手がかりは逃して
翌日、昼近く。広場には人が集まっていたが、彼らが望んでいる店は出てこなかった。それもそのはずで、彼らが買い物をしたい露店の店主は今、ひそかに蠢いている悪事の解決のために行動しているのである。それが終わらないと、彼らの望む店は開かれないだろう。しかし、客の多くはただの好奇心で彼の店を訪れているのである。今日に店が開かれないのなら、他の店で買い物をして帰ればいいだけであった。そのため、集まっていた人々は少しずつ、人が離れていった。やがて、タービュライが店を開く前と同じ状に戻っていく。
客たちがそうしている間に、タービュライはなんと、薬屋に来ていた。もちろん、変装はしているが、祷花は彼の大胆さには驚いた。関係者に聞きこむこともなく、いきなり、調査対象に会うというのは驚くほかない。
薬屋は特に内装が怪しいとか、怪しい薬を売っているとかそう言ったことはなかった。どこの町でも見たことのある名前の薬が並んでいた。そして、店主は眠そうにカウンターの奥で座っているだけだった。店主は彼らが入店した時には視線を彼らに向けたが、いらっしゃいと言うだけで、それ以上は何も言わなかった。彼らを怪しんでいる様子もない。タービュライの変装技術にも驚いた。彼がただの商人でないと見てわかることが昨日から続いている。彼の余裕にはそう言った積み重ねた技術と経験があるためなのかもしれない。反対に祷花は自身には神様の力を借りなければ、何もできないことを知った。しかし、今、彼女はそれで落ち込むということはない。それに、今は落ち込むより調査が優先事項だと自身に言い聞かせて、心を保っていた。
薬屋に長居することもなく、商品を一通り見て回り、一番高い薬をカウンターに置いた。店主はそれを見ても特に変化はない。値段を言うだけで、彼が代金を支払うのを待っているだけだ。タービュライは言われた代金を支払い、その薬を貰って、店を出た。店から広場の方に移動した。広場の壁に寄り掛かり、彼は薬を見ていた。
「ど、どうかしたんですか」
「いえ、おかしなところがないな、と思いまして。昨日、人を殺すように指示を出した人とは思えない。ワタシの死体もアナタの死体も依頼主には届いていいないのです。現にワタシたちは生きているわけですから。だとするならば、報復が来るかもと考えるのが妥当だと思うのですが、彼は少しも警戒していなかったのです」
祷花はそう言われるとそうかもしれないと思ったが、それ以上の思考には至らない。彼の言葉に同意する以外の言動は彼女にはなかった。心境としては、だからどうしたの、と言ったところだろう。
「さて、後は夜にしましょうか」
彼がそう言って広場を出た。広場から続く道の中で一番光の入らない路地に入る。命を狙われた者の通る場所ではない。暗い場所で人通りもない。となれば殺すには絶好のチャンスになるだろう。しかし、いくら歩いても彼らについてくる人影も気配もない。それどころは人っ子一人すれ違わず、その気配すらない。まるで、世界に二人だけと言うような静けさ。二人が出す音以外は聞こえない。タービュライはそれに気づきながらも、様子を変えずに歩く。祷花は後ろを気にしながら歩いていた。そして、二人が歩く路地を垂直に交わる路地に差し掛かる。その路地を通り過ぎようとしたが、ふと二人は交わる路地をちらとみた。その路地の奥、祷花の見た方はそのまま大きな通りに通じていたが、タービュライが見た方には何かがいた。全身が黒く、形を捕らえられない輪郭。今は後ろ姿だけで、こちらには気が付いていない。その姿を見て瞬間、タービュライは手をぎゅっと握った。そうしないと、平静を保つことが出来そうになかったのだ。距離的に言葉を発すれば、それに聞こえてしまうだろう。祷花はまだ、その黒い化け物に気が付いていない。逃げろ、と脳と心が警鐘を鳴らしている。目の奥がちかちかしている。彼はゆっくりと祷花の手首を掴んだ。祷花は肩をぴくつかせて、彼の方に振り返ろうとしたが、先にタービュライが彼女の向いていた方向に飛び出てきた。彼女はあっと口から漏らしながら、彼に手を引かれて無理やり走らされる。彼女は、タービュライの向いた路地に何かあったのかと気になり、振り向いてしまった。彼女もその姿を見た瞬間に、恐怖に縛られる。体が強張り、転びそうになるのを必死に食い止める。心の中で何度も何度も、神様に守ってくださいと祈る。祈る。彼女の神は彼女に力は貸すが、神自体が彼女を守ることはない。それをわかった上でも、それにすがるしかないのだ。
「はぁはぁ、タ、タービュライ、さん。い、いまの、は……?」
「わ、ワタシにも、わかりません。しかし、黒い化け物と言う見た目は、誰かから聞いたことがありますよね」
祷花もすぐに勘付く。世留が探しているのも黒い化け物だと言っていた。もしや
それがあの化け物だとするなら、自分たちでは引き留めることは出来ない。対峙した瞬間に、体が硬直するのだ。戦闘などできるはずがない。
「あら、こんな場所に。どうして、ここに来れたのかしら」
二人に声をかける人がいた。タービュライは警戒しながら、声の主を見る。そこにいたのは娼館にでもいそうな格好の妖艶な女性だった。胸を下品に胸をはだけさせ、太ももがちらちらと見せるように、赤い着物を着ている。顔もそれに見合うほど綺麗だが、彼女を娼館などで選ぶ人は少ないだろう。卑猥すぎて誰もが敬遠するだろう。そんな女性が怪しげな笑みで二人の前に立っていた。




