化け物との戦い
空間の中に入っても、辺りの景色はそこまで変わらなかった。彼が空間の隔たりを解除しない限り、その空間の出口も確保できていた。そして、彼がそこに足を踏み入れた時には、目の前にあの黒い化け物が姿を現していた。空間に変化があったから見に来たのか、そもそもそこにいたのかはわからないが、本当の意味での仇が目の前に現れた。世留の後ろには遊羽がいる。しかし、それはもはや元の彼女でないことは彼は理解している。
これは彼だけの復讐なのだ。彼以外にはこの復讐に終止符を付けられるものはいないし、彼以外はこの復讐を望んでもいない。
「行くぞ、化け物」
彼の復讐の旅の最後になる敵との戦いが始まる。
先に動いたのは世留だ。刀を地面に擦らせて、相手に走って近づいていく。その速度で一瞬で化け物との距離が詰まる。相手の目の前で停止する前に刀は既に相手に向かって振り上げられていた。彼の刀に遅れて、超能力で作られた見えない刃が化け物に向けて飛んでいく。化け物はそれを認識しているのかいないのか、回避する様子はない。攻撃はそのまま黒い化け物のもやを隔てた。しかし、そこからは何も出てこない。相手にとっては致命傷でも、ましてやダメージにもなっていなかった。世留は今、化け物のほぼ目の前に立っていると言っていい。常人ならそこまで近づくと恐怖で気絶するだろう。しかし、世留は化け物を睨みつけ居た。斬られた化け物の手が世留の体へとゆっくり伸びていく。世留は後ろに大きく飛んで、距離を取った。しかし、相手の手との距離は変わっていない。彼の体に相手の手がついてきていたのだ。彼は着地してしまい、その手を斬ろうとしたが、既に彼の体に相手の手が届いていた。黒い手は彼の体に侵入すると、そのまま彼の体を貫いた。しかし、彼の体には穴は開いていない。黒い手が引き抜かれると同時に、彼は自身の体が急激に重くなるのを感じていた。相手の引き抜かれた手を見ると、そこには彼が持っていた黒いもやがくっついていた。あの手で、自分の体から力の大半を引き抜かれたことに、驚きと脅威を感じていた。体は既に、一般人と大差ない能力しかないだろう。いままのでのようには動けない。そして何より、彼は空間を隔てるという超能力を使えない。ネクロマンサーの力が彼が超能力を使用するのに消費していたエネルギーなのだ。刀の刀身もほとんど金属の色に戻ってしまっている。一部はすすで汚れたような黒が残っているが、それは彼の最低限の彼の生存に使用されるだろう。つまりは、超能力に使えるものではない。限界を超えると言っても、自分の意志で使えるものではないのだ。
「くっ」
彼は歯を強く嚙合わせる。思わず、空気が漏れるほどに力む。しかし、そうしているだけでは何も解決しない。化け物はゆっくりと歩き、世留に近づいていく。彼の死が迫っている。
世留の前に、遊羽の亡霊が浮いていた。世留はその意味が分からず、亡霊の揺れる布を見ていた。亡霊は刀も持っていない。しかし、亡霊の宿る布の端が世留が刀を持っている手に触れた。その瞬間、布はただの布になったかのように地面に落ちた。世留は彼の僕であった亡霊の消失を感じ取った。刀には黒色が戻っている。
「最後まで、優しいな。遊羽は」
彼の体にも再び力が戻る。強化されたわけではないはずだが、彼の体にはいつも以上の力が宿っている気がした。彼女の魂が、彼女の最後の欠片が、この世界から完全に消えてしまった。喪失感はあるものの、目的は達成しなければならない。嘆くのも、悲しむのも、全てはこの後だ。
彼は立ち上がり、化け物を真っ直ぐに見た。化け物は歩みを止めた。化け物の手には未だに、彼の力の源が握られているようだ。同じ黒いもやでも、自分の力の一部だからか、それは理解できた。
「それは返してもらう。そして、お前にも消えてもらう。再び、蘇るのだとしても、な」
化け物には意味のない口上だろうが、彼にとってはそれが再び戦闘を開始する合図となる。彼は動かず、その位置から、相手の体に見えない隔たりの刃を当て続ける。相手の周囲の空間が隔て、化け物の黒いもやも、もはや人型を保ってはいない。それだけの攻撃を受けても傷一つ受けている様子がない。しかし、彼は攻撃を続ける。いつかは勝てるとそう思っているわけではない。彼にも考えていることはあるのだ。ダメージがないように見えるが、あの体のどこかに実体のある部分があるはずだと考えていた。もし、全く実態がないなら、人を食うこともできないはずなのだ。少なくとも、口と摂取したものをエネルギーに変換する器官があるはずだと考えていた。だから、相手の体のもやを歪にして、その弱点を探っているのだ




