第二話 ライリー
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門をくぐって少ししたところで、エラは御者に自分を下ろすように頼む。馬車から降り、御者にトランクを渡してもらうと、礼を言って歩き出した。
ただでさえ舗装の進んでいない田舎の道を、あの馬車に乗って移動していたため腰が痛い。痛む腰を押さえながら、エラは学園長室に向かうために並木道を歩く。
(この木、イチョウかしら)
それは、黄色いズボンのような形をした葉を持つ木だった。エラは昔読んだ本から得た知識をもとに考える。リリーの視界にできるだけ入らぬよう自室にこもっていることが多かったエラは、特にすることも無く本を読んで過ごすことが多かった。
木を凝視しながら歩いていると、エラの足に何かがあたる。
(ん?)
不思議に思い足元を見てみると、そこには誰かの足があった。足先から視線だけで顔のあるであろう位置まで辿っていくと、前髪で半分隠れている顔に辿り着く。
リリーやミアと比べて顔の骨格がはっきりしており、喉には喉仏と呼ばれるという突起があった。
エラは本から得た知識と幼い頃の記憶から、目の前にいる人間は男性であると結論づける。
また、事前に確認した書類に描かれていた制服と全く同じものを着ているため、男はリートン学園の生徒だろう。
「ん゛……?」
エラがそんなことを考えていると、目の前の男が目を覚ました。驚いて男の顔に視線を戻したエラとちょうど目を開けた男の視線が合う。
「えっと、ごきげんよう?」
「……はい」
その場になんとも言えない空気が流れる。初対面で、片方は普段は自室からほとんど出ず、人と関わることなどほとんどない人間、もう片方は寝起きの人間。このような空気になってしまうのは仕方がない。
エラはなにか話さなければと思考を巡らせているうちに、ここに来た目的を思い出す。
「あの、私この学園の視察に来た者でして……」
「……あぁ、学園長が言ってたグリーン家の」
そこまで言うと男は顔を真っ青にする。そして、急に立ち上がったかと思うと、畏まった姿勢でこう答えた。
「グリーン家のエラ嬢でございますか!?」
「えぇ、まぁ」
「先程はあのような態度で接してしまい誠に申し訳ございません」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ」
普通なら、この男の態度は咎められることなどないものであっただろうが、エラは公爵令嬢、男はこの学園に通っていることから下級貴族の令息であると推測される。この国では、かなりの身分差だ。
本来であれば、男はエラを認識した瞬間にトランクを預かり、用件を聞き、対応しなければならないのだ。
これがエラではなくリリーのような者であれば、社会的に致命的な傷を負っていたことだろう。
「エラ嬢、これからどちらへ向かわれるのですか?」
「学園長室よ。まずは、ご挨拶に向かわせていただこうと思って」
「学園長室なら私が案内致しますよ」
事前に渡された書類にこの学園の見取り図も含まれていたため、一応学園長室がどこにあるのかも把握しているが、この学園の生徒である彼に案内してもらった方が確実だろうと判断する。
「じゃあ、申し訳ないのだけれどお願いしてもよろしいかしら?」
「はい、よろこんで!」
男に荷物を預け、再び並木道を歩く。
長い間、リリーに忌み嫌われ、ほとんど外に出ることのなかったエラは、久しぶりの公爵令嬢としての扱いに少しむず痒さを覚えながらも、その男に着いて行った。
「そういえば、あなたのお名前は?」
「僕の、でしょうか?」
「えぇ、そういえばまだ名前を聞いていなかったなと思って」
「申し遅れました、ライリーと申します」
ライリー、それは勇敢という意を持つという。
「素敵な名前ね」
「ありがとうございます」
少しライリーの顔が曇ったことにエラは気づかなかった。