復讐の相手
馬車に世留が戻ってきたときには、馬車の中の様子が変わっていて、少し驚いていた。二人の間にはかなり距離があるように思えたが、今では仲良く身を寄せ合って眠っている。たまたまそうなったのか、眠る前に仲良くお喋りでもしていたのか。とにかく、仲良くなれたのなら良かったとは思う。タービュライに狩ってきた動物や魔獣と採ってきた野草の入った袋二つを見せる。彼は特に中身を核にすることなく、それを荷馬車の適当なところに置くように指示した。そのついでに、世留が荷馬車で寝ている二人に何があったのか尋ねたが、彼はいつもの爽やかな笑顔をした。
「ワタシが伝えるべきことではありませんので、気になるのでしたら、お二人に直接聞いた方が良いと思いますよ」
彼がこういった言い方をするのは珍しい。しかし、彼は自分の言ったことを間違いないことだと確信していた。こそこそと何か話していたことは絶対に自分に聞かせたくない話だったのだろう。それも含めると、彼自身が二人に訊いた方が良いと思ったのだ。世留は多少二人のことが気になったが、二人に訊くほどではなかった。自分の復讐が終わったら、訊くのもいいかもしれない。
世留は二人と少しだけ間を開けた場所に座った。目を瞑るわけでもなかった。彼の頭にはようやく復讐を遂げることが出来るという期待と、本当に復讐していいのかと言う不安があった。後者が頭に浮かんだことは今回だけではない。復讐することが悪いことだとは思っていない。遊羽の仇を取らなければ、この胸にある黒い物は収まらないのだ。だから、復讐する。しかし、復讐を遂げたところで、この黒いものが治まらなかったら、どうすればいいのだろう。遊羽がいたことで、少し貧しくても辛くはなかった。一生、彼女と一緒にいるんだと思った。結婚相手とかそう言う意識は無くとも、ずっと一緒だと信じて、彼女との縁を疑ったことはなかったのだ。しかし、彼女はもう現実にはいない。ネクロマンサーの力で意識だけはこの世界にあるようだが、それが本人だと信じ切ることは今はできない。最初の頃とは違い様々な人と関わり、自分の見ていた世界は広がっていた。他人を知る度に、彼女の死を認めてしまっていた。人と関わる度に、彼の心に余裕が出来ていたのは事実だ。彼のおせっかいな性格が人を助けたいと思わせ、人と関わることで遊羽の死でボロボロになっていた心を労わる余裕が出来たのかもしれない。彼にも自分の心境の変化を説明しろと言われても説明はできなかった。
「世留さん。前を見てもらえますか」
彼が自分の心と向き合っていると、タービュライが外から声をかけてきた。荷馬車から顔を出して、前方を見る。そこにいるのは赤い着物を着崩しているのか、肩が大きく露出した女性がいた。女性は一人で近くに誰かが居るわけでもない。もちろん、黒い化け物もいない。しかし、世留にはわかった。彼女と共にいた黒い化け物は彼女の隣を歩いているのだと。化け物だけは別の空間にいるはずだ。そして、それが理解できた瞬間、彼の足はばねを弾いたかのような跳躍力で、荷馬車から飛び出していく。飛びながら、刀を出現させた。着地と同時に振り返る。土煙を上げながら、地面を滑り、女性の前で刀を構えた。世留の目の前には、遊羽の仇が映っていた。
「見つけた! 追いついた! ここで殺して、終わりにしてやる!」
世留が女性に向けて叫んだ。女性はにやりと笑ったような表情で彼を見ていた。そして、一言言い放つ。
「さて、何のことかしら」
女性は明らかに彼のことを認識している。どこの誰か、ちゃんとわかっているのだ。もちろん、彼に殺すと言われる理由すら理解しているのだろう。しかし、それでも、彼女はわざとらしく覚えていないふりをする。それが、世留の神経を逆なでする。しかし、世留は怒りはしない。目の前に復讐する相手がいるのだ。ここでこいつを殺しても、黒い化け物に到達できないかもしれない。こいつを痛めつけても、あの化け物が出てくる保証はないが、手がかりを手に入れることは出来るかもしれない。
「どうせなら、都まで待ってくれても良かったのに」
「そっちはこっちの都合を考えてなかったんだ。こっちだってそっちの都合は知らない。ここで大人しく殺されろよ」
世留の言葉は落ち着いていた。動揺も、暴走もしていない。本当に恨んでいる相手を目の前にすると、こうなるのかもしれない。思考がすっきりしている。彼は一歩踏み込んで、刀で相手の胴を斬る。刃は抵抗感なく、すんなり相手の体を真っ二つに斬った。手ごたえはあるが、これで相手を殺したとは思えない。その証拠に、相手の体から、黒いもやが出てきて、地面に落ちかけていた上半身を下半身の上へと引っ張り、物見事にくっついた。
「化け物の相方も化け物だな」
「殺しても死なない。それは貴方も一緒よね」
女性の余裕そうな表情は世留を苛立たせようとしているようにしか見えないが、今の彼にはそう言った小細工は効かないようだった。




