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0.哀れな男とギルドの話

「あなたには当ギルドに入る資格がありません。お引き取りください」

澄ました表情の女性が、カウンター越しの男にそう言い放つ。

眼鏡越しに鋭い眼光を浴びせながらの、有無を言わせぬ、凛とした強い声色であった。


「……はァ? 待て待て、俺の来歴ちゃんと見たかァ?」

対する男の側は、ひどく柄の悪い口調で食ってかかる。

事務的で静かなギルドよりは、場末の酒場の喧騒が似合いそうな、山賊めいた男である。

酒と煙草でしゃがれた声に、日に焼けた浅黒い肌と無精髭がよく目立つ。

がっしりとした体格に見合った大型の鎧に、戦闘用の戦斧。

己の腕っぷしで日銭を稼ぐ――所謂『冒険者』と呼ばれる職業である事は、想像に難くない。


「蜥蜴人の巣制圧、大型竜種討伐、低級魔神撃退。前パーティでの戦績だ、どれも一級品の武功だぜェ」

「ええ、当然確認済みです」

「だろォ。ハァー……だったらさっさと冒険者登録してくんなァ」

息巻いて戦歴を語る男を見ても、女性は落ち着いた雰囲気を崩さない。

男の言葉は武勇を誇示すると言うより、評価されて当然の項目を伝えているだけといった様子。

戦歴もろくに見ない無能な受付に当たった、とばかりに溜息まで溢す始末だ。

実際、身に纏う金属鎧と戦斧はしっかりと整備されており、見た目によらずマメな男だと伺える。

彼が自分で語る通り、修羅場を潜り抜けた歴戦の戦士としての証左といえよう。


「お伝えした通りです。当ギルドはあなたを歓迎しません」

だが、それら全てを受付の女性は切って捨てる。

先の武勇伝を聞かされて尚、彼女は彼を完全な力不足だと判断したのだ。


「このアマ……ぶった切られてェかァ!!」

激昂した男が、真っ赤な顔で斧を構える。

大上段に構えた凶刃が振り下ろされれば、容易に眼前の女性は切り裂かれるだろう。

しかし、受付の女性は涼しい顔で椅子に座ったまま、ゆったりとしたドレスの生地を翻す。

どころか、その布のように柔い感触の生地で、大斧を受け止めるような動作に入る。

拭けば飛ぶような、あまりに頼りない守り。とてもではないが、ガードできるようには見えない。


そのはず、だったのに。

布地を引き裂こうとした鋼鉄製の戦斧が、()()()()()()()()()()()()()()


「ンなァッ……?!」

想像だにしない結果に、男は仰天する。


「バッカみたい。アンタの装備じゃ、アタシ達の足元にも及ばないのに」

不意に遠巻きから、二人のやり取りを笑う声が聞こえる。

気が付けば、ギルドのカウンターには大勢の人だかりが出来ていた。

正面カウンターでの騒動を聞きつけて、野次馬が集まってきたのだろう。

その全てが皆冒険者であるらしく、首から登録冒険者の証たる金属の小板を提げている。

だが、冒険者ギルドに集う集団としては明らかに、その人だかりには異様な点があった。


男が一人もいないのだ。そのうえ兜は疎か、鎧を身に着けている者すらいない。

辺りに並んでいるのは、見目麗しい美少女ばかりだった。

しかも、只のオフモード等ではなく、冒険者として活動する証を身に着けているのだ。

まるで『それで充分な装備である』かのように、彼女らは思い思いの可憐な衣装に身を包んでいる。

一見して、冒険者の真似事でもしているような一団であった。


「冒険者ギルドに入れないのはねぇ、キミがオスだからだよぉ。よわよわさんー」

「ハ、ァ……!?」

ふわふわとした口調で、観衆のひとりが野次を飛ばす。

挑発的な言動を飛ばす者も、また洒落た衣装を着た少女だった。

白いニットのワンピースにベレー帽を被ったガーリーな姿は、冒険者の恰好としてはあまりにミスマッチ。

だが、その服装に異議を唱える者は居ない。

理解の追いつかない男は、ただ当惑するばかりだ。


「……このドレスは、『女性専用』の装備です」

畳み掛けるように、受付の女性が再び話し出した。

ボロボロに砕けた戦斧を片付けて、彼女は事も無げに男へと事務報告を続ける。


「この街において、あなたの来歴には何の価値もありません」

「ここは女が主役の街なの。役立たずのオスは後方支援か、家事雑用でもしてなさいって」

「土下座してオネガイするならぁ、私のお家で小間使いにしてあげよっかー」

それは、戦いに明け暮れた冒険者として、あまりに屈辱的な提案。

歳も背丈も下の相手から放たれる、こちらを完全に見下したような罵倒。

人生全てを否定する、鋭い言葉。


「ックソ……こんなクソギルド、こっちから願い下げだァ!!」

男の自尊心を傷つけるには、十分すぎる言葉だったのだろう。

捨て台詞を吐いて、山賊めいた男はギルドの扉から飛び出していく。誰の目にも明らかな敗北であった。


「……その、これで本当に良いんでしょうか」

「あぁ、新入りさん。怖がらなくていいですよ」

騒動が落ち着いてから、観衆の一人がおずおずと声を上げる。

それに反応したのは、先ほどまで男と応対していた受付嬢だ。

生真面目そうなその新人に向けて、彼女は優しく諭すように言葉をかける。


「男は女より格下……これがこの街の常識です。あなたもきっと、すぐに慣れますよ」

それは、この空間における絶対のルール。誰もが信じてやまない行動規範。

だが、その言葉を告げられて尚、新人は浮かない表情をしたままだ。


男は女より格下。女性の装備は、男性よりも遥かに強力。

あまりに明確な、女尊男卑の世界。

それなのに、本当に。


「(……僕、男なんですけど……!!?)」

……本当に、どうしてこうなったのか。

男冒険者、アルフレッド・スピネルは、過去一番の困惑に襲われていた。

お読みいただきありがとうございます。

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