第39話 エピローグ
スタンピードから1週間あまりが経過した。ドレッドはハクから場所を聞き、レオ家に来ていた。
現在ハクたちはギルドの依頼で出払っている。あのスタンピードが契機となってか、多くの冒険者や運営陣がハクらに対する態度を改め、依然蔑視の視線はあるものの、以前に比べ対等に接するようになっている。
かと言ってなにも世界から黒髪に対する差別が消えたわけではない。ドレッドは今回の一件で、改めて立場を強くすることが重要なのかを認識した。
ドレッドがレオの家に来たのは、ハクを通じて製造ギルド大手のガーフィールと繋がるためだ。事前にここへ来訪することは伝えているため、ガーフィールも何が狙いか位は察しがついていると思うが。
「やあ、ドレッド様」
レオ家の門を抜けると、中庭の中央でガーフィールが毅然として立っていた。
「よう」
「お話は聞いております。ハクさんの、言わば上司のようなもので」
「単に目をかけてるだけだよ。上司って感じじゃない」
「しかしまあ、彼はあなた様のことを大層評価しておりました。これまでも幾度となく助けられている、と」
「はは、それはありがたい」
ドレッドはそう言いつつ、懐から紙を1枚取り出した。
「……それは?」
「スタンピードの件の顛末だ。ハクたちにも伝えてあるが、一応、アンタにも言っておこうって思ってな。
まずはローマンだが、アイツは死罪になった。まあアイツが下手に自分の罪を擦り付けようとしなかったらアレだけの損害は出なかっただろうからな、当然だろう。今は牢獄にぶち込まれている」
「むむう、ノイシュタイン家の方々が不憫ですな」
「噂によると勘当されたらしいけどな。ま、俺だってあんなやつがガキだったらそうするよ。自分の子供をああはしたくねえな」
ドレッドは言うと、「っと、んなこたあどうでもいい」と言って更に別の紙を取り出した。
「で、だ。こっからが本番だ。
――例の、赤い石の獣についての調査報告だ」
ピクリとガーフィールの目が動いた。
「難しい話は置いておいて。一言で言えば“異常”だ。今まで見つかってきたどの生物とも体の構造が違う。
まず内蔵が無い。次に血液が青かった……のは生き物によっちゃままあることだから置いておいて、それよりも血液の魔力含有量が異常だ。つーかもう魔力でできてる血液って言っても過言じゃねえ。赤い石は魔法を発するための媒体だったし、ギルドの職員がこれを使おうとしたら一瞬で魔力が枯れた。今は休ませているから大事はねぇが。これをアレだけポンポンと使えたのは間違いなくこの血液が由来だ。他にも摂食の必要がなかったって説も出てるし、もう挙げ連ねたらわけがわからん。
なによりも気になったのは、コイツは自然発生した生物じゃあねえって話だ」
「と、なると?」
「人工生命体ってことだ。だからアンタの所に来た」
ドレッドはそしてガーフィールを見つめる。ガーフィールはそれに合わせ、ドレッドの双眸を深く覗いた。
「今回の件は現場にいた俺が取り仕切ることになってる。だからガーフィールさんよ、この問題、アンタらに丸投げしてもいいか?」
「……ふむ?」
「こうも摩訶不思議な、しかも人工的な生き物ってなったら、俺たちの生物学者共じゃ手に負えない。製造ギルドの方が幾分か優秀に働けるだろうって言う俺の判断だ。ちょうどいいツテもあったし、アンタらに手伝ってもらいたい。どうだ?」
「ああ、なんだ。そんなことですか」
ドレッドの目の端がピクリと動く。ガーフィールは朗らかな笑みを浮かべた。
「ええ。今回の件は気になることが多い。いいでしょう、私が責任を持って調べさせていただきます」
ドレッドはしばし、ガーフィールを見つめる。しかしやがてため息を吐くと、「ああ。お願いするぜ」と言って、ガーフィールに調査報告の紙を渡した。
「では、ドレッド様。急な仕事故、行かせていただきます」
「ああ。悪いな、突然こんなこと頼んで。報酬はしっかり出す」
「いえいえそんな、お気遣いなく。では、失礼」
ガーフィールが踵を返す。ドレッドは「おう」と言って後ろを向いた。
1歩、2歩、3歩。それくらい歩いたドレッドは、ふとガーフィールを振り返り、「そういやよお」と彼に質問をした。
「ガーフィールさん。アンタ何歳だ?」
「……68ですな」
「ほう。その歳であんだけ動けたのはすげーな」
「ほほほ、健康に気を使っていれば老いぼれでも多少は動けますよ」
「多少、か。冒険者なら4Sランクだったけどな、ありゃ。全盛期はどんだけだったんだよ」
「そうですな。……あなたよりかは、とは言っておきましょう」
「なるほど。いやなに、なんか気になっただけだ。軽い茶話だと思ってくれ」
ドレッドはそう言うと笑いながら歩き出した。
――コニー・レオ。年齢は17、通常半年かかると言われるDランク昇進を、2ヶ月で成し遂げた才女。
有り得ないとは言わない。だが、あの歳の父親を持つには余りに若すぎる。
更にあの桁違いの魔力。同期の冒険者と比べると、圧倒的だ。
あの娘はなにかがおかしい。当人の性格や経験不足からそうは見えないのだが、絶対になにかしらの秘密を孕んでいる。
「……まさか、な」
ドレッドは今回の獣の件を思い出しながら呟く。
しかし、彼はその思案に結論を出せぬまま、ガーフィールの家を後にした。