平穏破る怒号
夜が明けて、出発の準備をする。一番早く起きたのはタービュライ。出発の準備をいち早く始めていた。荷物の量が多いので、その確認に時間がかかるのだ。そして、彼が起きてから一時間ほどが経ったところで、祷花が恐る恐ると言った様子で馬車から出てきた。
「お、おはようございます。その、顔を洗う場所はありますか」
「ああ、水を桶に溜めておきましょうか」
タービュライが馬車の裏に回って、桶に水を溜めた。水を出すだけなら魔法でできるため、そこまでの手間でもなかった。
「ここでどうぞ」
水の準備が終わるとタービュライが祷花を桶の前に案内してその場を離れた。彼女はお礼を言って、顔を洗っているようだった。
それから三十分ほどでサラが起きてきた。彼女が最後に起きてきたが、起床が遅いというわけではない。前の二人が早いのだ。サラは寝ぼけ眼で馬車から出てきた。祷花と同じように顔を洗って、すっきりした顔をしていた。それから、世留が渡した櫛で髪を梳かしていた。
その後、パンを朝食にした。世留はそれを食べずに馬車に荷物を載せていた。先にタービュライからの支持を受けているので、その通りに荷物を運び入れる。全ての荷物を運びこみ、世留が荷馬車に乗り込んだ。いつもと同じような場所に座り込んだ。食事が終わったサラが彼の隣に体育座りで座っていた。祷花は座る場所に困っているようだった。タービュライは御者台に乗る前に最終確認をし始めた。その作業は誰にも手伝ってほしくないようなので、誰も声を掛けない。
「祷花さん。世留さんの隣に座ってもいいんですよ?」
「え、あ、その、良いんでしょうか。わたしは、その……」
言葉の続きはなく、彼女はそれ以上話せず、俯いてしまった。
「座りたいところに座ればいい。俺の隣でもサラの隣でも」
彼女がずっと遠慮しているような態度を見ていられなくなって、世留が声をかけた。彼女はその言葉に少しだけ逡巡した様子を見せた後、彼女はゆっくりと馬車の中を歩き、世留の隣に腰を下ろした。しかし、サラとは違い、世留との間には服が触れない程度の距離が開いている。サラは服がくっつくくらいに近くに座っている。祷花にはそれだけ彼に近づくことは出来なかった。理由は簡単で、世留を、と言うか、異性をここまで近くに感じたことはないのだ。それ以上近づくのは、恥ずかしくてできない。
世留は座った彼女をちらりと見て、満足したのかそれ以上は何も言わなかった。
全ての支度が終わり、馬車が走り出した。
「止まれっ!」
馬車の前にいきなり飛び出してきた人に驚いて、馬が嘶きながら状態を大きく持ち上げて、急停止する。荷馬車も横に傾きながら、地面を削り止まった。中にいた世留は衝撃を受けても、体を動かすことはなかったが、サラと祷花が世留にぎゅっと捕まっていた。止まると同時に祷花がバッと手を離した。サラは、そのまま腕に引っ付いている。
「いきなり、飛び出してくるとは。危ないではないですか。死にますよ?」
珍しくタービュライが怒気を孕ませて、飛び出してきた人に注意している。世留は荷馬車から飛び出してきた男を見た。金髪で、適当に繕ったような獣の毛皮を着ている。見た目は蛮族だ。世留はここら辺を縄張りにしている盗賊だと考えた。
「うるさいんだよっ。俺は死んでもお前たちを殺してやるっ。おやっさんを返せよっ!」
世留は覚えていなかったが、タービュライは思い出した。祷花は知らないことで、祷花は思い出す努力もしていない。目の前の蛮族は、盗賊の一味だろう。祷花がいた街に来る前に、襲ってきた盗賊の一味。相手の言葉を聞く限り、世留が殺した盗賊の中におやっさんと呼ばれていた人がいたのだろう。相手は自身の腕よりも少し長い剣身を持ったロングソードを腰から抜いて、その剣先を馬車に向けた。
「殺してやるから、覚悟しろよっ!」
相手は一番狙いやすい場所にいたタービュライに狙いを定めて、突撃していく。タービュライはいきなりの出来事で、思考も体もうまく動かず、その場に固まっていた。そんな彼の前に、世留が馬車から跳んで降り立った。手には既に黒い刀が握られていた。
「全員、殺してやるんだ。どれが出てきても、関係ないっ!」
ロングソードが世留に向かって振り下ろされる。しかし、その剣が世留に触れることはなかった。彼は剣を動かしていないはずなのに、ロングソードは何度振るっても、剣が当たらない。何かに弾かれているようだが、それが何かは全く分からないのだ。
「なんなんだよっ! さっさと死ね!」
大きく剣を振り上げて、世留の脳天を狙った剣。しかし、それすらも通らなかった。剣を大きく上に弾かれた今の彼は隙だらけだった。その隙を逃すはずもなく、一閃。相手の胴がぱっくり割れて、血が溢れる。その血が刀や彼の服に浴びせられるが、すぐに彼の刀が血を吸収していく。その一撃だけで、恨みを持っていた男は死んだのだ。




