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水晶窟の竜

作者: たにし

 吾輩は竜である。

 名前のない最強の竜だ。


 雲のよく生まれる山に住まい、雲を食らって生きている。雲を食うのは何もしていないと暇だから、己はそういう生き物だということにした。たぶん何も食わなくても生きていられる。

 己がどこから生まれて、何を成すかなど気にしていない。吾輩はここにいるだけだ。空の移り変わりを眺め、たまに地上を眺める。


 最近、山の麓に人間がすみついた。狭い谷間に畑をつくり、獣を育てている。あるものを食うだけの獣とは違う生き方には多少興味が引かれ、たまに見ている。関わりたいわけではない。


 ある日、人間が子を連れて吾輩の元まで迷い込んできた。吾輩の巣穴は上にしか出入り口がないはずだが、人間ほど小さければ通れる横穴でもあいているのかもしれない。まあ、人間にしたら吾輩がいるとは思っていなかったようで、飛び上がって驚いたあと、子を差し出してきた。


「大水で畑が流されてしまいました。この子を育てていくことができません。かくなる上は、竜……竜神さまに捧げたく」


 捧げる? 人間たちは実りがあると壇上に乗せて奇妙な動きをしてから食っていた。吾輩に子供を食えということか。そもそも吾輩がいることを知らずに来たのに、捧げるとは何だ。

 人間の言葉を理解はできるが伝える術のない吾輩が黙っていると、目から水を出しながら子供を置いていった。人間の姿が見えなくなると、子供は大声で泣き始めた。

 こんなもの、どうしろと……。


 ~


 泣きつかれて眠った子供を手に乗せ、人間の村を覗くと、人々は背中を丸めて枯れ枝のようになった年寄りを捨てている。雲で満足できない生き物は哀れだ、食い物がなければ死ぬ。

 大水で作物が流されたと言っていたが、そもそも村のある場所は川だ。普段は細い川だが、雨が増えれば川底に沈むのは当たり前である。


 吾輩は雲の上を飛んだ。

 しばらくいくと、雲の隙間から人間の街が見えた。お誂え向きに、ちょうど降りやすそうな建物もある。

 雲を食べながら目当ての場所まで下りると、吾輩は眠る子供を起こさぬよう、そっと置いた。我ながら繊細な作業を成し遂げたものである。


「竜よ! 何故我が城に……子供!?」


 谷間の村人とは比べ物にならないほど厚着をした人間か飛び出てきた。キラキラジャラジャラしていて、少し気になったが、奪うほどではない。吾輩の水晶洞窟のほうが美しい。しかし趣味の良い人間のことは気に入った。

 吾輩は尻尾の鱗を一枚、趣味の良い人間の前に落とし、飛び立った。人間と交流したいわけではないが、困ったものを押し付けた自覚はある。吾輩は気を遣える竜なのだ。

 尻尾の鱗はよく生え変わるから痛くもない。ちょっと痒いぐらいだ。


 いい気分の吾輩は、いつもの水晶洞窟に降りたつ前に、分厚い雨雲をもりもり食べてやった。ちょっと刺激が強かったから、満腹感でしばらく眠ろう。そう、人間が生まれて死ぬぐらいの間。


 ~


 そうして眠って目覚めたとき、水晶洞窟はいつも通りの美しさを保っていた。どこから得たのか知らない知識の中では、金を集める竜が多数派だと知っているが、水晶のほうがずっといい。

 洞窟の出入り口は上にしかない。だから、陽光で煌めく水晶も、月光に優しく光る水晶も、僅かな星灯りに沈む水晶も、吾輩だけのものだ。


 ……と思っていた時期もありました。

 人間てやつは無粋な生き物だ。吾輩が寝ている間に、洞窟の端っこに道を作っていた。こしゃくなことに、水晶には少しも傷をつけず、持ち帰りもしていない。怒れないではないか。

 彼らは勝手に台をつくり、作物を供えていくようになった。


「竜神さまのおかげで、ひどい水害にもならず、作物もよく実りました。ありがとうございます」


 このあたりは雲のできやすい地形で、雨もよく降った。人が切り開いてしまった山は土を止める木が減り、山津波が起きやすくなってしまった。しかし、吾輩が雨雲を食べると雨が減り、人間たちが多少切り開いたところで山津波も起きない。寝ている間に災害にならなかったのはただの運だというのに。 


 吾輩が寝ている間にはちょくちょく水没したり山津波があるようだが、知ったことではない。

 だが、そういうことが起きるたびに供物が子供になり、たたき起こされるのには辟易している。

 しかも前と同じように別の人間の街に置きにいくのだが、吾輩の鱗が嬉しいのか、大歓迎されてしまうのだ。吾輩の鱗は美しいからな、気持ちはわかるが、馴れ合うつもりはない。

 子供と鱗を置いてとっとと雲を食べながら山に帰るだけだった。


 ~


 そんなやりとりもすっかり日常になった頃、雲が出なくなった。

 遠慮のかけらもない陽光が毎日降り注ぎ、川も山も枯れていった。人間も、枯れつつあるようだった。


 なんとなくつまらなくなった吾輩は、たまには違うことをしてもいいのではないかと思い立った。そうだ、旅に出よう。この山でなくとも雲の多い山はあるはずだ。ほかの竜がねぐらにしていたら戦ってみるのもいいかもしれない。なにしろ吾輩は最強の竜であるからな! 


