綻びの先に
日々の入った空間に二撃目の拳が叩き込まれ、ひびは広がって言う。その中心が少しだけ崩れて、溢れる光が強くなる。それから、三度目の拳を当てようとしたところで、邪魔が入った。
「完璧なはずなのに、どうしてなのかしらぁ。いえ、良くないわ。こういうのは良くないのよ」
彼女のセンスが祷花の腕に打ち下ろされようとしていた。祷花は危険を感じ取り、腕を引っ込めたが、手の甲に鋭い痛みが走った。手を確認すれば、痛みのある場所からは少量の血が出ていた。あの扇子に当たった場所が斬れたのだ。当たった感触など無かったが、こうして切れているということはあの扇子に当たったのだろう。
「そうだわ。邪魔になるなら、ここで殺しましょう。ちょうど食事するところだったのだし、主人もアイシテくれるわぁ」
彼女は惚けたような表情で、化け物に想いを馳せている。それが外から見てわかるほどだ。惚けている時間も長くはなく、彼女は両手にそれぞれ二枚ずつ扇子を持ち、本当の戦闘態勢に入ったようだった。それが本気だとは思えないが、それでも今までと違い、追いかけるだけでなく、彼らに危害を加えるという覚悟が出来た以上、いままのようにうまくはいかないだろうとタービュライは感じた。だが、逃げ切るという目的を捨てて、命を差し出すような愚かなことはしない。彼も逃げるだけなく、戦闘態勢に入った。今回は武術だけでは勝てないと理解しているため、魔法を使うことを決意する。幸い、この空間の中にも魔気は流れているため、魔法が使えないということもない。そもそも魔気が無ければ、この空間に迷いこんだ時点で、窒息していただろうが。
「巫女さんは、空間の破壊に専念してください。ワタシがアナタを守ります」
「はい、お願いします!」
彼女はそう言ったが、神様の力もずっと使えるというものでもない。それどころか、既に神の力を返す時間は迫っているのだ。その前に、どうにかしてこの空間を壊さないと、逃げ切るまでの時間が伸びてしまう。神の力はまた借りることは出来るが、次に狩る前では少し時間を置かなければいけない。そして、再び使えるようになるまで、ある程度の時間が必要だ。その間、敵から逃げ続けるというのは難しいかもしれない。祷花も今まで以上に本気で、神の力を行使する。
「やめなさいよ。これ以上、主人の空間に傷つけられるわけにはいかないわ」
彼女は祷花だけを狙って攻撃する。しかし、その前にタービュライが立ちはだかる。奇しくも先ほどと反対の形になった。相手の女性は既に余裕を失っている。先ほどの間での余裕はなく、力尽くで彼をどかそうと攻撃していた。しかし、余裕のない攻撃程読みやすいものはない。彼は綺麗に相手の攻撃を捌いていく。彼女の扇子を捌いているときに気が付いたが、彼女の扇子は紙の部分がよく切れるというだけで、扇子を張っている木の部分で叩かれても、多少痛いというだけで、それほどのダメージにならなかった。それにきがついてからは、彼女の攻撃が脅威には感じなくなった。しかし、彼は攻撃は一切しなかった。攻撃する余裕自体はある。しかし、余裕があるからと、攻撃すると大抵ろくなことにならない。だから、彼は守ることに集中する。そして、彼が確実に守ってくれると信じて、祷花は拳を空間のひびに当て続けていた。ひびは徐々に広がり、中心の穴も大きくなってきている。しかし、このままではあと何発当てればいいのかわからない。空間が砕ける前に、神の力が無くなるだろう。それでも、彼女は諦められなかった。自身の体から神の力が抜けるのを感じた。しかし、まだまだ空間は割れそうにない。
「神様。お願いします。もう少しだけ、あと少しだけ。私に力をお貸しください。この壁を破るほどの力を、ください!」
彼女が腕を大きく引いて、力を溜める。彼女の体に流れていた力が拳に集まるを感じた。彼女の拳が淡く光る。その拳を空間に叩きつけると、今まで一番大きく空間が揺れた。そして、揺れは収まることが無かった。祷花の目の前の穴から大きな光が溢れて彼女を照らし、その光に彼女は吸い込まれる。しかし、彼女はその場に留まるように体勢を変えた。タービュライに手を伸ばして叫んだ。
「タービュライさん。手を、手を取ってっ!」
「させるわけないでしょ!」
タービュライが振り返った一瞬、彼女の扇子がタービュライの胴を狙う。
「すみませんが、アナタたちを倒すのはワタシたちではありません。もっとアナタを殺すのにふさわしい方がいらっしゃいますから。それでは」
彼の胴に扇子がぶつかる。相手の扇子は彼に一つの傷もつけられず、弾かれた反動で彼女の手から扇子が離れ、地面に落ちた。タービュライは既に祷花の手を掴んでいた。祷花も既に体から力を抜いて、光に吸い込まれていく。それにつられて、タービュライも吸い込まれていった。
「待ちなさい! 許さないわ! 貴方達、許さないわ!」
光に消えた二人に届かぬ声が、震える空間の中でも響いていた。




