あなたと一緒に
ホシのヨルまで後二日となった夜。今日も二人はいつもの場所で会っていた。約束したわけではないが、禱花にとっては日課になっていた。彼のことを知りたくて、今日も来てしまった。彼女は未だにおどおどしているが、最初に出会った時よりも話すようになっていた。
「世留様は、この町を出たら何をするつもりなんですか」
彼のことが気になった。きっと、この町を出てしまえば、彼と出会うことはなくなってしまうだろう。しかし、目的を知っていれば、追いかけることもできるかもしれない。
世留は間を開けて、彼の旅の目的を話した。彼女はその目的に目を丸くして驚いているようだった。彼女は生粋の箱入り娘ではあったが、復讐という言葉の意味もそれをする人がどのような人なのかも教えられていた。目の前の彼に復讐を決意させるほどの人物が気になったし、彼にこんな思いをさせた人を許せないとも思った。彼女は最後まで復讐を止めようとは思わなかった。それが必要かどうかはあまり考えていない。彼がそうしたいならそうするべきだと思ったし、それを手伝いたいと思った。
「私、あなたのことをもっと知りたいです。実はわたし、ホシのヨルで生贄として、死ぬんです。あなたに会うまでは、死んでもいいと思っていたんです。でも、今は、それじゃあなたのことを知ることが出来ない。それは嫌なんです。だから、生贄を止めようと思います。きっと、話せばわかってくれるはずですから。町の人たちはとても優しい人ですから」
彼女は未来を、夢を語るように話している。世留はそんなにうまくはいかないと思っていた。この町の人達にとっては、ホシのヨルという祭りは彼女の命よりも重いものだと考えているのだろう。彼女の居場所を聞いたときに、すぐにどこかに行ってしまい、その居場所を聞き出せなかったのだ。彼女に逃げられたり、余計なことを吹き込んで死ぬことを拒まれたりしたら、祭りが台無しになる。
彼は禱花が話し合いをしようとしていること自体を止めた方が良いと思ったが、それを口に出さなかった。もし、彼女が逃げることを決意するなら、きっとどんなことをしても、逃げ出してくるはずだ。逃げる力があるのなら、少しは面倒を見るのもいいかもしれない。タービュライには迷惑をかけるが、その分は護衛の報酬から引いてもらえばいいだろう。
「で、では、わたしはもう行きます。明日もここに来てほしいです。生贄にされなくなったら、一緒に旅をしてみたいです。連れて行ってくれますか」
彼女は焦ったように、早口で言葉を話す。その様子が、どうしても彼に付いて行きたいと言っているようだった。
「……ああ、そうだな」
彼は短く言った。彼女は満足そうな笑顔でその場から離れていく。去っていく彼女の揺れるサラサラの黒髪が、彼女の期待を映しているようだった。それを見ながら、彼は彼女をどう攫うかを考えていた。
翌日、夜。いつもの場所に祷花は現れなかった。昨日、この場所から戻ってすぐに、世話係か母親にでも生贄の話をしたのだろう。彼女に生贄を止められたら困るはずだ。代役は立てられるかもしれないが、明日死んでくださいと言われて、わかりましたと言う人はいないだろう。だから、禱花にその役目を任せていたわけでなのだ。土壇場になって、できませんでは通用するわけがない。もしかすると、祷花でないといけない理由はあるのかもしれない。その場合は、余計に彼女が生贄を止めるというのは通らない。
「まったく」
夜空を見上げながら、彼女の決意を思い出す。気弱な様子の彼女が、生贄の話を出すのにどれだけ勇気が必要だっただろう。それを蹴っ飛ばして、今は軟禁状態なのかもしれない。逃げるかもしれないのに、外に出すなんて馬鹿なことはないだろう。今、彼女は何を考えているだろうか。自分には結局生贄を死ぬ運命が似合うとでも思っているのだろうか、それとも諦めないで脱出の方法を考えているかもしれない。どちらにしろ、既に世留は彼女を攫うことを決めていた。たとえ、タービュライとサラが反対しても、だ。
「お母様。話を聞いてください。わたし、まだ死にたくないんです。知りたいことが沢山あるんです。彼の見ている世界を少しでも近くで見たいんです。だから、生贄なんて嫌なんです!」
窓のない木製の建物の中に祷花は閉じ込められていた。ホシのヨルまでそこまで時間はない。彼女には食事を与える必要はないと判断され、彼女のいる部屋には食べ物すらない。今の彼女の周りには何もない。服だけは来ているが、そこに何かを仕込んでいるわけでもないため、そこから出るのは困難だった。だから、部屋の外にいるであろう母親に声をかけるしかなかった。
「無駄ですよ。もう、決まっていることです。祷花は生贄としてここまで生きてきたのです。最初から言っていたでしょう。この役目はとても大切で、何よりも優先することだと。それを今になってやめたい、だなんてなんのつもりですか」
母親と話をしても、平行線。その部屋から出す雰囲気もない。
「とにかく、あなたにはホシのヨルまでそこにいてもらいます。出番になったら、そこから出して、役目を果たしてもらいますから。おとなしくしていなさいな」
「嫌です。絶対、ぜっったいっ、死にません! 生きて、生きて、知りたいこと見たいもの、全部全部っ!」
母親はここまでわがままな彼女を見たことが無かった。今まで、何を言ってもはいとしか言わなかった彼女が、ここまで生きることに執着しているなんて、外で何があったのか気になってしまう。だが、それを訊いて、生贄にしたくないなんて思いたくはなかった。
その後、母親はその部屋の扉の前から離れた。彼女はそこに誰もいなくても、声を上げて講義を続けていた。