 と決意して飛び立とうとした時、タイミングの悪いことに供物を持ってきた村人がやってきた。気にせず飛び立てばよかったのに、供物が子供であったから、ついでに持って行こうかなんて考えてしまった。


「この子の母親はこの子を産んで死にました。村にはもう乳の出る女がいません」


 何も考えずに子供を右から左てやっていただけの吾輩は、はじめて人間の言葉に耳を傾けた。しばしの別れとなるが、竜の時間と人間の時間は違う。不在の間に水晶窟を壊されぬように釘をさしておくべきか……。


「雨を降らせることはできない。吾輩は雲あるところに行くだけだ」


 厳密にはできないわけではないのだろうが、人間の都合の通りに動くと思わるのは業腹である。


「ああ…では、乳の味も知らぬこの子に一目でいい、雨を見せてあげてくださいませんか。母の腕に抱かれることもない子が、あまりにも哀れだ」


 どちらにしろ雲のある場所まで行くつもりだったからいいだろう。だけど、その赤子は今まで見たどの子供よりも死にそうに見えた。あんなのを手に乗せて飛んだら、なくしても気付けない。吾輩は、初めて人間の申し出を断ることを考えた。


「お前たちは子供を生贄という名目で口減らししていただけだろう」


「そうです。竜神さまのお役に立ったのだという理由が……必要でした。どれだけ貧しくとも、子を殺したい親などいません」


「……みな、親の顔は忘れただろうが生きた。オレは人間など食わん。裕福そうなところに捨ててきた」


 長年、その営みを近くで感じていたからだろうか、吾輩は実にらしくない発言をしてしまった。孤高の竜であったのではないか。

 人間の事情など吾輩にとって知ったことではなかったが、力なき赤子の小さな手が、男の指を握っているのが見えてしまった。


「この子は、わたしの子です。やっと生まれたのに、わたしは乳も与えてやれない」


 男の、赤子を抱く腕がブルブルと震えている。

 吾輩は考えた。飯があるところに行くつもりだったが、ちょっとだけ頑張ってもいいかもしれない。神だなんだと崇められておきながら、今まで無関心だったことにほんの少し罪悪感が芽生えたのだ。


「雲は呼べないが雷なら……」


 吾輩はぶつぶつと小さな声で言い、力を振るった。人間にとっては晴れ切った空に、突然、空が曇り雷鳴が轟いて驚いただろう。乾いた大地に雷が落ち、乾いた木々が燃える。しかし次の瞬間、滝のように雨が降った。雨は雷と共に激しく降り注ぐ。燃えたり濡れたり大混乱だ。

 ばつの悪くなった吾輩は、つい言い訳をしてしまった。


「加減が効かないんだ」


 だが、男には雷がどっかんどっかん落ちていることなど些細な問題だったらしい。人間は図太いな。


「ああ…雨だ…」

「ぜんぶ流しちまうぞ」


 はっと顔を上げた男は、赤子を頼むと言って竜神の祠を飛び出していった。長い間に、吾輩の棲む水晶窟は竜神の祠と呼ばれるようになっている。

 男は村人を高台に誘導するのだろう。この村は定期的に水害にあうから、避難小屋が山に作られている。雷で燃えていないといいが……。


「ぁぅ~」


 小さな声ではっと気づいた吾輩は、手の上に置かれた赤子に固まった。


 ~


 弱々しい赤子は死にそうで死んでいない。せめて男が戻ってくるまでは生きていてくれと、柄にもなく思ったとき、吾輩の髭が掴まれた。そのまま口に持っていってしゃぶりはじめる赤子。

 動けなくなった吾輩はダラダラと冷や汗を垂らし、その汗は髭を伝って赤子の口に入ってしまった。


 生まれてはじめて口にしたのが竜の汗(?)でいいのか?と慌てたが、赤子がみるみるうちに丸々と膨れて額に鱗が生えてしまった。


「なんということだ……竜の体液を含むと竜の性質を得てしまうのか?」


 吾輩はとんでもない生き物を創りだしてしまった。もう、この子供は普通の人間としては生きられないだろう。

 がっくりと項垂れた吾輩の横で、まだ赤子は髭をしゃぶっている。心なしかもっとよこせという思念が伝わってくる。


「どうしたらいいんだ……」


 弱りきった吾輩のもとに、村人の避難誘導を終えた男が走ってきた。奇妙な姿勢の吾輩と、新生児とは思えないほどしっかりした赤ん坊を見つけて声を上げた。


「神通力を分け与えて下さったのですね! 我らは水害との付き合い方をわかっています。水が引けば村は再興します。ああ竜よ、水の神よ。感謝いたします!」


 吾輩は髭をしゃぶられながら、そういうことにしておこう……と全てを諦めた。


 ~



 赤子は村と竜を繋ぐ梯となり、竜は己の力の使い方を覚えて、いつしか村は町になり、国になった。

 守り神に竜をいただく国の王には額に鱗が生えている。



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