何もしらないから
再び夜。結局、昼間はサラ以外は情報収集などには動かないことにした。三人で動くとこちらの動きに気付く人が出てくるかもしれない。この町にとって大事な祭りだ。邪魔は絶対に阻止するはずだ。そうなってしまうのは彼らの望むところではない。サラだけならそこまで怪しまれないだろう。何かしようとしているのはわかっても彼女だけなら何ともならないと思うはずだ。悪くても、彼女を上手くコントロールしろと苦情を言われるだけだろう。そのときは一応、注意はしてるとでも言えばいいだろう。彼らが注意しても止まるような性格ではないのだから。
昨日と同じ場所に来た世留はまた、夜空を見上げていた。タービュライは祷花が昼間に隠されていそうな場所を探すようにしてもらった。
「あ、あの、こんばんは。世留様」
暗闇の中から声がして、その方向を見ると綺麗な黒髪を風に揺らした祷花が胸の辺りで右手を左手に包んで立っていた。少し不安そうな佇まいだが、彼に少し興味があるようだ。それも仕方ないかもしれない。生まれてからずっと、服の作り方を学んで、服を作っているだけだったのだ。彼女が知っている人間は母親と女性の世話係二人だけだ。男性の存在は幻だと思っていたし、まさか自分が生きている間に会えるとは思っていたかったのだ。そして、世留はとてもミステリアスに見えた。その佇まいが脳に焼き付いて、昼間でも世留のことを考えてしまっている。やけに気になる彼を知りたいと思ってしまう。それは恋や愛ではなく、単純に異性への興味だった。
「きょ、今日もここに来てたんですね。その、少しの間、お邪魔してもよろしいですか」
「ああ。そもそも、俺だけの場所じゃないから」
ぶっきらぼうに答えたが、彼女にとってはその態度も新鮮なものだった。いや、きっと彼がフレンドリーだったとしても、彼女にとっては新鮮に感じていただろう。彼女はおずおずと世留の隣に並んだ。その距離は人二、三人分空いている。彼女も夜空を見上げた。話す言葉は夜空には見つからず、彼女は夜空から目を逸らせない。彼から話しかけてくれればいいのに。そう思っても、彼から話しかけてくることはない。
「あの、わたし。いや、その、どうしたら、いいんでしょうか」
何が言いたいのかも、わからずに口から出た言葉は自分でも意味がわからない。慌ててもう言葉がでなくなる。それでも、世留は顔色一つ変えない。彼女にも興味がないようにも見えるだろう。
「どうしたらいいのか。それは俺もよくわからない。でも、目的を果たすまでは死ねない」
下手をすれば、彼女にすら聞こえないほどの囁き声。それでも、彼女には聞こえていた。それは世留が自分自身に言い聞かせていた言葉だったのかもしれないが、彼女にはこの先の自分の運命であるはずの未来が間違っていると言われているような気がした。
「その、わたし。いえ、もし、死ぬことが決まってる未来があるとしたら、それでも、生きた方が、良いんでしょうか」
「さぁ、それはわからない。その人の目的か何かによる。だが、死ぬより生きた方ができることもたくさんあるかもしれない。俺はそんなに立派な人間じゃないから、こうしろああしろとは言えないな」
「そ、そうですか。生きた、方が……」
彼女が何を考えているのか、世留にはわからないし、考える気もない。何かを変えたくて、そういったわけでもない。しかし、彼女の心には何かが残ったようだった。
翌日の夜。昨日と同じ場所で、世留と祷花は会った。世留に関してはまた夜空を見上げていた。
「……も、もう、そろそろ、ホシのヨルが始まるみたいです。わたしはそれ以降はきっと会えなくなります。わたしは少しだけ、あなたと会えないのがさみしいかもしれません」
おどおどした様子はそのままだが、その目には昨日とは違って、そこに意思を感じる。彼女な彼女なりに何かを考えているのかもしれない。
「祷花。俺がこの町にいる間なら、助けてやれるかもしれない。何か困っているなら、手助けするぞ」
まさか、そんなことを言われるとは思わず、祷花はその言葉に返すことができなかった。世留は彼女の返事がないのは気にせずその場に留まっていた。
「……助けてほしい。そう言ったら、わたしのこと、助けてくれますか? そのあともしばらく面倒みてほしいって言ったら、見てくれますか」
「ああ、それくらいなら。それに、お節介もいるしな」
世留は祷花に視線を向けて、そう言った。それは元気付けるとか、そういうものではなく、ただ事実を述べただけにすぎなかった。だが、彼女の目にはその視線と言葉がやけに気になった。
死に際を決められた少女は目の前に迫った死を感じて、生きている人の言葉を聞いて、ようやく、彼女は生きることにしがみつきたくなった。彼を知るには、すぐに死ぬことはできない。




