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雪降街

作者: 木之一


 僕は展望台の上から街を見下ろす。


 小学生の頃、僕はこの街に住んでいた。親の転勤で僕は違う街に引っ越すことになって、この街を去ったんだ。

 それから数年が経ち、僕はこの街に戻ってきた。見渡す街はどこか小さくて、なんだか感傷に浸ってしまった僕は展望台を降りた。


 今は霜月、十一月だ。肌寒い風が服の隙間を通って僕を震わせる。展望台のある丘の上を僕は歩いて帰路に着く。

 そんな時、僕の目にこちらへ歩いてくる女性が見えた。その女性の髪は白く、太陽の光が反射していてとても神秘的だった。


 そんな女性に一瞬、僕は見惚れていた。首を振り今度こそ帰路へと着く。女性は僕とすれ違う。恐らく展望台に行くのだろう。


「由樹くん?」


 そう思っていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。反射的に振り返るとそこに居たのは先程見惚れていた白髪の女性だった。

 顔を見てみるとどこか見覚えのある顔、僕は自信なさげに彼女の名前を呼んだ。


「もしかして……実乃梨?」


 思いの外、声が小さくなってしまって聞こえているのか心配になる。


「やっぱり由樹くんだ!」


 彼女の明るい笑顔と共に元気な声が返ってきて僕は安堵した。彼女の反応から察するに本当に僕の知っている実乃梨なんだろう。

 彼女の名前は実乃梨、佐原実乃梨さはらみのりだ。僕が小学生の頃、親しかった幼馴染。


 小学生の頃の彼女は白髪をイジられ少し精神を病んでいた。今思えば彼女のことをイジっていた男の子は恐らく実乃梨のことが好きだったんだろう。

 若い男子特有の構ってアピールは女の子にとって嫌なことが多いモノだ。それは実乃梨も然り。


「本当に実乃梨なんだ。分かんなかった。実乃梨はよく僕のことがわかったね」


 顔をよく見てみれば確かに昔の実乃梨の面影があるかもしれない。でも、流石に分からなかったな。


「由樹くんは由樹くんでしょ?」


 まるで僕がおかしいかのように、実乃梨は当然の顔をして言った。


「そうだね、僕は僕だ」


 心の底からそう思う。そういえば君は昔からこんな感じだったな。少し天然でどんな時でもどこかほんわかした雰囲気を纏っていた。その雰囲気の中に昔の僕はいたんだ。


「それにしても、いつ帰ってきたの?」


 僕がこの街にいることに疑問を抱いたのか、彼女は訊いてきた。


「ちょうど昨日だよ。引っ越しの荷物整理が一息ついたから、さっきまで展望台で街を見てたんだ。実乃梨はなんでここに?」


 母と父はまだ荷物整理をしているだろう。僕も手伝おうとしたけど、久しぶりにこの街に帰ってきたんだから、外に行って散歩でもしてこいって言われたんだ。


「展望台に行こうとしてたの。いつも、学校が終わったらここに来るんだよ。習慣になっちゃって。そうだ! 今から由樹くん家、行っても良いかな? 荷物整理の手伝いしたい!」


 昔から変わらないな、君は。小さい頃みたいな幼馴染の距離感にはちょっと戸惑うけどやっぱり優しいよ。


「いいよ、手伝わなくていいから」


 なんだか、君は君のままで安心したよ。


「そう?」


「うん、大丈夫。ありがとね、実乃梨」


「ううん。そういえば、由樹くんは学校どうするの? 転入生?」


 流れるように学校の話になる。実乃梨と僕は同い年だ。だから、実乃梨が高校生なら僕も高校生だ。けど、僕は昨日引っ越してきたから高校には通ってない。


「そうだね、転入生になるかな。えっと、確か学校の名前は……なんだっけ?」


「あはは、忘れちゃったんだ?」


 多分、この街にある学校に転入すると思う。流石にこの街に引っ越してきたのに他の街の学校に行くなんて、そんな手間のあることを親はしないだろう。


「うん、そうみたい。ねぇ、実乃梨」


「なぁに? 由樹くん」


 ふと、言葉が心に浮かんだ。その言葉はとても暖かいような気がして、僕は口に出した。


「ただいま」


 その言葉に実乃梨はなんだか驚いたような、よく分からない顔をして言葉を返した。


「おかえり!」


 実乃梨の顔は笑みに溢れていた。







 転入の手続きが終わって今日からようやく学校に通う。


「よし」


 朝早くに起きた僕は鏡を見て身だしなみを整え最後に前髪を触って一階へと降りる。


「由樹」


 玄関で靴を履いていると母親に呼び止められた。リビングから出て風呂敷に包まれた弁当を僕へと渡してくる。


「あぁ、忘れてた」


 つい、弁当箱のことを忘れてしまっていた。危ない危ない。そんな僕の様子を見て母は笑った。


「もう、せっかちさんね。由樹、ハンカチは持った? 教科書は? 筆箱とか。忘れ物はない?」


 玄関に座っていた僕は立ち上がって、履いた靴のつま先をトントンと軽く地面に叩きつけた。


「大丈夫。弁当、ありがとね。お母さん。行ってきます」


 持っていたカバンに弁当箱を仕舞った僕はドアノブに手をかけて振り返る。


「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 その言葉を聞いてから僕はドアを開けた。開けた先から風が入ってきて、少し震えてしまう。外はやっぱり肌寒く、僕は我慢してそのまま学校へと向かった。




