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3-1

 

「エウポリアー様のご帰還よ!」

「歌いましょう」

「踊りましょう」

「エウポリアー様!」

「エウポリアー様!」

「エウポリアー様!」


 大勢の若い女たちが出てくる。

 みな花輪を頭上にのせ、抱えた籠にも、歩くたびこぼれ落ちるほどの花を詰めていた。


 奥から歩いてくるエウポリアーの周りを囲い、くるくるひらひら回る。


 エウポリアーの頭には、花ではなく、世界中から新緑を集めたような(かんむり)が光っていた。繊細に編み込まれた芽吹きの冠は、色とりどりの花びらの中で、ひときわ眩しくみずみずしい。


「エウポリアー様!」


 よく通る、少し高い声で場が静まった。


「豊穣の女神エウポリアー様、ご帰還を心より感謝いたします」


 エウポリアーは声の主ーー背の高い青年ーーと対峙する。しばし、二人だけの空気が流れる。


 青年は、左右対象に階段状になった踊り場で、向かい側の踊り場に立つエウポリアーにひざまずいた。


「この枯れ果てた大地で、何年もの間あなた様のご帰還を願い続けた男に、どうか、歓迎の口付けをするほうびをお与えください。あなたを待ち続けた、希い続けた哀れな男に、どうか、どうか……」


 青年とエウポリアーは、互いを挟む台を一段一段登る。


 一番の頂に到着すると、青年はもう一度ひざまずき、エウポリアーの右手を恭しく取った。

 エウポリアーは青年に任せ、微笑みを携えたままだ。


 青年の唇が、エウポリアーの右手に重なる。


 途端に笛や太鼓の賑やかな音が鳴り響き、若い女たちが歌い始める。美しい調べだ。


 青年は立ち上がると、そっとエウポリアーへ寄り添うように立ち、その腰に手をまわす。二人で並ぶと、どこかの国のお姫様と王子様のような完璧な一対に見えた。


 女たちは歌いながら二人の周りを回り、籠の中の花を撒く。撒かれた花は、風にのってふわふわと辺りを舞った。




 パンパンッ!!


 歌と音楽が鳴り止むと、手を打つ音が響いた。


「はい、そこまでです! 皆さん、そこから一旦動かずにおいてくださいませ!」


 グロリアの声がした。皆その場を動かず、しかし女たちの口はあれやこれやと忙しい。あそこがどうした、ここはあっていた、あなたもう少しそちらにズレるはずだったわ、など、思うままに言葉が行き交う。


「淑女の皆様、もう少々お静かにどうぞ。サラ様とオスティンさんを見習ってくださいな」


 名前を出された二人は、舞台の中央奥、一段上がったところで未だ、寄り添いながら立っている。


 サラと共にやってきた巫女たちの中で一番背の高かった女性、ズボンを履いていたオスティンは、巫女の一団が演じる奉納舞台で唯一、男性の役をやるらしい。


(某女性劇団みたいだな、男役を女性が演じるのか)




 王都から来たという巫女たちは、一年を通して、各地で、このように演じながら宗教劇という形でそれぞれの地の神に祈りを捧げるという。これが奉納舞台と呼ばれているものだ。


 訪問する土地は大司教をはじめ高位修道士たちの占いで決まるので、一定に順路が決まっているわけではないらしい。


 春には今回演じる「豊穣(ほうじょう)と富のエウポリアー」の物語、夏には「繁栄と育成のオルトシアー」の物語、晩秋には「創造と成就のペルーサー」の物語。


 季節の演目に加えて、王都では年末の「安寧の祈り」、年始には「芽吹きの祈り」という歌と舞だけの小規模な演目もあるらしい。

 年末の舞台では花火を上げるので、それは、一生に一度は観た方が良いと、ベラが言った。

 どうやら、祭事係の中でも奉納舞台の一団は一年中大忙しらしかった。


 東都で「豊穣と富のエウポリアー」が奉納されるのは九年ぶりだそうだ。


 地方を周る三演目の中で最も人気があるのはこの「豊穣と富のエウポリアー」だと言う。


 華やかで楽しいだけでなく、春の上演地に選ばれた都はその後一年、あらゆる厄災から逃れられるともっぱら信じられていた。

 東都中の人間が彼らを歓迎したのは、そんな理由があったからだと、シーナは後から聞いた。




 炊事場に一番近い裏庭。大きな井戸があるこの場所の奥に、仮設の舞台ができたのはサラと再会した次の日だった。

 王都からやってきた旅回りの道具係が突貫工事で一晩のうちに(こしら)えてしまったのだ。


 祭りの当日は東都の街の中心部にある広場の、備え付けの野外劇場で行うらしい。夕刻から始まる劇のために、かがり火をたいて飾るという。


(野外劇かぁ……去年地方周りをした時に一箇所だけあったな)


 シーナが所属していた劇団では、劇を定期的に上演する契約をしている地方の劇場がいくつかあった。その年の定期公演の演目ができたら、東京を皮切りに十一ヶ所ばかり巡る。

 そのうち一箇所だけは野外の劇場で、昼公演はお日様の下で行い、夜公演は火に似せた電飾で飾りながら、たくさんの照明を仕込んで行った。


 舞台上は休憩に入ったようで、巫女たちが三々五々に散る。




 仮設舞台での稽古が始まってからずっと、シーナは横目で練習を見ていた。


 はじめは場所の確認をしているようだった。


 場所に慣れたら音に合わせて歌と踊りの練習、劇中の動きの確認、それが確認できたらあら通しを始めた。


 セリフは身体に染み付いているようだった。さすが、同じ演目を繰り返すだけある。


(レパートリーシアターの利点だよね)


 シーナの元いた世界の興行だったら、何年も何年も同じ演目だけで食べていくことは難しい。まず、飽きられる。飽きたら客はこない。だが、新作上演だけでは古参の客は離れる。


 劇団はレパートリーも大事にしつつ、適度に新しいものを上演することで、古参の客を繋ぎとめながら新たな客の開拓をするという難題に立ち向かってきた。


 今回上演するはずだった戦時中の演目は古参の客が喜ぶ、劇団創設時から上演され続けてきた名作だった。……いや、「はずだった」のはシーナだけで、きっと、その他大勢が一人抜けても上演はされるのだ。


 足元に、稽古で使った花が、風に飛ばされて転がってきた。




 シーナが降らせるはずだった雪を、シーナが仕込んだ雪を、シーナがゴミと振り分け続けた雪を、思い出した。


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