第35話
「……さて、と」
ドレッドは首と肩を鳴らしモンスターの大群を眺めていた。
場所は正門より少しばかり北方へと行った先か。ドレッドは暴れているモンスターたちを眺めて、思案していた。
ハクの目論見通り、敵はあの位置で止まっている。
自分がこちらへ配属されたのは、“正門にいたら敵がその位置を避ける”という理由からだ。ハクがあの会議の中で言及した通り、赤い石の獣は、自分1人を酷く警戒している。
ドレッドにとってそれは、『当然だろうな』と思わされる判断であった。今回の戦い、間違いなく誰よりも戦力になるのは、ドレッド・レイジングであろうことは明白だったからだ。
3Sランク級のモンスターがうじゃうじゃいるとは言え、ドレッドにとってそれらを相手にすることは容易いことだった。それこそこれがスタンピードではなく、小さな群れとの対峙であれば、ハクは何も言わずに「好きにしろ」と彼に全てを一任していただろう。
100匹程度ならまあ余裕だ。しかしこれが1000匹を超えるとなってくると、さすがに話が変わってくる。
ドレッドは確かに、文字通り一騎当千の戦力だ。しかしだからと言って、これだけのモンスターを1人で相手にしろと言われればさすがに無理がある話であった。
「おい、おっさん」
と、突如ドレッドに1人の女が話しかけてきた。こちらへ同じく配属された人間、レンファだ。
「そろそろ突撃したらどうだ? ここの指揮はアンタだ。もしも仕事をサボるってんなら、あたしが代わりにやろうか?」
「おいおい、威勢がいいじゃあねえか。まあ安心しろ、怖気づいたわけじゃあねえ。ちょいとばかし、準備体操が必要だっただけだ」
「ならさっさとしろよ」
「焦んなって。お前ももっとリラックスしろ。いいか、やべー時ほどマジになっちゃあいけねぇんだ。過度な緊張ってのは、実力の低下を生む」
ドレッドは小さく跳び、体を揺らす。
戦力は、S級の実力者が5人。A、Bランクが50人程度。そしてそれ以下の人間がサポートとして100人程度。
そして、俺が1人。ああ、十分な戦力だ。わかってるじゃあねえか、アイツは。俺がどんなもんかってのを。ドレッドはにやりと笑い、部隊の方へと振り向く。
「うっしゃあ、行くぞおめぇら! 作戦会議で言われたことを思い出せよ! こっちの役割はとにかく騒ぎまくることだ! わかったらでけぇ声で叫びまくれ!」
ドレッドが拳を掲げると同時、兵たちが「うおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」と叫び出した。
そして皆々で雄たけびをあげ、ドレッドたちはモンスターの大群に向かい全速力で駆け抜けた。
◇ ◇ ◇ ◇
――赤い石の獣――名を、カーバンクルと言う――は、予期せぬ戦局の狂いに焦っていた。
最初に人間の町を攻めた時、カーバンクルは人間のあまりの進歩の無さに呆れ返っていた。
ああ、なるほど。人間は未だこの程度なのか。何千年という期間を経たにも関わらず、まったく変わっていない。やはり、ヒトという生き物は劣等種だ。わかってはいたが、実際にその姿を目の当たりにした時、あまりのおかしさにモンスターの後方で笑ってしまっていた。
しかし今回の戦いは、以前とは動きが違った。
ただ頼りない人間の壁を築くのではなく、こちらの軍の欠陥を見抜き、利用してきた。見たことの無い兵器を扱い統率を掻き乱し、進軍をそこでストップさせた。
そのうえで、唯一の驚異と捉えた男を側面に配置し、自分というただ1匹を狙うように戦闘を展開してきた。カーバンクルはたった一晩でヒトが動きを変えたことに目を見張っていた。
しかし、それも所詮その程度だ。計画を見抜くことができたのなら、あとは対処すればいい。
カーバンクルはそして、額の赤い石を光らせた。自身を中心に円形の光が彼方へと飛び、モンスターたちが統率される。
