36-3
秋祭りを祝福するかのような晴天だ。気温は穏やかで、風はない。
広場は昼頃から活気に溢れている。露店には婦人達の列が、据えられた長机には飲み比べをする男達が群がった。
空が橙に染まる。色付いた葉の落ちる道と、空の境が見えなくなる頃、シーナ達は野外劇場へ着いた。
「できる限りのことをしてきたわ。舞台の周りからは近衛騎士団が守ってくれている。私たちは劇に集中するのよ。そして万が一、何かが起こったとしても、対策通りに動きます。できるわね?」
「「はい」」
円陣を組もうと、シーナが言った。出演する巫女全員で丸く円を作り、手を繋ぐ。サラは続けた。
「もしも対策していないような事件が起きたら、その時は一人一人が考えて、その場で対応するのよ。一番の目的は劇の成功。そのためには、観ている観客に何かがあったと悟られてはいけないわ。事故があったとしても、事故と思わせない。そのための最善を、私たちみんなで、尽くしましょう」
「「はい!」」
巫女は一丸となって返事をする。
「シーナ、最後にあなたからも言葉を」
「わ、わたし?」
サラが笑ってうなずいた。彼女の胸元で、創造と成就の希望『漆黒の希求』がきらりと揺れる。秋祭りに筆頭巫女が身につける宝飾だと教えてもらった。
(創造と、成就の希望)
サラの顔を、そのまま巫女ひとりひとりを見た。
「一緒に……舞台に立ってくれて、ありがとう。公演の成功と同じくらい、誰かが怪我をしないことを願っています」
それから、今まで支えてきてくれた人たちを思い浮かべた。オスティン、グロリア、いま私室で祈ってくれている巫女たち、マイラ、騎士団のみんな、リヒタイン、そしてイーサン。
口の端が、自然と上がる。
「幕が上がります。楽しんで行きましょう!」
楽団が、にわかに動き始める。まずは鼓から。規則的に、高く、低く、鳴る。小鼓と大鼓に拍子木が重なる。
かがり火とランタンに照らされた舞台に、サラが立った。
「天と地よ 我らの祈りを お聞きください
天と地よ 我らの祈りを ご覧ください
天と地よ 我らの祈りを お受け取りください
この王の大地に 我らの国に 光を 水を 空を お創りたまえ
この王の大地に 我らの国に 尊きいのちを お創りたまえ」
美しい歌声だ。透明感のある、澄んだ声。
だが、いつもと違うことに、イーサンは気づいていた。祈るだけ、願うだけの歌ではない。怒りのような、力強い、決意のような何かが込められた歌だ。
『私の声を聴け』そう訴えかけるような声だった。
「大司教様の席に突っ込もうとした者、二人捕獲。短剣所持。けが人なし」
「露店の火をひっくり返した者を捕獲、即時消火、けが人なし、混乱なし」
近衛騎士団の警備を多く置いてはいるが、民にまぎれるよう、私服で巡回に当たらせている者も多く仕込んでいる。露店がひしめくあたりの警備は、こちらの方が都合が良かった。
イーサンとリヒタインは野外劇場全体が見える場所にいる。二人の元へひっきりなしに報告が飛ぶ。
「舞台裏、今のところ異常なしです」
「まもなく完全に陽が落ちる。闇に紛れて来るやもしれぬ、よくよく注意を」
「はっ」
(どこだ、どこから来る)
一つ二つの仕掛けで終わるはずはない。おそらく、まだ何かが起こる。
(考えろイーサン、見落としはないか)
昨夜は衣装室へ忍び込もうとした者を捕まえた。詰問したところ、春祭りで衣装を切った犯人だと分かった。「扉の鍵が開けてあるはずだった。今回『も』開いていると、聞いていたのに」と悔しそうに吐いた。
やはり春祭りの時には、外部の侵入者を入りやすく手引きした者がいたのだ。おそらく、巫女に近しいものの中に。しかし今回は聞いていた話と違い、開いていなかった。
(開けられなかったか、あえて開けなかったか)
侵入者を雇った者を吐かせているが、末端の駒である彼らは黒幕など知らぬだろう。
(……しかし、八日あったとは言えよくここまで)
イーサンは目を細め、舞台上のシーナを見た。
肩までしか伸びていない髪を、どうにかうまいことピンで止め、短髪の男性のような髪型にまとめている。衣装の胸元にはガラスビーズが仕込まれており、彼女が動くたびにチラチラ揺れた。
シーナが言い出したのだ。
『出演者の皆で、お揃いの細工をしましょう』と。
本来なら『光の粒たち』の役の衣装にだけ使われるものだ。その光のかけらを、『騎士様』にも、女神たちにも、村娘の役にも付けた。裏方を手伝う巫女と、部屋に籠っている巫女たちにも渡している。
揃いのガラスビーズは巫女たちの無事を祈るお守りだ。そして、創造の第一歩ーー全てのはじまりーーを示唆する小さな光は、この演目にぴったりの演出となった。
そんな『騎士様』の衣装に身を包んだシーナは、まるで絵物語から飛び出してきた青年騎士のように美しい。
春祭りの時は、彼女のたたずまいや舞に力強さを感じたが、なぜか今回は、やわらかさと暖かさがあるように思える。
元から持ち合わせている、お日様のような明るさと、ここぞという時に皆を引っ張る強さ。けれど東都では、そんな彼女の内面に触れた。あたたかくて、やわらかくて、か細い、彼女の内側を見た。
自分だけが知っている。
そう思っていたのに。
今回の『騎士様』には、あの時の彼女も含め、外側と内側、シーナの全てがにじみ出ているような気がした。
(これでは……)
これでは、観客全員に、彼女がどれだけ魅力的で愛らしい人物なのかが伝わってしまうではないか。
……いつの間にか寄っていた眉間のしわを指でグリグリ伸ばしながら、イーサンは小さく咳ばらいをした。
一つの場面が終わり、女神『ぺルーサー』は階段を降りる。おかしな細工がされていないか、階段やその他の道具類もしっかり確認した。その他の異変がないか、舞台全体を見渡す。
が、目が勝手に、段上に凛然と佇む『騎士様』に向いてしまうので困る。
イーサンは、片手でバシンと、自分の頬を叩いた。息を吐く。
(……ここまでの動きは完璧だったな)
春祭りの時は日々巫女の稽古を観ながら自然と覚えたようだが、今回は勝手が違う。まず二日間でいちからセリフと歌を記憶してきた。
サラに、皆こんなに早く覚えるものか、と尋ねると笑われた。シーナは特殊だ、と。台本を読めるようになったので、一言一句正確に暗記しているようだ、とも言っていた。
そこから動きを付けた。いくつかの舞は削られたが、『騎士様』が主となる舞は残っている。簡易的な振り付けに直した部分もあるが、やはり、これも二日で覚えた。
移動や早替えなど、細かい規定も多く派手なのが、秋祭りの『創造と成就のペルーサー』の楽しみな点だ。できるだけ多くの演出を残したい、と言って、稽古に励んでいた。
絶対に、絶対に失敗などさせない。シーナの努力を、巫女たちの勇気と励みを、無駄にしたくなかった。
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