新たな旅の友
「これ以上は、この町にはいられない。すぐに逃げるぞ」
追手を全て、斬りつけて世留は二人にそう言った。サラは頷いて、彼に付いて行こうとしたが、手が引かれた。まだ、祷花が動こうとしなかったのだ。彼女は俯いていた。
「祷花っ! 待ちなさい! これ以上逃げないでください。私たちにはあなたが必要なのですよ。役割を果たしなさい!」
遠くから祷花に大声で叫んでいるのは、祷花の母だ。彼女が立ち止まったのは、母がいることが分かったからだったのかは定かではない。彼女は顔を上げて母を見つめている。
「お母さま。ここまで育てていただき、ありがとうございました。私は最後は役目を果たせないけれど、どこかで幸せに暮らします。どうか、お母様もお元気で」
今までの祷花からは想像できない程、堂々としていた。最後には恩を仇で返すことになってしまったが、こうしてこの歳まで健康に育ち、生きることが出来たのは、目の前で取り乱している母のお陰であることは間違いない。だから、彼女は心の底から感謝しているというのは本心だ。
「行きましょう。これで、もう、この町に忘れ物はありません」
世留とサラはその堂々とした態度に頷くだけで返事をするしかなかった。
「……そうね。仕方ないわ。間違っていると気が付きながら……」
そこから先の言葉は彼女に届かなかった。
「剣士さん。すぐに出ますよ!」
馬車に戻ると既にタービュライの準備は整っているようで、彼も張り切っているようだった。彼に手綱を握られている馬も、どこか張り切っているように見えた。その馬車に全員が乗り込むのを確認してから馬車を走らせた。馬車は既に広場を通らなくても町の門に移動できるような馬車に移動してあった。人通りがほとんどない通りを馬車がガラガラ音を立てながら、走り抜ける。そこにいた何名かが馬車に驚いていたが、それを止めようと思う人もいない。門は締まっているが、遊羽の亡霊が門をバラバラに斬った。もはや、彼らを止めるものは何もない。その勢いのまま、町を抜けた。
「さよなら、お母さん」
祷花の幼い呟きが聞こえたのは、世留だけだった。彼はそれが聞こえても、何も反応することはなかった。祷花の目には、生まれ育った町が小さくなるのが映っていた。
「と、祷花様はっ?」
祷花の母の近くに、祷花の世話役の女性二人が息を切らせて立っていた。母はすぐには答えなかった。二人にはそれが答えであることが理解できてしまった。既に祷花はこの町にはいないのだと。
「……生贄の代役は立てられません。今年の祭りは、町民たちが楽しむだけの祭りになりました」
彼女は祷花が去っていった方向を見ながら、茫然とただ口を動かしているだけだった。それから、近くにいた二人の顔を見た。
「……もし、これで何も起きなければ、来年からは生贄なんて廃止しましょう。今更のことですが」
彼女はとぼとぼと歩いていく。その方向は祷花を世話した家だった。確かに生贄の役割だと教えてきたが、本当は祷花に死んでほしいわけがなかった。実の娘ではないとしても、幼い頃からずっと彼女の見てきたのだ。生贄とわかりながらも、愛情はあった。生贄としての役割が近づくにつれて、彼女に冷たくしないと、自分の心が壊れそうだった。今更ながら、もう一度、彼女に会って、愛してると言いたくなった。それはもう叶わないことだということは、祷花の言葉を聞いたときにわかってしまっていたのだ。せめて、届かなくとも声に出さないと何かがあふれ出しそうだった。
「祷花、愛していました。どうか、どうか、無事に、そして、幸せに生きてください」
「わたしは、祷花と言います。あの町では生贄役でした。でも、世留様に会ってから、もっといろんなことを知りたいと思ってしまったので、その役割を投げ出してきました。どうか、一人で生きていけるまで、面倒を見てほしいです」
馬車の中、祷花が星座で、世留たちに自己紹介をしていた。綺麗な黒髪を走る馬車の中に吹く風に揺らしながら、真剣な目つきをしていた。
「そうだったのですね。では、私も改めて自己紹介をしましょう。私はサラ・イストンと言います。勇者との旅を止めて、世留さんについてきました。よろしくお願いします」
サラは綺麗なお辞儀を見せて、彼女に挨拶をした。タービュライは馬を操作しながら、首だけ後ろに向けた。
「ワタシはタービュライと言います。商人です。剣士さんたちはワタシの護衛として、雇っています。以後、宜しくお願い致します」
タービュライの自己紹介を終えたのを確認すると、祷花が三つ指ついて、宜しくお願いしますと挨拶した。その所作も綺麗だった。
「タービュライ。次はどこに向かうんだ?」
「一度、補給をするべきですね。食料と売り物を補充したいので、近くの少し大きな街に向かいます。そこまでは離れてないはずです。馬車を歩かせて、二日ほどで着くはずですから」
それからタービュライは正面を向いて、馬車の操作に戻った。世留はいつものように、荷馬車の低い壁に腰かけてじっとして、その隣にサラが座る。祷花はどこに座っていればいいのかわからず、正座をしていた場所から動かなかった。




