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第38話

 戦いは終わり、その後夜になった。モンスターたちはドレッドやガーフィール、その他大勢の冒険者や騎士たちのおかげで全て森へと帰らせることができた。


 現在はこのスタンピード、及び赤い石の獣による厄災を乗り越えたことを祝し宴が取り行われていた。町の外に即席の屋台や机を並べ、簡易的な宴会場を作り、皆々月明かりと松明の下でゲラゲラと笑いながら酒や豪勢な料理を楽しんでいる。

 僕はその現場から離れて、一人町を囲む壁の天辺に上り遠い景色を見下ろしていた。


 酒と宴会の席は苦手だ。僕は酒類には弱く、少し飲めばそれだけで酔っぱらってしまう。それに宴会の席というのは、なんともまあ、騒がしくて近寄りがたい。僕はこうして静かに景色を眺めている方が性に合っているのだ。



「――なんとかなった、か」



 僕はふと、月を見ながらそうつぶやく。

 今回の件がここまでうまくいったのは、大勢の面々が僕という人間に協力してくれたからだ。

 ギルドへの報告の際にはさも僕が立役者であるかのように言い回されたが、それは違う。この戦いには一切の無駄と言える人員はなかった。

 戦闘が始まる前の晩には、町の人たちに協力を募りガーフィールの用意した物品の数々を設置した。なにも戦いだけが戦ではない。彼ら彼女らが頑張ってくれたからこそ、僕たちは勝つことができた。今回関わった全ての人間に感謝をしなければならない。


 僕は下で飲めや食えやと騒ぐ人々を見て小さく微笑む。本当に、僕は今回、大きく恵まれていると思う。


 ――それは、そうと。赤い石の獣が敗北した最大の理由は、とどのつまり、人間の持つ利器を甘く見ていたことであろうと、僕は考える。

 時代が進めば文明も発展する。そうなれば奴が知らない物品も数々と出てくる。ガーフィールが用意した品々はまさにそうで、奴にとってアレは全て予想外のものだっただろう。

 それにしたって、今回のあの獣の動きは既視感がある。それは自分が常に味わっていた、嘲りの感情だ。

 作戦会議の際にも言及はしたが、あの獣は人間を舐めていた。まるで僕たちを「劣等種だ」と言うかのように。

 その驕りが結果として敗北につながったわけだが。しかし、不可思議だ。

 そも、野生の獣には本来アレほどの知性はない。そして人間をあざ笑うということも元来あり得ない。

 例えば、目の前に愚かな冒険者が現れ、それをあざ笑うことはあるだろう。しかし奴はそうではなく、まるで人間と言う概念、存在、属性そのものを見下しているようであった。

 通常動物はそのようなことは考えない。それも出会ったばかりの獣が人間そのものを見下すなどというのは聞いたことが無い。しつけの悪い犬や猫とはわけが違うのだ。


 そう。まるで、何千年も前から人間をそうだと判断していたかのような。古代人により形成された偏見とも言えるかもしれないが、僕にはどうも、そうは思えなかった。



 ――と。



「おっすー、あいてる~ハク~?」



 僕の後ろから、声が聞こえてきた。見ると、シキが顔を赤くさせ、どことなくふらふらとしながら空を飛んでこの壁の天辺へと上ってきていた。



「お前、大丈夫か?」

「うぇ~い、飲んでるー?」

「大丈夫じゃないなコレは」



 僕は呆れて肩を落とした。シキが「よっとっとおぉ」と言いながら地面に足をつけ、よたよたとしながら僕の近くへと寄ってくる。



「アッハッハ。だいじょうぶ、ちょっとふらふらしてっけど、意識ははっきりしてるから」

「大丈夫って言うのはやばい奴の発言だって聞いたが」

「だいじょうぶだって。さっき吐いてきたから」

「大丈夫じゃないじゃないかっ!」



 僕が言うとシキはゲラゲラと笑った。酒が入っているからだろうか、どことなくその仕草はおっさん臭い気がした。



「ん、いやね。セイソさんとロベルタさんがさあ、いろいろ話してくるからね。趣味とか、昔の思い出話とか。そしたら恋バナになっちゃってねぇ」

「誰だセイソって」

「ああアンタのことからかって遊んでた受付嬢さん」

「名前と行動が矛盾している」

「確かに。ん、そんでまあね、ちょっと色々めんどくさくなったから逃げてきたってわけよ」



 シキはそう言って僕の隣へとやってくる。ほんのりと笑って、僕と同じように月を見上げて。

 酒が入っているせいか、少しだけ上気していてなんとも言えない雰囲気が漂っている。とろんとした目つきの彼女を、僕は思わず見つめてしまう。



「……ん? あ〜、ずっとこっち見て〜。どったの〜?」



 と、シキがそれに気付いてニヤニヤと笑った。僕は目を逸らして「別に」とだけ呟いた。



「うわ〜、セイソさんが言ってた通りだ。童貞臭い」

「別に悪いことじゃないだろ……」

「んーや。なんかアンタって、意外とかわいいよね」

「あまり人をからかうな」

「からかってないよ。素直な感想」



 僕はメガネの位置を修正して肩を落とした。なんというか、本当に調子を狂わされるな。



「見てよハク。月が綺麗だよ?」

「だから変なことを言うな。絶対わざとだろ君」

「あ、伝わった。これロベルタさんにもセイソさんにも伝わんなかったんだよね」

「つまるところそういう意味を込めたってわけか」

「正解。ねーハク、あの獣と戦う前のこと覚えてる?」

「な、なにがだ?」

「この戦いが終わったら結婚しよーよって言ったの。わざわざそんなこと言って、マジのマジで勝っちゃったんだよ? だからしよーよ。相性いいよ私たち?」

「もはや隠さなくなったな。あのな、シキ。僕と君は出会ってまだひと月も経っていない間柄だ。だから、その、そういうのは良くない」

「細かい。そういう所が童貞臭い」

「安易にたぶらかして傷付けるくらいなら童貞のまま死んだ方がマシだ」

「なるほど。一理ありますなあ」



 なんだろうか。知らない間に会話の主導権を握られてしまっている気がする。僕はシキのヘラヘラとした様子にまた肩を落とした。



「シキ。気持ちは嬉しいが、応えるわけにはいかない」

「え〜なんで?」

「大切なことだからだ。出会って間もない間柄で、まだ気持ちも無いのに交際することはできない。それは僕のプライドが許さない」

「な〜るほど。つまり、本気にさせればいいんだね?」

「む……ま、まあ。そう、だな」



 僕はバツが悪くなり小さく言う。と、途端、シキはニヤリと笑って僕の顔に手を伸ばし、無理矢理自分の顔へと引き寄せた。



「じゃあ、絶対に好きって言わせてみせる。覚悟しろよ? 私はかわいいんだから」



 虚をつかれたことと、あまりに顔が近かったことでドキリとした。声も出せずに狼狽えていると、やがてシキは「ハム♡」と言いながら、僕の唇を突然奪い。



「う、うわ!」



 僕は思わずシキから顔を放してしまう。シキが「あー、やっぱりかわいい」と笑いながら僕を見つめる。僕は唇を指で触りながら心臓をバクバクとさせた。



「い、いやお前、お前! 一体なにやってんだおまえ!」

「えへへ、ファーストキス奪っちゃった! そんじゃあ私はこれにて退散!」

「いや待てお前! おいシキ! 行くな! それはないだろおまえええ!!!」



 僕はふわふわと下へと降りていくシキを追い壁の天辺から飛んだ。

次で意味深なエピローグをやって本編完結です

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