38-2
本日二本目の投稿です
「とりあえず、年末と年始の祭事は中止。来年の春祭り以降は、どうにか新しい形で再出発したいみたいだけど、どうなることやらって感じだね〜」
「そうですか」
「シーナちゃんは変わりない? 足の状態はどう?」
「はい。お医者様に定期的にみていただいてて、経過は順調だそうです」
よかった、とリヒタインは笑う。
シーナが『騎士様』の代役を勤めたことは極秘とされた。大聖教会としても今シーナの周りが騒がしくなるのは好ましくなかったし、シーナ本人も、疫病の時のことを思うと、できるだけ目立ちたくなかった。
東都での代役の時は、東都聖教会で働いている者が代役を演じたのですぐにバレてしまったが、今回は近衛騎士団の所属であるため大聖教会内で顔も割れていない。巫女と騎士団関係者に緘口令を敷けばそれで済んだ。
「リヒタイン殿たちのお陰です、変わりない生活ができるのは」
「いやいや、こちらこそ何度もお世話になって。髪の次は怪我まで……本当、何度謝っても足りないよ。ごめんね」
「やめてください。コレも、髪の時も、全部自分のせいですから」
結局、別の世界からきたのだと、打ち明けるのはイーサンだけにした。
大勢の人に理解してもらうのは難しいことだし、場合によっては身の危険もあるだろう。イーサンが本当のことを知っていてくれる。それだけでシーナは心が軽くなった。
聴き取り調査では、二度目の人生のことだけを伏せて、あとは全て話した。トランポリンの仕掛けを黙っていたことは怒られたが、発想自体を不審がられることはなかった。
概ね問題なく、シーナへの聴き取りは終わった。
「それにしても『奇跡の巫女』だもんなー、すげーよな」
極秘とされた『騎士様』の代役は、いま、街で『奇跡の巫女』と呼ばれている。
花火や派手な音楽など、今までになかった新しい演出があったのもそうだが、何より、『騎士様』が落ちた穴から紙吹雪と共に飛び出してきた仕掛けが、大いに受けた。
その正体が謎のままであることも『奇跡の巫女』をより神秘的に感じさせるようだ。
「まぁ、紙吹雪は飛び出したんじゃなくて降らせただけなんですけどね」
「ははは、いつの間にか一緒に飛び出したことになってるよ」
野外劇場には壁はあっても天井はない。元の世界にあった文字幕は舞台の天井にあるバトンに吊るされる仕様だったので、ここでは使えない。
代わりに、雪かごを用意した。
箱の中に『桜吹雪』ならぬ『紅葉吹雪』を詰め、箱上部は刈りたての麦稈で粗めに編んだ。箱の面を下にして、壁の上の方に吊るす。そのままロープを舞台袖に這わせた。
有事の際はロープをひっぱり、籠の天地を逆さまにする。そうすれば編まれた麦の隙間から『紅葉吹雪』が落ちる仕組みになっていた。一度に全ての紅葉が落ち切ることはなく、ロープをゆする度に葉が舞う設計だ。
『騎士様』が穴に落ちた。事故の衝撃をどうにか誤魔化そうと、目立つ仕掛けの一つである紙吹雪を降らせる判断をしたのはアルマだ。
身分の低い貴族の出で、大人しく、縫い物や小道具の補修など目立たないが大切な仕事をしていたアルマ。
シーナがシェリルに罵倒された時、怯えながらも立ち向かおうとしてくれたアルマ。
自分自身も傷つけられ、悔しそうに唇を噛んで耐えたアルマ。
(あんな派手な仕掛けを、自己判断で動かせるような人だとは思ってなかったな)
彼女の機転もまた、舞台の成功に大きく寄与したのだ。
アルマは巫女として未だ王都大聖教会に残っているという。変化していく巫女制度の支えになってくれるかもしれない。
「リヒタイン殿は、お変わりないですか?」
シェリルはリヒタインのはとこに当たる。いま関係性がどうなっているのか、シェリルの家とリヒタインの家の力関係もわからないが、親戚であることに変わりはない。何かの良くない影響があるのではないかと心配していた。
「俺は変わりないよ。シェリルの所とは確かに親戚だけど、そんなこと言ったら六家中血縁だらけだからね。従兄弟だはとこだと気にしていたら全員没落するしかなくなる」
あっけらかんとした声で笑う。
「六家中、血縁」
「そ。四代くらい辿れば俺とイーサンだって繋がってる」
「え?! そ、そうなんですか?」
「そうよー。だから俺は反対だったんだよな、イーサンと、あいつの従兄妹の結婚は。ただでさえ六家ん中でぐるぐるしてるのに、より近い従兄妹じゃ危ないし。その上、あいつの母親と従兄妹の母親って双子なのよ、そっくりな。まずいっしょ」
「ま、まずいですね……」
そっくりと言うことは、一卵性かもしれない。そうなれば血の繋がり方は実質、異父兄妹のような関係になる。
(お、恐ろしい)
法的には問題ないのかもしれないが、その血脈を続けて行くことを考えると絶対によろしくない。まずい。
「本当はあいつの家でも歓迎されてない話だったわけ。他に適当なのがいないから仕方なく、って感じで」
「そう、だったのですね」
「シーナちゃん知ってる? 血の近い結婚の何がまずいか」
「あ、あの、お子さんが……」
リヒタインがにやっと笑う。
「そっそ。シーナちゃんって本当不思議だよなぁ。結構常識的なこと忘れてるのに、こういう特殊な話は通じたりするんだもん」
一般的な庶民の知識ではないらしい。シーナの心臓がどきりとした。
「もしかして庶民じゃないのかな、記憶を失ったけど貴族の出で、だからそう言う知識があるとか?」
「……さ、さあ私にはなんとも……」
間抜けだが、とぼけるしかない。
まあいいや、とリヒタインは小さく言った。
「イーサンの家では二人、うちは三人」
「……?」
「育たなくて死んだ兄妹」
シーナは真顔になった。
「まあ、子供なんて『七つになるまでは神からの預かり物』なんて言うけどさ。それにしたって結構な数だろ。他の四家も同じようなもんさ。死ぬ理由は色々。未熟、死産。無事に育ったって、うちの兄貴みたいに色盲だったりする」
シーナはハッとした顔でリヒタインを見る。
「俺は違うよ、おかげさまで」
リヒタインは明るく言った。
「そろそろ、新しい風を吹かせないとな」
「新しい、風?」
「シーナちゃんは安心してて、ってこと」
含みが多くてわからなかったが、リヒタインが優しい顔で笑っているのでシーナも笑っておいた。