第7話
「池や湖に主がいるように、この森の中にも絶対に会ってはいけない化け物がいる。それこそがコイツ――スティノドンだ」
僕はズタボロのコニーを背にし、目前のモンスター、スティノドンを睨みつけた。
「硬質の皮膚は鋼よりも頑丈で、切り方が悪ければ多少高価な剣でも簡単に折れてしまう。2本の牙は鉄板を紙のように切り裂き、奴の顎は1メートル四方の鋼鉄を簡単に食い破る。それほどの危険なモンスターが出没するこのエリアは、有志の冒険者やギルドによって木にいくつもの警告が掘られている。奴らめ、何も調べずにここへ来やがったな」
僕の刀を押さえるスティノドンの力が強くなる、僕は歯を食いしばりそれに耐えた。
「…………ハ、ク……さん、」
「安心しろ、コニー。コイツがどれだけ危険なモンスターだからって、僕たちは殺されない」
僕はニヤリと笑った、直後、スティノドンの顔面付近で猛烈な爆発が起き、奴は困惑したように鳴き声をあげながら体勢を崩した。
「ハクさん、援護するよ!」
僕の後方からアリスとレンファが駆け寄ってくる。僕は「でかしたぞアリス!」と笑いながらスティノドンの前足を押し返し、そのまま奴をひっくり返した。
「アリス、レンファ! 君たちはコニーの手当てをしてくれ!」
「ちょ、ハクさん! あなたはどうするのよ!?」
「僕はこいつを引きつける! ハッキリ言うが、君たちのランクじゃあコイツと戦うのは無理だ!」
「けど、ハクさんだってレンファと同じBランク――」
「僕なら大丈夫だ、それよりも人命を優先しろ!」
僕が叫ぶのを聞き、レンファが「行くぞ、アリス」とコニーを抱え走り出した。アリスがためらうように僕をチラチラと見る。僕は「早く行け!」と怒鳴り彼女を無理強引に走らせた。
「――さて、」
僕は改めて目の前にしたモンスターを睨み付けた。
スティノドンは既に立ち上がっており、僕を警戒するように見下ろしている。僕はしかし笑みを浮かべ、右足を引き半身となり、刀の切先を後下方へと向ける。
「君のことはよく知っている。スティノドン、討伐ランクは2S。僕のランクはBだから、君はちょうど僕より3段階強い計算になる」
僕は呼吸を整え、早く脈打つ心臓をゆっくりと落ち着ける。
「通常冒険者が相手取ることができるのは、どう頑張っても自分のランクより2つ上までだと言われている。つまり僕はどうあがいても君に勝つことはできないということだ。通常なら、な」
脈が落ち着けば精神が落ち着く。僕は目の前に迫る危機に対しなお力を緩め、辺り一面をざっくばらんと感じる。
「――スティノドン。鋼鉄の牙という名に相応しく、暴君のように猛る野獣。この森において絶対の防御を見せる最強の獣。だが、君に教えてあげよう。所詮それは、この森という狭い環境でしか通用しない力なのだということを」
僕は目を閉じる。精神が鋭敏になり、森の生物の声、踏み締めた土の固さ、果ては蝶が羽ばたいた空気の揺れさえも捉え、
「世界には未開が無数にある。かつての歴史に存在したとされる島国の、失われた剣の術――とくと目に焼き付けろ」
スティノドンが前足を振り下ろす、僕はその風圧を、殺気を肌で感じ――
直後。僕は息を吐くと同時、一歩を踏み込み奴の体を斜めに切り上げた。
すん、と閃くような間が流れた。僕はゆっくりと目を開き、そして刀を腰に挿した鞘へと納める。
「僕にとって鋼なんてのは、紙も同然だ」
同時、スティノドンの胴体がズレ落ち、そして大量の血を吹き上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハクさん!」
スティノドンを倒してから数分くらいが経ち。アリスがコニーとレンファを連れ僕の元へと戻ってきた。
「だ、大丈夫です……かぁッ!? うっわ、ぶった切られちゃってるよコレ!」
アリスが真っ二つになったスティノドンを見て驚いている。まあ、無理もないだろう。所詮Bランクの冒険者がこれほどの猛獣を打ち倒したのだ、客観的に考えれば驚かないわけがない。
「まあそんなことはどうでもいい。それよりも……」
「あ、コニーちゃん? コニーちゃんなら無事だよ、ほら!」
そう言ってアリスがコニーを指さす。僕がそちらへ目をやると、コニーは申し訳なさそうな顔で、おずおずと下を向いていた。
「……あの、えっと……本当に、助けてくれて、ありがとうございます……。そ、その、ごめんなさい! 私、迷惑かけてばっかりで……」
「気にするな。僕はやって当然のことをしたまでだ。
――それよりも、すまなかった。あの時無理強引にでも君を連れて行けば、こんなことにはならなかった。僕ももう少し考えて行動すべきだった」
「うぐう……ハ、ハクさんは、悪くないのに……。うう、ぴええええん……」
なんでそこで泣くんだ。僕はコニーの様子に苦笑いを浮かべながらも、ひとまず彼女を落ち着かせるために近寄り、茶色い頭を撫でた。
「うっわ、めっちゃうらやましい。私ももうマヂ無理ぴえんしようかな」
「その前にそのフード、取れるようにならないとな」
「んぐぅ……それはちょっと、その……ムズイと言うか」
「――まあ、無理しなくてもいいけどな」
「アハハ、まあ、うん」
アリスとレンファは何を言っているんだ。僕は聞こえてきた会話に思わずため息をついてしまった。人が真剣に慰めている時に話すことではないと思うのだが。
「……もう大丈夫か?」
「は、はい……。ご、ごめんなさい、本当に、いつもお世話になってばかりで……」
「だから、気にしなくても良い。こんな時くらいは誰かに甘えた方が身のためだしな。
……それよりも」
僕はそう呟くと、コニーに背を向け歩き始めた。レンファが「おい、どこに行くんだ? もう助けなきゃあならない奴は助けただろ」と尋ねてくる。僕はそれに「いや、まだだ」と返した。
「は? 他に誰か、助けたいって奴がいるのか?」
「いや。――だが」
僕はそして、奴らの顔を思い浮かべ、声に怒気を孕ませた。
「一言、言っておきたい奴らがいる」