この赤い石で魔法を編み、モンスターたちを催眠状態にし使役する。そして警戒している人間と自分の間に分厚い肉の壁を作り、奴の到達を遅らせる。
最悪、町を守る壁さえ突破すればよいのだ。そうすれば町への侵入は容易い、あの巨大なヒトの根城を壊せればそれでよい。戦闘の中で幾度となく乱れる統率を、赤い石を何度も光らせカーバンクルは整えた。
――そうして、やがて。カーバンクルは、異常事態に気が付いた。
自身の後方が騒がしい。命が潰える悲鳴が、怒りと恐怖に駆られた叫びが聞こえる。カーバンクルはさらに赤い石を光らせて、後方のモンスターたちと感覚を共有した。
そして目視したのは、鋭い剣閃に刎ねられ、地獄の業火に身を焼かれる情景。カーバンクルが「まずい」と思い後ろを振り向いた、その時には。
目の前に、黒い髪の男女2名と、彼ら彼女らが連れて来たであろう人間がいた。
◇ ◇ ◇ ◇
『奴はドレッド1人を酷く警戒するだろう。敵の最優の兵を即座に見抜いたあの鑑識眼はさすがのものだが、だからこそ、そこに驕りがある』
ハクは会議の中で、地図上に置いた赤い石の獣を示す石を指しながら言った。
『町の防衛のため、正門前に肉の壁を築く。そこで戦う以前から侵攻が止まり、異常事態が起きれば当然このモンスターも困惑する。そこにスピード勝負でドレッドたちが、できるだけ目立つように側面から攻撃を仕掛ける』
モンスターの群れを示すレンガに向かい、その側面に配置した石を動かす。周りの人間が納得したようにうなずいたり、むしろ、なにかしらの疑問を感じてか悩むように首を傾げ続けたりをしている。ハクは彼らの表情を見て、『もちろん、』と言って話を繋げた。
『当然と言えば当然だが、ドレッドたちが急いで戦いに行ったところで、敵はそれに対処するだろう。そうなれば、おそらく群れをドレッドたちの方にも割く。
兵が二分化するとはいったものの、やはり防衛部隊はそれでも長くは保っていられないだろう。だがそれ自体は大きな問題ではない。重要となるのはここからだ』
ハクはそう言うと、地図の片隅の方に置いていた石を動かし、赤い石の獣を示す石へと向かわせた。
『この伏兵はすなわち僕たちだ。僕たちはあらかじめ離れた位置に待機して、奴が十分にモンスターをドレッドの方へ送り込んだと判断し次第、敵の大将へと攻撃を仕掛ける』
ざわざわとギルドから声が拡がった。ハクはそれを見て不敵に笑みを受けべると、さらに説明を続けた。
『ドレッドを警戒して戦力を割いたということは、別の方向の戦力が減ったということだ。逃げられない状況で、ドレッドに対処するために隊列を崩し手薄になったところを、僕たちが叩く。そしてとにかくスピード勝負で、このモンスターの首を刈る。そうすれば、僕たちの勝ちだ』
◇ ◇ ◇ ◇
「――光った、あそこだっ!」
モンスターの群れへと突撃する前。僕は少し離れた位置で、赤い石の獣が放ったであろう光を見てそう叫んだ。
あの時、確かに僕は見ていた。あの光が辺りを駆けた途端に、モンスターたちの混乱が止まったのを。
すなわちあの光が、モンスターを操るための魔法であり、そして赤い石の獣がそこにいるのだという証拠でもあるのだ。
部隊のどのあたりに奴がいるのかというその正確な情報はわからなかった。しかし、奴にとっての混乱が大きくなれば大きくなるほど、奴は魔法を使い他のモンスターたちを操り、そして自分の居場所と言うのを周囲へと知らせることになる。
思った通りの結果になった。僕はにやりと笑うと、何度も何度も赤い光を放つその場所を指さし、他の冒険者たちに言った。
「みんな、行くぞ! 一斉に攻撃を仕掛けて、そしてあのモンスターを狩る!」
集まった面々が声をあげる。そして僕は隣にいたシキと共に、赤い石の獣に目掛けて、手薄になったモンスターの層の中を駆け抜けた。




