乾杯
「いやぁ、すごかったな。阿鼻叫喚」
イーサンと『奇跡の巫女』との婚約が発表された。
大聖教会で行われる結婚式は、その概要が市民に公表される。式の間はお御堂が使えなくなるからだ。
周知の貼り紙には、使用する日時と家の姓が載った。もちろん「ウィリデ家」の名、それから相手は「王太后殿下の被後見人」と。シーナにはこの世界での苗字がない。
王都中が騒然とした。
あのイーサン・ウィリデがいよいよ結婚する。
相手の「王太后の被後見人」とは誰なのか?
貴族ではない。では大聖教会の関係者か、近衛騎士団の関係者か、はたまた王宮の関係者か。
と、ここで先日の使用人宿舎での大騒動が、どこからともなく漏れる。
翌日の昼過ぎには、王都で一番の発行部数を誇る新聞社が号外を配った。
新・侯爵夫人は『奇跡の巫女』!!
『奇跡の巫女』は、師団長イーサン・ウィリデ氏と大声で喧嘩をできるほど強い心臓の持ち主。歌い、踊り、紙吹雪とともに空を舞う演技で王太后殿下をも虜にした。結婚式には国王陛下ならびに妃殿下もご参列予定。なお、イーサン・ウィリデ氏は結婚を機に近衛騎士団を退職。今後は侯爵として、領地経営を通して更なる国の発展に寄与する意志を表明。
市場で、野外劇場のある王都の広場で、王宮の堅固な門の前で、街中で号外が撒き散らされる。
公演を観た若い男たちは羨ましそうな感嘆をあげ、酒を煽った。
若い女性はところ構わず叫び、年頃の女性は号泣し、おばさま方も悲鳴をあげ、そこここでばったばったと倒れた。
騎士団の宿舎すら、どことなく鬱々とした空気が流れる日が続いている。
「気付薬がよく売れたでしょうねぇ」
「……根っからの商売人なんだからもう、マイラちゃん」
リヒタインはマイラとともに、王都に新しくできた店にやってきた。なかなか評判らしい。店内は賑わっていて「ウィリデ侯爵」「巫女様」と言った言葉が時折もれ聞こえる。
「いやぁでも、こんなに先延ばしにされるとは思いませんでした。秋ですよ、去年の秋」
「ごめんって〜忙しかったんだよ、巫女の件とかフラウムの困ったちゃんの件とか」
秋祭りの直前に「塊肉をご馳走するから」と言っていた、あの約束を果たしにきたのだ。
リヒタインとて有耶無耶にするつもりはなかったのだが、本当に多忙な半年だった。事件にサラが関わっていたせいでイーサンが動けない場面が多く、その皺寄せは必然的にリヒタインに回る。
「半年分の利子もかかりますからね。前祝いも兼ねて、今日はうんと飲み食いします」
「はい、お好きなだけどうぞ」
マイラは言葉の通り、店で一番高い皿を頼んだ。食べきれないだろうから、二人で分ける予定だ。
「家、買わなくて正解でしたね」
「あいつ本当に、なんであんなに先走るんだか」
結局、イーサンが王都に新しい家を買うことはなかった。
そんな間も無くドタバタと支度をして、早くも明日が二人の結婚式だ。昨日付でイーサンは近衛騎士団を引退しており、大聖教会での式が終わり次第、受け継いでいる侯爵領へと行く。本来の職務に就くのだ。もちろん、シーナと共に。
「寂しくなるね、マイラちゃんは」
「……リヒタイン殿も、ですね」
マイラは、顔を下げる。
共に東都から来た。決して長くはない。たった一年と半分。されど一年と半分。ずっと、シーナと一緒にいたのだ。寂しくないはずはない。
「……遊びに行こうよ、一緒に。長い休みが取れるよう、俺が掛け合うからさ」
マイラは小さく頷いた。
「お待たせいたしましたー麦酒と前菜でございます。牛肉はもう少々お待ちくださいませ」
給仕が手早く配膳する。
「じゃあ、乾杯しよっか」
仕切り直し、とばかりにリヒタインは明るい声で言った。マイラに笑顔が戻る。
「ふふ、『シーナとイーサン殿に』ですか?」
「あー、それはいいや。どうせ明日、大勢の人に祝われるんだから、もう十分足りてるっしょ」
マイラが麦酒の入った陶器の酒杯を持ち上げる。
「じゃあ……リヒタイン殿と?」
リヒタインも、マイラと同じように互いの目線まで持ち上げた。
「マイラちゃんの?」
「「 頑張りにっ! 」」
完
これにて完結です。
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※午後追記
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