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黒い覚悟  作者: ビターグラス
15 化け物と従う者は
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女性と化け物

 目の前の女性はにやけた顔で二人を見ていた。何か危害を加えようとしているとしているわけではなさそうだ。しかし、路地でも何も関わらず、周りに人気ひとけがないことにタービュライは気が付いていた。大きな通りと言うわけではないが、日が出ている内なら人がいないということはないような広さの道だった。タービュライは今まで心にあった恐怖心を抑えて、祷花をかばうように女性の前に出た。彼はその女性と視線を合わせて問うた。


「すみませんが、アナタは何者ですか」


「私はただの従者なのよ。こうなる前の名前はとっくの昔に忘れたわ。覚えている意味もないのよねぇ」


 女性はまるで世間話でもするかのような軽い言葉でタービュライに応じていた。しかし、タービュライは警戒し続ける。彼女がこのおかしな空間に関係していないはずがないのだ。そして、この空間と繋がる空間にいた先ほどの黒い化け物にも関係しているはずだと彼は考えた。


「そんなに怖い顔をしなくても、大丈夫よぉ。主人の食事ももうすぐ終わるはずだわぁ」


 彼女がそう言うと、彼らが逃げてきた路地から、黒いもやの体を持つ化け物が歩いて出てきた。その化け物の顔と思われる位置には尖った角のようなものが二本ついていた。その下に、目のような白いぼやけた丸い目に見える物があった。その目の先にいるのが、赤い着物の女性だった。彼女は化け物が来たのを認めると、頬を赤らめて、化け物に寄っていく。それはまるで、深く愛している人に寄り添うかのような様子だった。彼女には、その黒い化け物が何に見えているのだろうか。そう思えるほどだ。愛は人それぞれと説く神父の教えを聞いたことはあるが、その神父でも目の前のこれを愛と認めることはないかもしれない。それほどまでに、異質なのだ。


「あれ、そう。まだ足りないの? そっかぁ。でも、ほら見て。二体もいるわ」


 女性が化け物と視線を合わせながら、その人差し指が彼らを指した。化け物の顔がゆっくりと二人の方を向いた。その瞬間、抑えていたはずの恐怖心が再び、二人の心に充満した。しかし、タービュライはその恐怖心に対抗する。


 彼は商人が本業だが、それ以外にも様々な仕事も請け負っている。器用な人間で、独学で色々な技術を習得していた。だが、商人に必要な技術はその中に幾つかだけだった。だが、その蓄えた技術は彼の中に蓄積されていた。目の前の恐怖に立ち向かわないと、このまま死ぬことになる。それを理解した瞬間、タービュライの中に蓄積された知識と技術が恐怖心に対抗し、抑え込んだ。体の硬直も、手や足の震えもなくなった。それどころか、少し笑いそうだった。こうも簡単に恐怖心が消えることがあるのだろうか。そんな疑問すら浮かんでくる。だが、それは現実だ。タービュライの中に、この状況から生き残る覚悟が生まれた。もちろん、自分一人ではなく、後ろに庇っている祷花も一緒に、だ。そして、剣士さんにこのことを報告しなくてはいけないだろうと考えていた。これで、剣士さんとの約束の一つを果たせそうだ。


「じゃあ、続けて食事にしましょう。私も一緒に食べてもいいかしら」


 彼女が化け物に聞いたが、化け物は何も返事をすることはない。既にその化け物が見ている世界には二人の得物しかいなかった。黒い化け物がのっそりと動いて、彼らに近づいていく。しかし、タービュライは相手が到達するのも待たずに動き出した。商人とは思えない素早い動き。その勢いで化け物に飛び蹴りをかまそうとするが走っている途中で、赤いものが視界に入った。それから、扇子が出てきた。なんだ扇子かと思ったが、彼の体が危機を感知したのか、その扇子から体ごと逃げるように体を動かした。自身の勢いを殺したことで、自分の足が地面をする音がした。少しだけ土煙が上がる。


「食事の時間は、静かにしたいものだわ。おとなしくしてちょうだい?」


 光の無い目で彼を見て、少しだけ首を傾けた。彼女は既に、両手に扇子を持っていた。どうやらそれが彼女の武器らしい。旅を続けてきたタービュライも扇子を武器にしている人に出会ったことはない。彼女の攻撃を予測するのは難しいかもしれない。しかし、どうにかしないと黒い化け物にやられてしまう。


 祷花は彼が戦闘に入ったのを彼の後ろで座り込んでみていた。恐怖で腰が抜けて、立てないのだ。逃げようにも戦おうにも、立つことが出来ない。彼女は何度も神様に助けを乞う。しかし、神様は一度たりとも、目の前に出てくることはない。これまでの人生でも神様が目の前に現れたことはない。力を貸してくれたことは何度もあるが、姿だけは見せてはくれない。


「お願いします。助けに来てくれないのなら、私にこの状況を抜け出せるだけの力を貸してください。恐怖に打ち勝つ心を貸してください」


 彼女は恐怖に負けそうになる心を持ったまま、両手を組んで神に祈りを捧げる。体に力が入る感覚はあるが、恐怖心はまだ心を縛る。神様も彼女の心を強くすることは出来ない。それだけは、神がどうにかできることではなかった。力は貸すが、最後は自身の心で打ち破らなければいけないのだ。

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