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3-2

 

 シーナは、屈んでいくつかの花を拾う。転がってきたにしてはキレイだった。


「シーナ、ありがとう!」


 サラが声をかけてきた。シーナは軽くお辞儀をした。


「サラ様。素晴らしい歌声でしたね。早く街の皆にも聴いて欲しいです」


 顔を上げると、不満そうな顔のサラが見えた。


「もう、そんな態度はよしてちょうだい。あなたは私の恩人なのですから」


 ぷんぷんした顔も可愛い。

 劇団の同期を思い出した。顔は似ていないけれど、存在感があり劇団員からの信頼を得ているところは同じだ。


 巫女の一団は皆、サラとオスティンを「様」付けで呼んだ。敬称はそこだけが守られ、あとは全員を「様」で呼ぶもの、「様」と「さん」を使い分けるものがいた。


 サラだけは、全員を呼び捨てにしていた。あからさまに年上のグロリアのこともだ。きっと、シーナにはわからない決まりごとがあるのだろう。


「巫女の皆様は王都からいらした大事なお客様がたですから、そういうわけには参りません」

「……私、気安く話してくれたシーナのことが気に入ったのに」

「ありがとうございます。サラ様のことを知る前でしたからね、ふさわしくない態度だったと反省してます」


 シーナは屈み直して、花を拾う。サラも同じようにした。

 あたりを見回すと、休憩中の巫女の何人かと、転がってきた花に気づいた洗濯係の同僚たちがほうぼうで、同じように花拾いをしていた。


「……しないで」


 シーナは手を止めた。


「反省なんてしないで。お友達みたいに、普通に話してほしい」


 サラの声が、震えている。

 二人の視線は、足元の花を捉えたままだ。


 お嬢様の、ちょっとした気まぐれのようなものなのだろうか?


 そう思い、やり過ごしてもよかった。だが、初めて会った日からだんだんと表情が固くなっていくサラを見て、少し胸にもやがかかっていたのも事実だ。


「……では、あの、二人でいるときだけ」


 サラがパァっとした顔で隣のシーナの方へ顔を向けた。

 くりくりとした大きな目がアーモンドの形になってこちらを見ていた。


「うん! いいの、二人の時だけで! うれしい。約束よ!!」


 嬉しそうに破顔した。可愛い。


「しーっ静かにして! 他の人にバレないようにしてね、私が怒られちゃう」


 慌てて口に人差し指を当てる。


 サラは嬉しそうに自分の口を両手で覆った。そのまま首をコクコクと上下に振っている。困った、ものすごく可愛い。


「ねぇ、シーナはいくつ? 私は十九よ」

「あ、は、はたち」

「まぁ、一つしか違わないのね、私たち」


 年齢の話はタブーではないらしい。少なくとも同性の間では。


「あの……男役はオスティン様だけなんだね」


 サラの笑顔に照れてしまったのを誤魔化すように、シーナは話した。


「オトコヤク? ……ああ、男性の役柄のことね。そうね、オトコヤクはわかりやすくて良いわ」


 サラはコロコロ笑う。


「あ、ごめん、男役じゃあ雑だったか。なんて名前なの?」

「いいのよ、伝われば何でも。特に名前が決まっている役ではないわ。オスティンが演じるのは都の『騎士様』と台本には書かれているのよ」

「え、あんなに出てたのに、名前ないの?!」

「ひどいわよね。いくら女神に重きを置かれる筋書きだからって」

「信じられない……女神のために戦って傷を作って七面六臂の大活躍なのに……」

「ふふふ、七面六臂は良かったわね、シーナは難しい言葉を知っているんだわ」

「あ、いや違う、えーっと、ベラさんがそう言ってた」


 洗濯係の若い女が知っているような言葉ではなかったらしい。慌ててベラに責任を押し付けてしまった。


「ふーん、へぇぇあのおばさまがねぇ」


 サラはニヤニヤしながらシーナを見る。


 シーナはあたりに転がっていた花を手当たり次第に乾いたタライへ突っ込んだ。


「他の舞台だと、男性の役はもっとあるの?」


 いま稽古している「豊穣と富のエウポリアー」には、男性はオスティンが演じる『騎士様』しか出てこなかった。


「いいえ、他の季節の作品にも男性は一人しか出てこないわ」

「え! なんで?」

「なぜかしらね? 女神の話だからかしら?」


 少しわざとらしい、とぼけたような声だ。

 シーナは、その意外な声に驚いてサラを見る。


「……うそよ。本当は理由があるの」


 やや間をあけて、少し乾いた声でサラが言った。


「私たちは巫女でしょう? 今は宗教劇という形で、演じて奉納している。国の、各地の豊かな実りを祈りながら演じて。でもね、昔は、生贄(いけにえ)だったのよ」

「…………」


 シーナは、首を上げてサラの顔を見た。


「生贄にされるのはいつだって女でしょう? 若い女。男性はふさわしくないの。だから、いまも演じるのは若い女だけの『巫女集団』」


 サラは拾った花を手に弄んでいた。一枚一枚、花びらをむしる。


「生贄を捧げる神事だったのが、時を経て公の祭りになって、はじめは祈祷と歌と踊りだったの。でも大衆にわかりやすいようにって宗教劇の形になって、今度はウケが良くなるようにって、ここ数十年くらいで男性の役を出すようになった」


 よくある話だと思った。


 昔話にも、地方の民話にも、神話にも、若い女が生贄になる筋書きはたくさんある。どこの世界も、どこの国も大して変わらない。


「けれど、演じるのはやっぱり女。そして出てくる男性は一人だけ。何人もの男性を、生贄の真似事に混ぜられないものね、たとえ演じるのが女であっても。……そう、生贄の、真似事なのよ」


 サラの声色は、この話が民話でも昔話でもないと感じさせるような何かがあった。


 シーナは無言のまま、足元の花に触れる。


 サラはむしった花びらをまた拾って、シーナの横に置いてあるタライの中へ入れた。



次回より、再び彼の登場です!

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