「ここが……」


 校門の前、唖然となって声を出す。広いグラウンドや校舎を見渡して、なんだか感動している僕がいた。


 最初に向かうのは職員室、靴を履き替え上履きで職員を訪ねる。出てきたのはポニーテールの女性職員。


「転入生の藤原由樹君だね? 私は一年二組の担任、渡辺真紀わたなべまきだ」


 女性にしては低く感じる声で自己紹介をしてくれた彼女は僕よりも身長が高く、綺麗な人だった。お辞儀をして僕は挨拶をする。


「よろしくお願いします」


「うむ、礼儀正しいのは良いことだ。今から教室に向かう、そこで自己紹介だ」


 廊下を歩く先生の後ろ姿を眺めていると、不意に先生は止まった。


「この教室だ」


 ガラガラと音を上げスライド式の扉を開ける。そのまま教室に入る先生の後ろを僕は付いていくと、教壇に上がった先生は目で挨拶をしろと僕に伝えてきた。


藤原由樹ふじわらゆきです。小学生の頃、この街に住んでたんですが親の都合で引っ越すことになり、今月帰ってきました。よろしくお願いします」


「藤原の席は……そこだ。隣のやつ、世話してやってくれ。このままホームルームを始めるぞ。日直」


 お辞儀をした僕に座る席を教え、先生は職員室から持ってきた教材を置いて話す。日直の号令が教室に響く。




 ホームルームの最中、隣の席から声をかけられた。もちろん小声でだ。


「よう。俺は橘翼たちばなつばさ、よろしくな」


「あ、うん」


 彼は明るく笑って僕に挨拶をした。急に声をかけられて、返事に困った僕は生返事を返してしまう。


「お前のこと、由樹って呼んでいいか?」


「別にいいけど……」


 なんだか距離感が近いような、内心そう思いながら許可を出す。


「じゃ、そう呼ぶわ。そろそろ注意されそうだし、また後で話そうぜ?」


「わかった」


 それからホームルームが終わり、話す時間はなく授業が始まった。




「だぁ~! つかれたぁ……」


 そう呟きながら机に突っ伏す橘くん。今は休憩時間、そんな彼を見ていると何だか馬鹿らしくなって笑ってしまった。


「あははっ」


 まるで緊張が解けたような感覚がして、僕はどこか緊張していたんだと自覚した。


「んだよ、笑えるじゃんか」


「え?」


 突っ伏した状態で顔だけをこちらに向ける橘くんの言葉に僕は声を漏らした。


「いや、なんか教室入ってから表情が硬かったからよ」


 どうやら緊張は橘くんにも伝わってたみたいだ。どこか言い訳するような声色に僕は笑いながら言葉を返した。


「ふふ、そっか……うん。緊張してたみたい」


「なんだよ?」


 体を起こした橘くんは怪訝な顔をして、微笑む僕にそう聞いてきた。


「ううん、何でもない。ありがとう」




「なぁ、一緒に帰ろうぜ? お前んちってどこ?」


 放課後になり皆はそれぞれ帰りの準備を進める。そんな中、準備の終わった橘くんはカバンを背負いながらそう聞いた。


「うーん……校門出て右側かな」


 どこと言われても答えようがないから方向だけを答える。


「お、右か。同じだな」


「そうなんだ? それじゃ、途中まで帰り道一緒だね」


「おう」


 教室を出て玄関へと向かう。廊下や階段で橘くんと話し合いながら玄関に着いた僕たちは上履きを脱いで靴に履き替えた。


 そのまま学校を出て校門を過ぎ帰り道の横断歩道で別れることに。


「じゃあな由樹! また明日学校で!」


 横断歩道を渡りきった橘くんは振り返って叫ぶ。


「また明日!」


 そんな橘くんに僕も叫び返すと彼は満足げな顔をして帰路に着いた。


 っと、僕も帰らないと。




「ただいま、お母さん」


「おかえり、由樹。初日はどうだった?」


 リビングのソファで休憩をしてたお母さんは学校の様子を訊いてきた。


「うーん……楽しかったかな。友達も出来たし」


「そう、良かったわね。……ちゃんと自分は出せてる?」


 その問いに僕は少しだけ中学生の頃のことを思い出してしまう。僕は振り払うように頭を横に振ってお母さんに答えた。


「まだ……ちょっと難しいかな」


「そっか。……お母さんは今からご飯作るけど、どうする?」


「手伝ってもいい?」


「もちろん。それじゃ、まずは……」


 そんなこんなで一日が終わり、また朝が来る。






「あ、雪だ」


 朝起きて窓を見ると雪が降っていた。その雪を見ると数日前に再会した幼馴染、実乃梨のことを思い出してしまう。

 実乃梨のこと、というよりは実乃梨の髪の毛のことだ。何故か、その理由は実乃梨のイジメの話になる。

 詳しくは忘れたけど泣いている実乃梨を見かけて僕は慰めようと本心を彼女に伝えたんだ。実乃梨のその白髪はまるで雪のようで綺麗だ、と。

 今思えば、僕は彼女に惚れていたんだろうか。


 いや、今も僕は彼女に惚れている。数日前に再会した実乃梨に。


 いつか、好きだと言えるだろうか?

 この雪の降る街で、いつか告白ができるだろうか。


読んで戴きありがとうございます。

良ければ感想、評価などしてくれると幸いです。

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