつもない威圧感がある。
黙り込む教授たちの中で、ヴァレンティンだけは瞳を輝かせていた。
何しろ、エリックに憧れて学園の教授になったのだ。
「では会議を終わりにしよう。」
そう言って一番に立ち上がり、ローブを翻して退室するエリックを、羨望の眼差しで見つめていた。
それにしても、とヴァレンティンは立ち上がる。
(レフェーブル君は少し変わった子だ。あの資料を見て、無駄だとか、放り投げたりもせず、“大変でしたね”だなんて。初めて言われたな。)
にやけそうになる口元をむにょむにょと動かしながら、ヴァレンティンは会議室から姿を消した。




