サラの感情
クリーターを出て、とにかく、サラの国から離れる道を選択して歩くことにした。二人は森に入らないように移動していた。サラは一度ベッドで休んだだけなのに、かなり元気になったようで、元気に歩いていた。しかし、はしゃぐということはなく、世留のゆっくりとした歩みに合わせて黙って歩いているだけだ。
今は急ぐ必要はないと考えた世留は、サラを無理に行動させないように注意することにした。結局はそれが、素早く次の行動を起こすことに繋がるのだ。それが無くとも、彼女に無理をさせすぎるのはよくないとは思っている。彼女はすぐに、様々なことに首を突っ込みたがる性格なのだ。休めるときに休ませたい。とにかく、この地域にいる間は追手を警戒しなくてはいけない。追手に見つかり、逃げなくてはいけなくなれば、休む暇など無くなるのだ。
周りを見ても、草原しかない道を歩いていると、サラが世留に視線を向けていた。世留はそれに気が付いて、視線を返す。
「あの、この先の町に向かうのですか」
「この先に町があるなら立ち寄ることになるな。どんな町が知っているのか」
「実際に行ったことはありません。しかし、人から聞く限り、犯罪者の隠れる町と言われています。町の表通りですら違法なものが商品として取引されていると噂を聞きました。なので、あまり立ち寄りたくはないのです」
犯罪者の町となれば、隠れるにはうってつけだ。あの国の騎士たちが追手に来ても、犯罪者ばかりの町であれば、隠れ蓑になってくれるだろう。そもそも、そんな悪い噂がある町に、騎士が乗り込んだことがないとは思えない。それでも未だにその町があるということは、犯罪者はいなかったか、騎士では手に負えない程の町になってしまっているという可能性があるだろう。後者であれば、好都合だ。
「サラ。その町には立ち寄る。起鼓詩や大湖がある地域がここからどの方向なのか、それだけはどこかで聞かないとわからない」
それにサラを休ませるのにも、ちょうどいい町になるだろう。
しかし、今この場所から、その町まではどれくらいの時間がかかるのかはわからない。サラも行ったことがないのだから、所要時間などは全く分からないのだ。
二人は無言のまま、道を進んでいく。時折、彼等とすれ違う人々もいたが、特に彼らを気にしている人はいなかった。頭を軽く下げて挨拶をしていく程度で、勝負を挑んで来たり、捕まえようとして来たりするような人はいなかった。
珍しく、と言うより、初めて二人の間に静かで穏やかな時間が流れる。二人は言葉を交わすことはないが、サラは時折、周りではなく前を行く彼の背中を見ていた。出会ったときは彼を冷たい可哀そうな人間だと思っていたのに、今では彼の不器用でも、温かく優しい人間だとわかる。しかし、それに反するように、敵に対してはとても冷酷だということも分かった。
サラは自分を可哀そうな人を救っている善人だと思っていた。お礼も求めず、ただ強力な治癒師として、人を治しているのだと。しかし、彼を見ていると自分のそれは自分が優しいからやったことだとは思えなかった。怪我や病気をした人を、自分とは違う格下の生き物だと思っていたし、だからこそ、可哀そうな格下の生物を助けることで愉悦に浸っていたのだ。それを思うと、自分の方が穢れていて、可哀そうな人だったのかもしれないと感じた。だから、あの都から追い出されたのかもしれない。だが、その結果、彼と一緒にいることが出来るなら、良かったと思う。今までの行為も、彼に辿り着くためだったのだとしたら、全ていい道を歩んできたとも思える。彼女はふと、なぜそんなに嬉しいと感じるのか、様々なこと、良いことも悪いことも祝福できると感じるか、と考えた。しかし、答えは出ない。
彼女は親からの愛をうけたことがない。生存するための活動のために、義務的に世話をしてくれた人はいただろうが、彼女の記憶にも心にものこっていないのだ。ましてや、恋愛に関しては全くの無知で、そういうものを感じた相手も、彼女にそれを感じた人もいなかった。治癒師としてとても大きな感謝こそされ、その圧倒的な治癒師としての才能と実力から、彼女と対等で会話をしたいと思う人はいなかった。そんな状態で、親愛も恋愛も、友愛も感じられるはずがない。唯一、勇者だけが彼女と対等に、彼女のことを好いていたが、そんなものに触れたこともない彼女は、勇者のその心を感じることはなかった。勇者もそれを口に出したことはない。扱いとしてはフィルと同じだったのだ。きっと、一度でも彼が好きだと、口に出していれば、彼女の未来も変わっただろうが、仮定の話は彼女にとっては意味がないのだ。今、彼女の目に映っているのは、世留なのだから。




