第5話
「ウグウゥ……! イッ……テ、エェ……!」
コニーは腹を押さえて地面に横たわるレックスに肩を落としていた。
ああ、また面倒な事が。顔を青ざめ、額に冷や汗をにじませる彼を見たコニーが真っ先に感じたのは、その一言だった。
いくら仲間が苦しんでいるとは言え、コニーがそう感じるのも無理はなかった。そもコニーは、つい先程まで集めた薪に炎の魔法を使い、焚き火を作っている最中だったのだ。
先日からの疲労が溜まりに溜まった状態で、レックスに「なにやってんだよ、早くしろよノロマが!」と騒がれながら何度も失敗を繰り返し、ようやっと着火に成功した折にこれだ。それが如何に危険な事態であろうと、コニーが感じられたのは、『面倒臭い』という気持ち以外になかった。
「だ、大丈夫、レックス?」
「アガッ……ヤバ、イ……! 死にそうだ……!」
「え、えぇ〜〜??」
ヘルガがレックスに擦り寄り慌てるような(何故かそんな風に感じないのだが)声を出した。コニーは頭痛が激しくなる中、ため息をついて、痛む側頭部を手の平で押さえた。
しかし、一体何が原因だろうか。今日もモンスターと鉢合わせ戦闘はしたが、流石に戦闘能力は高いレックスとヘルガなだけあり、2人は1度も攻撃を受けていない。狩った生物の可食判定も全て成功させてみせたので、無論毒を持つような食べられない食物を口にした覚えもない。
たまになんの突拍子もなく体調を崩すことはあるが、その類であろうか。もしそうならばまあ仕方がない、と考えながら、コニーはふと、レックスの傍らに転がっている水筒に目を向けた。
――中から水が出てきている。レックスはもう水を飲み干していたはずなので、あの中に水が入っていることはおかしい。ふとコニーは、レックスに水を渡した後、『そう言えば』と、水場の付近を通りかかったことを思い出した。
まさか。コニーは気付いた瞬間、ついレックスを責めたてるように声を荒らげてしまった。
「まさかレックスさん、汲んだ水浄化しないで飲んだんですか!?」
レックスは苦しみながら「だから、なんだって、んだよお……!」と唸り声をあげた。だからどうしたなんて、そんな簡単に終わる話ではない。
「なにやってるんですか、散々ギルドや他の冒険者からも言われてるじゃないですか! 浄化を通さないで水を飲むのは絶対にやめろ、って!」
コニーは言いながらレックスに駆け寄り、しゃがみ込む。
息が荒い。額に触れると、発熱も感じられる。これまでの状況も考えると、何が原因かは明白だった。
ギルドの職員が言うには、どれほど注意喚起をしようと毎年こう言った事例は尽きないと言う。
水を浄化せずに飲むと、腹痛や発熱などの症状に見舞われることがある。そのためそれがどれほど綺麗に見える水であろうと、『水は浄化してから飲むように』とギルドや冒険者は、それこそ耳にたこができるほどに口酸っぱく警告をしてきた。曰く『上位の冒険者がそれをやらかして、ただその1度で死んでしまった』と言うこともあったらしい。
こうした話を聞く度コニーは『とんでもない人もいるんだな』と思っていたが、まさかそのとんでもない人が身近に、しかもかなり上位のランカーにいたとなれば怒りも通り越し呆れともなる。コニーは苛立ったようにため息をつき、両手のひらをレックスに向けた。
回復魔法の予備動作だ。いくら壊滅的なバカの自業自得だからと言って、人命に関わる以上助けなければならない。余計な仕事を増やすんじゃない、と頭の中で念じながら、コニーは目を閉じ、魔力を手の平に集中させた。
「は、はやくしろ……!」
黙ってろ。コニーはレックスの物言いに心の中で毒づいた。
手の平が熱くなり、やがて緑色に光り出す。コニーは徐々に側頭部が熱と痛みを帯びていくのを感じながら、「ハアァッ!」と力を入れた。
と、途端。パン、と言う音が響くと同時に、手の平に集まった光が弾け、ぱちぱちと音を立てながら消えてしまった。
しまった、失敗だ。コニーは心の中で舌打ちをして、さらに痛みを増す頭痛を堪えながら、再度レックスに手の平を向けた。
「な、なにやってんだ……! はやく、しろ、死んじまうだろうが……!」
今やってんのよ。苛立ちが加速度的に増す、それがさらに痛みと熱を強くする。しかしコニーはそれでも集中を切らさず、歯を食いしばり痛みに耐えながらレックスに回復魔法を向けた。
手の平が熱くなり、光が強くなる。コニーは再度「ハアァアアッッ!」と力を込めると、レックスの体が手の平と同じく緑色に光り、やがてその光がゆっくりと消えていった。
レックスの表情が落ち着いた。痛みから解放されたようだ。コニーは成功を確信すると、「ふう」と小さくため息をつき、頭の中を打つ鈍く熱を持った痛みに表情を歪ませた。
と。レックスが立ち上がり、「クソっ」と吐き捨てながら、地面に落ちている水筒を拾い上げた。
「も、もっと早く治しやがれってんだ、クソが。1回で成功させろよ、気合いが足りねーんだよ」
――はあ? コニーはレックスの物言いに怒りを覚え、彼をキツく睨みつけた。
が、
「なんだよ?」
レックスはコニーの目が気に食わなかったのか、むしろ目を怒らせ彼女を威圧した。コニーは思わず萎縮してしまい、「……なんでも、ない、です」と呟いた。
「よしよし。パーティーってのはチームプレイだからな。下手に俺を怒らせんなよ」
ふつふつと怒りが沸き上がる。様々な文句が頭を飛び交い、今にも血管が切れそうなほどに血が沸騰する。
「あ、そだコニー」
と、レックスがちゃぷちゃぷと水筒を振りながら、コニーを見下した。
「コイツの浄化、よろしく頼むわ。またこんなことになったら大変だからな」
今の今で、か? 余計な仕事が増やされ頭痛がするこの状態で、か? コニーは更なる痛みと熱に顔を歪め、不服そうにレックスに目を向けた。
「早くしろよ」
しかしレックスは、何も感じていないと言う風にコニーを急かした。
もしもこのまま反感を買えば、ともすれば殴られることになるだろう。いくらバカとは言え、レックスの腕っ節は間違いなくS級なのだ。自分がどうやったって勝てる見込みはない。コニーは結局彼の横暴さに縮み上がり、小さく「はい……」と呟いた。
レックスが「ったく」と言って焚き火の前に座った。コニーは聞こえないようため息をつき、痛む眉間を押さえ込む。
と。そんな彼女の肩を、ヘルガがぽん、と手を乗せて。
「ファイトだよ、コニーちゃん!」
うるさい。コニーは苛立ちながら、どう見ても好意には見えぬその笑顔に、引き攣った笑みで「はい」と返した。