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動き出す時計台と蘇る人

『お前の命と引き換えに、蘇らせたい者は誰だ』


足元さえ見えない真っ暗な空間で、反響するように声が聞こえる。


首を左右に振っても、しきりに瞬きしても変わらない真っ暗な視界。


ゾーイは訳が分からず、足を踏み出す事も、手探りする事も出来ない。


男か女か、子どもか大人かも分からないその声は続けた。


『今世の命も失い、来世すら望めぬ。その代償をもってしても、蘇らせたい者がいるか』


「何なんですか。蘇らせたいって…。」


『すなわち人間の命を吹き返す事』


(蘇らせたい者…?命を吹き返す…。)


“悲しみに暮れる人々を救えるかもしれない”


(あぁ、そうか。)


その中には、自分は含まれないのだ、と理解した。


“いっそお前が” “あなたと一緒は嫌なんです” “あなたのせいで”  “ゾーイを生まなければ”


「私の命に何の価値が?」


『お前の考える価値など、あって無いものだ』


(まるで謎かけのようね。)


ゾーイは考える事をやめた。


「います。」


“誰からも必要とされないのなら、私の命と引き換えに。”


『よろしい。その願い、――――が叶えてやろう。お前の名と、その者の名は。』


「…私はゾーイ・レフェーブル。ベラ・デュポンを生き返らせて。」


『契約は成った』


その瞬間、ゾーイの体内が沸騰するように熱くなり、内側から内臓を全て引き釣り出されるような激痛を覚えた。


「あああああああ!?」


悲鳴を上げながら、見えない足元に崩れ落ちてうずくまる。痛みで今にも吐きそうだ。


《…だめ…―――して―――》


耳元で、先ほどとは違うリンと囁くような声が聞こえた瞬間、フッと痛みが消えた。


「…な、何?」


その直後、鋭い閃光が走り目をつむった。


ふいに、座り込んでいた足元が消える。すがる物もなく落ちていく感覚。


“死ぬ”


そう感じた瞬間、体中の毛が逆立った。


(嫌だ、死にたくない…!誰か…!!)


ゾーイは何かを掴もうと手を伸ばした。



ゴ――ンゴ――ンゴ――ン



ハッと目を覚ました。天井に向け、伸ばした右手が見える。


全力で走ったような荒い呼吸が、震えながら次第に落ち着いていく。


じっとりと汗をかいたゾーイは、見慣れた天蓋付きベッドに横たわっていた。


自分の部屋だ、と遅れて気が付く。上げていた手をゆっくりと下した。


頭も体も思うように動かない。


腰まであるウェーブのかかった艶のある赤い髪が、寝台に広がっている。


ゆっくりと頭を動かし明るい窓を見ると、朝日に照らされ、釣り気味の大きなオレンジ色の瞳に動揺の色が浮かんだ。


「あ…。」生きてる…?


久しぶりに声を出したような、掠れた声が出た。


「お嬢様!!」


突然大きな声が聞こえた。視線をやると、ゾーイの専属侍女のアンナが転がるように駆け寄ってきて、ベッド脇にひざをつく。


「お目覚めに…!ああ!神様…!!!」


肩まである茶色い髪は振り乱され、垂れて眠そうな茶色い瞳は大きく見開かれている。


はっとするアンナは、急いで立ち上がった。


「旦那様とお医者様を呼んでまいります。何か欲しいものはございますか?」


ゆっくりと左右に首を振る。それだけで目が回りそうで、ゾーイは顔を顰めた。


アンナは心配そうに頷くと、小走りで部屋を後にした。


間もなく侍医と、ゾーイの義父で現レフェーブル伯爵のアーサーが部屋へ入ってきた。


その後ろからアンナが水の入ったピッチャーと、空のコップをトレイに乗せて入ってくる。


アーサーは、アッシュグレーの髪を丁寧に後ろに撫でつけ、猛禽類を彷彿とさせる鋭いハシバミ色の目でゾーイを見下ろした。


目が合うと、深々と眉間に皺を寄せた。


「侍医。」と短く指示をすると、ベッドの横に白衣を着た初老の男が歩み寄った。


「失礼しますね。」


侍医はそう言うと、ゾーイの手を掴み脈を取ったり、下瞼を下げるなど診察している。


「ふむ。お目覚めになっていかがですか?どこか痛むところはありますか?」


「な、ないわ。…私に、何が?」


「お前は4日間眠っていた。何があった。何故あんな場所で倒れていた。」


アーサーが温度を感じさせない声で質問する。


(あ、んな場所?どこのこと?)


「お前は本当に…。」


「伯爵様、お嬢様の体は今のところ問題ないようですが、しっかりと休養が必要ですぞ。」


「そうか、それでは領地視察から戻り次第話を聞く。」


そう言うと、アーサーはさっさと部屋から出て行ってしまった。


ゾーイはあまりに一方的な態度の義父を、呆然と見送る。


侍医はアンナに諸注意を伝えて出て行った。

アンナはベッド横のチェストの上にトレイを置き、ゾーイの顔を覗き込む。


「お水を飲まれますか?体を起こすことは出来るでしょうか。」


「ええと。私に何があったのかしら。ちょっと頭が混乱しているみたいで、思い出せないの。」


「お嬢様は…、4日前、ベラ・デュポン子爵令嬢のご遺体が安置されていた教会に行くと言って外出されました。その後、夕方に教会の墓地に倒れているのが発見され、屋敷に運び込まれたんです。」


アンナに優しく背中を支えながらゾーイは体を起こした。水の入ったコップを受け取り、一口飲む。


「4日…。教会の墓地で倒れていたって?」


「はい。外傷も殆どなく…、その…暴行されたような形跡もない事から、気を失っているだけだと診断されたのですが、一向に目を覚まされず、とても心配しました。」


アンナは垂れ目と平行になるほど眉毛を下げて言った。


ハッとするゾーイは、先ほど無意識に目に入った右手の中指を見た。


そこには銀のシンプルな指輪が付いている。



(そうだ、あそこでこの指輪を渡されて。突然真っ暗に…。)



少しずつ曖昧だった記憶が鮮明になってくる。


「アンナ…、ベラは…。」まさか…。


ゾーイの質問に、アンナはハッと目を見開き、少しだけ明るい声になる。


「そうです!お嬢様が倒れた日だったのですが、遺体安置室で突然目を覚まされたそうですよ。200年ぶりの”聖人”の誕生だと。王都やノーヴルはお祭り騒ぎです。何でも、王族付の護衛が24時間警護して、学園に通われているとか。」


(あの声が言ったことは、本当に実現したのね。でも代償は…?それに聖人て…?)


「それにもう一つ奇跡があったんですよ。今朝の音を聞かれましたか?何百年も壊れて止まっていたノーヴルの時計台がその日に動き出したんです!」


「あの時計台が?」


「聖人の蘇りに、壊れた時計台が動き出すだなんて、歴史的な出来事に立ち会ったようで、感動です!」


アンナは興奮気味に話している。そんな彼女を見て、逆に冷静になるゾーイ。


「私は今、世間的にはどんな状況なのかしら。」


「お嬢様はレフェーブル家の騎士に発見されたので、体調不良で学園を休んでいることになっています。」


「そう…ありがとう。アンナ、少し休みたいわ。下がって頂戴。用があればいつものように呼ぶから。」


一人になって頭を整理する必要がある。一瞬迷ったアンナだったが、一礼して退出していった。


両手で顔を覆い、再度ベッドに横になるゾーイ。


「あの日は…ベラの顔を見る為に、教会に行ったのよね。」


ゾーイは絡まった記憶の糸をほどくように、一つ一つ思い出していった。

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