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1−1

 

 月の細い夜は好まない。嫌なことを思い出す。


 灯を入れた部屋で、一言一句覚えた手紙に目を通す。握りつぶして引き裂いてやりたいがそうもいかない。大事な証拠だ。

 目をこらし丁寧に筆跡を追う。見覚えがないか、特徴はないか。

 どのような意図で送られた手紙か、見当はついている。だが、黒幕はわからない。泳がせて、捕まえるしかなかった。


「サラ……」


 大切なものは多くない。家と、義務と、サラだ。それさえわかっていれば、自ずと優先順位は決まる。何が起ころうとも、サラに危険が及ぶことがないようしっかりと守らねばなるまい。


 青年は窓辺まで歩く。細い月からもれる光を切るように、分厚いカーテンを、勢いよく引いた。




 * * *




 雲ひとつない青空に、柔らかい風がそよぐ。


 木々には新しい芽がつき、枝の隙間からキラキラした陽の光が差し込んだ。光の間を、数羽の小鳥が戯れながら通り過ぎる。暖かい朝だった。


 木の後ろには、石造りの大きな建物がある。


 上の階の窓は開け放たれ、ここ数日の雨でどことなく湿り気を帯びた建物の中に、新鮮な空気を送り込んでいた。


 大きなタライや籠を抱えた女が数人、木の扉から出てくる。タライの中にはたくさんの布が積まれていた。

 炊事場に近い裏庭。この場所には大きな井戸があり、炊事や洗濯を担う使用人たちが日に何度も行きかう場所だ。陽当たりのよい木々の間には洗濯ロープを張るためのひっかけが仕込んである。


「さぁ、じゃんじゃん洗わないと間に合わないよ!」


 年かさの女が明るい声を張り上げた。洗濯係第二班の班長を務めるベラだ。


 ベラは特別に大きなタライに分厚い服を選んでは入れ、洗濯用の灰汁(あく)を上からかける。手際が良い。


 別の女が井戸の水を汲み、タライへ入れる。乾くのに時間がかかる順に、効率よく洗わなければならない。連日の天候不良で、ただでさえ洗濯ものがたまっていた。


 女たちは靴を脱ぎ、足をすすいでからタライの中へ入る。

 この辺りでは、大きな布地から普段着までは踏み洗いだ。


「ちょっとぉ! そんなに勢いよく踏まないでよ、顔まで跳ねるでしょ」

「あ、ごめんなさい、気を付けます」

「シーナは足が長いからね、あたしらより勢いがついてしまうんだろうさ」

「ずいぶんマシになった方だよ。初めのころなんか、タライの中の水をぜーんぶ外にまき散らしてたんだからさ」


 女たちがどっと笑う。


「す、すみません……」


 恥ずかしさで少し赤くなった顔をぽりぽり掻いて、勢いを付けすぎないよう気を付けながら足踏みをつづける。


(少し慣れてきたと思ったらすぐコレだ。気を付けなきゃ)


 シーナは東都の聖教会で洗濯係の下女として働いている。

 大きな石造りの建物は聖教会だ。この街ーー東都(とうと)ーーの中心にあり、街の皆の精神的な拠り所として大きな役割を果たしていた。


 シーナは東都しか知らない。


 東都の西側には王都があり、その王都の東西南北を取り囲むように、北都(ほくと)西都(せいと)南都(なんと)、そして東都があるのだと教えられた。四つの(みやこ)は王都の管轄地だ。

 その先にはまた四都をとりかこむように六つの大きな公爵領があり、それぞれの領主たちが治めている。さらにその先は、隣国との境までずっと、中・小規模の各領がつづくらしい。


 東西南北、四都の中心部にはそれぞれ聖教会が一つ。都内(みやこない)にはそのほかにも小さな教会がいくつかあると聞いた。


「マイラ、午後はシーナを連れて仕入れに行ってきておくれ」


 ベラが言った。

 マイラは洗濯係第二班の同僚だ。


「一人で平気ですよ」

「そう言わないで。シーナにもお使いくらい行かれるようになって貰わないとね」


 使いっ走りくらいできないとまずいらしい。


 洗濯係に登用されて少し経った頃、ちょっとした買い出しを言いつかったが断った。「街での買い物の仕方がわからない。お金の使い方も、単位もわからない」というと、哀れみを通り越して絶句された。 


