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20-2

 

「あ、コテージパイだ!」

「あんた、好きだね、それ」


 その日の昼食はシーナの好物だった。


「コテージパイっていうか、もうただの芋だよこれ。ほぼ芋、肉ない」

「いやいやありますよ、破片が、ここに」


 マイラのいう通りほとんど芋だが、それでも良い。コロッケの中身に似た味付けが好きなのだ。


 救済院に入っている間はほぼ毎食同じメニューだった。脂で焼き付けた香ばしい味もうれしい。

 使用人の食堂のメニューにコテージパイが出るということは、聖教会の偉い人たちが塊のお肉を食べたということだ。上の食事が改善されれば、まもなく使用人の食事ももう少しまともになるだろう。芋とパンばかりでは元気が出ない。


 メインディッシュはパン、と言わんばかりにパンばかり食べさせられた。肉や魚も食べたいが米が恋しい。燕麦の日はパンより喜んだ。安価な燕麦を出されたら普通は喜ばないらしく、ものすごく変な目で見られたので、それ以降、顔に出さないよう気をつけている。


 食事をはじめ、生活の多くのことが正常に戻りつつあった。まだ女性の外出には制限をかけたままだが、閉じていた二ヶ所の門も開放され、聖教会への出入りが緩和された。シーナたちのような使用人が高位修道士を見かける機会も増えた。安心して人前に出られる心理状態になったのだろう。


 マイラは洗濯係の仕事に戻っていた。あれだけ時間とお金をかけて修繕した司教様の衣装や神事の装飾品だったが、王都での使節団との交流が延期になってしまったためまだ披露できずにいる。

 今回はどうやら、使節団の疫病が落ち着いた後に使節団と王都の関係者だけで簡単な懇親会のみを行い、大々的な歓迎会や催しは中止になるのではないかとの向きが強いようだ。マイラの仕事ぶりは、このまま日の目をみないのかもしれない。


 病を持ち込んだとされる商隊は、使節団と同じく治療対象となった。症状こそ軽いものの、しっかり治さないとまた他人に移すことになってしまう。彼らは王都へ入ることなく、街道から東都へ戻り、外周を回り込むようにして南の方から帰らされるらしい。国から出るまでは、念のため警備がついて回るとのことだった。来年以降は、体調の確認をした上での入国となりそうだ。


「司教様は、さぞがっかりしているでしょうね」


 何のけなしにシーナはつぶやいた。マイラの刺繍の腕が評価されないことが残念だと思ったのだ。


「さぁ、それどころじゃないんじゃない?」

「それどころじゃない、とは?」

「対応の不味さが、さ。もうすぐ王都の大聖教会から人が来るって言うだろ、衣装のお披露目のことなんか気にしてる場合じゃないだろうね」


 マイラが、小声とはいえ食堂のような人目のある場所で噂まがいの話をするのは珍しかった。内心、無駄な仕事をやらされたことに相当怒っているのだろうか。




「返却へ行ってきまーす」


 いつもの通り声をかけ、籠を抱えて洗濯室を出る。夏の陽気に近づいてきたからか、毎日よく乾いた。お陰で洗濯籠が軽い。

 王都から来た騎士団の中には、春祭りの時の顔見知りも何人かいた。来客用の建物の方へ渡り廊下を渡って行くと、時折声をかけられる。挨拶だとか、今日のこっちの食事は何だったとか、簡単なやり取りだがみなシーナを気にかけてくれているようだ。きっとリヒタインが、普段の生活に戻ったシーナが不安にならないよう彼らに言い含めてくれたのだろう。


(よく気の利く人だ、本当に)


 リヒタインと話をしていた時は特段不安を感じたわけではなかったのだが、言いよどみの多い話し方をしてしまったので、そのように感じさせてしまったのだろう。

 しかしあの後、医者からの細かい質問を受けたり、聖教会内で人とすれ違う時の視線に気づくたび、どことなく、心もとない気分になった。王都の騎士団員が定期的に声をかけてくれるのは、ありがたかった。


 シーナは春祭り以来、再び時の人となっている。サリア、ダグエル、炊事係の女の子や他の救済院にいた人たちが口々にシーナの話をするのだ。彼らは良い話をしてくれているので好意的な視線が多かったが、それだけではない。

 あの時シーナを囲んで救済院へ連れて行った人たちからじっと見られるのは、正直こわい。シーナを恫喝(どうかつ)した人も、自ら(おもむ)くよう説得を試みた者も、(にら)んできた者も、無言でただ取り囲んできた者も、いま、シーナと同じように聖教会の中で生活している。謝りたいような素振りを見せる者もいたが、できるだけ逃げて回った。


(こっちに来たのがイーサン殿だったら、こういう気遣いはなかったかもな)


 ふふ、と少し笑ってしまう。結局、イーサンは来ていないようだった。二人はいつも一緒に行動しているわけではないのかもしれない。


 ひとつだけ、彼に話したいことがあったので残念でもあった。反面、来ないでくれて良かった、とも思った。

 イーサンはきっと、まだシーナを疑っている。今回の救済院での働きぶりを知ったら、今度は、その知識と機転の出所を怪しまれるかもしれない。医者は言い包めることができても、イーサンはしつこそうだからもっと深く尋ねてくるだろう。

 悪いことをしているわけではないが、元の世界の事を言えるわけではないのでどうしてもつじつまが合わない話になる可能性がある。無駄な疑念は抱かせたくなかった。


(こんな事にならなければ話したかったのに)


 いつか、()()()をする機会は来るのだろうか。



 客人の泊る建物からこちら側へ渡り廊下を戻ると、高位修道士が数人、待っていた。シーナを見ると腰の低いお辞儀をする。


「こんにちは、シーナさん。お仕事中に申し訳ありません」

「こんにちは。……あの、何かご用でしょうか?」


 普段接点がない階層の人たちなので少し緊張してしまう。高位修道士から、まさか名前を呼ばれるなどと思ってもいなかったのだ。


「今回の、あなた様がしてくださった数々の功績について、お医者様から仔細を伺いました」

「よく機転の利く方であると、お医者様も嬉しそうに話してくださいましたよ」


 何度か医者と話したが、聖教会の人たちと情報を共有したのだろう。悪く思われていないようで安心した。


「つきましては、私共の方でもあなた様にお礼を申し上げたく参りました」

「正式な感謝の場は設けます、もちろん。ですが先立ちまして、内々に謝辞を伝えたいと司教様がおっしゃっております」

「お仕事中に恐縮ですが、ご足労いただけませんか?」

「わかりました、では洗濯係に伝えてまいります」


 リヒタインが言っていた、感謝と褒賞の話だろうか。先だって、ということはすべて決まっていないのだろうが、きっと、シーナをたたえる意思がある事を伝えておいた方が良いと判断したのだろう。


「いえいえ、班長からはすでに許可を取ってあります。ご安心ください」

「……そうですか」


(ベラさん、もう戻ってきたのか)


 久しぶりの仕入れだから、と言って今日はベラが街まで発注に行っていた。女性の外出には護衛が付くので、寄り道もできず早々に帰ってきたのだろう。


「わかりました、参ります」

「では、こちらへ」


 シーナは高位修道士たちに付いて歩き、階段を上った。


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