「今日はアイロンをたくさんかけなきゃいけないのに、この子を連れていったら時間かかるじゃないですか」

「急がない分は明日に回したっていいさ。次から一人でやっても大丈夫なように、道順から注文の仕方までしっかり教えとくれよ」

「……はぁい」


 マイラは面倒そうな顔を隠そうともせず、思い切りため息をついた。




「マイラさん! マイラさん、あれ、あれは何ですか?!」

「……だから嫌だったのに」


 東都の中心部までは土の道と木造家屋が続いたが、店が立ち並ぶ場所まで来ると石畳が広がる。表通りには二、三階建ての石造りの建物がひしめき、色とりどりの看板が目に楽しい。

 道幅の広い場所では店の軒先に大きな日除けを出し机と椅子が置かれ、お茶を楽しむ人たちが座る。西洋を思わせる街並みが続いた。


 歩けば、それだけで心が弾む。

 お天気も良くて気持ち良いし、活気にあふれた店先にならぶ珍しい花やキレイな小物を見るのはやっぱり楽しい。ほうぼうから良い匂いが漂っていて、お昼ご飯を食べたばかりなのに食欲がそそられた。


「はっ! す、すみません、仕入れでした」

「あんたみたいな田舎もんじゃ珍しがるのもわかるけど、私と一緒ってことは仕事だからね。もっとちゃんとしてよ」


 フンと鼻を鳴らしてマイラは歩く。


「道順、覚えなさいよ」

「はい。えっと、角の花屋を通り過ぎて……次の通りを左」


 後ろと前を交互に振り返りながら記憶する。


「さっさと歩く」

「はい、すみません」


 さかさか歩くマイラに置いて行かれないよう、小走りで追いかけた。もう一度道を曲がり、大通りから離れる。


 ふと、キラキラとした眩しい光を感じた。


 右の路地を見る。細い生活路で、すれ違うのがやっとの狭さだ。

 男が二人いる。

 その奥に、女の子がいた。キレイな装いをしている。


(腕を、掴まれてる……?)


 顔ごとそちらを向かないよう、目の端で様子を伺いながら、ゆっくり歩く。争うような声が聞こえた。

 先をいくマイラも、異変に気づいたようだ。だが彼女は足早に通り過ぎる。


 迷った。


 マイラが小さく振り返り、さっさと進むよう視線で訴える。今は仕事中だ、マイラに従わなければならない。わかっている。わかっているが、心臓のどきどきが止まらない。頭の中でぐるぐると考えながら四歩歩いて、シーナは足を止めた。

 くるりと身を反転させると、路地へ走る。


「ごめんごめん! 待った? お待たせ!」


 必要以上に大きくて明るい声を出した。


「……っなんだ、お前!」


 男の一人が叫ぶ。できるだけ二人を見ないよう、勢いに任せてすれ違い、女の子の近くに駆け寄った。


「あ、あの……」

「待ち合わせ、あっちの青い屋根のお店だよ! いないからびっくりしちゃった。迷ったの? 待たせちゃってごめんね。元気だった?」


 思いつく限りの言葉を並べる。知り合いらしく見えるだろうか。


「え、えぇ、そうなの、ごめんなさい迷ってしまって」


 女の子が意図を汲んでくれたようだ。


「さ、戻ろう。お父さんとお兄ちゃんも来てるんだ! 久しぶりに会えるから、みんなで楽しみにしてたんだよ」

「……おい、お前、ちょっと待て!」


 男の一人が腕を掴もうとするが、もう一人が止めた。


「おいおいやめようぜ、男がいるって」

「嘘に決まってる、連れがいるようには見えたかっただろ」


 シーナは女の子を背の後ろに庇った。


(元の道に戻らなきゃ)


 次はどうしたものかと思案していると、女性の叫ぶ声が聞こえた。


「おとうさーん! こっちこっち、早く!」


 マイラの声だ。


「……っち! いくぞ!」


 男たちはシーナと女の子を壁際に押しやると、脇をすり抜けて反対側へ走っていった。シーナは尚も、芝居を続けた。


「さ、お父さんたちが心配してるから行こう!」


 女の子の手を引いてマイラの元へ駆け寄る。そのままマイラの手も掴むと、三人で表通りまで一気に走った。


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