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第32話②

「やめてッッ!」



 突如、聞いたことのない甲高い声が聞こえた。


 僕は思わず、声のした方向を見る。そこには、ほんの少し、ほんの少しだけ見覚えのある、小さな少女が、顔を赤くして、ぷるぷると震えている姿があった。



「君は――」



 そうだ。モンスターチェインが現れる直前で助けた、あの子供だ。

 瓦礫に埋まった母親を懸命に助けようとしていた子供。そして僕は、さらに思い出した。

 そういえば、昼頃にシキに手を振っていた子供だ。黒髪である僕たちに、純粋な笑顔を向けていた、かわいらしく、なんとも微笑ましかった、あの少女。



「こんなの、こんなのおかしいよ! わ、わたしはこのお兄ちゃんたちに助けてもらったんだよ?」

「エレナ、やめなさい」

「なんで!? なんでおかしいことにおかしいって言っちゃダメなの、おかあさん!」



 母親の声に少女が反論した。母親が声をつまらせ、たじろぐ。しかし少女は、止まらなかった。



「おかあさんもわかってるでしょ!? あの人たちがいなかったら、たぶんわたしたち、死んでたんだよ?

 なんで助けてくれた人にそんなひどいことが言えるの? 助けてもらったらありがとうだって、いつもおかあさん言ってたじゃない!」

「――やめなさい、エレナ」

「み、みんなもそうだよ! この人たちがいなかったら死んでた人だって、きっといたはずだよ! それに、こんな、こんなひどいことを、寄ってたかって、みんなで言いあって、石まで投げるなんて! こんなのいじめと同じだよ!

 おかあさんいつも言ってたじゃない! いじめはよくないんだ、やっちゃダメなんだって!」

「やめなさい!」

「なんでなの!? お兄ちゃんたちの話も聞かないで、みんなみんなでひどいこと言って、石まで投げて、ケガさせて! それともこれは、いじめじゃないって言うの!?」

「そうよ!」

「おかしいよ! こんなの、こんなのおかしい!」



 途端、母親が少女の頬に平手打ちをした。僕はその光景に思わず声を出せなかった。


 少女が呆ける。赤くなった頬を抑えて、呆然と母親の方を見る。



「エレナ。理解しなさい。世の中はこういうものなのよ」



 少女が目に涙を浮かべる。「おかしい、おかしいよ」と呟きながら、母親から目を逸らした。


 と、その時だった。



「ガキに手ぇあげるたぁ、親の風上にも置けねぇな、お前」



 突如少女の母親の後ろから、ドレッドが現れた。



「ど、ドレッド!?」

「ようハク! すまねえ、ゴミの回収に遅れちまった!」



 そう言ってドレッドはポイっと1人の男を投げた。

 ドサリと音がして、あの緑髪の男――ジェイクが僕の前に落ちる。そんな簡単に人を投げるなんて、色々と問題な気がするが。



「ハッハッハ! イキってた割に大したことなかったぞソイツ! これならまだハクの方が強いな!

 ――さて、と」



 と、ドレッドはそう言って、母親を軽く押し退けると、少女と目線を合わせるようにしゃがみこんで、彼女の頭にぽんと手を置き撫でた。



「おいお嬢さん。お前のその“何かを疑問に感じる力”は絶対にこれから武器になる。

 いいか、世の中にはおかしいことがごまんとある。そんでその中に、悲しいことに自分の親ってのが含まれちまうこともある。大人ってのもしょせん人間だからな、当然悪いこと、間違ってることをするなんてこと、よくよくある。

 けどそいつらの声に負けて、その力を見失うのだけはよせ。大人が言ってたからってなにもかもが正しいわけじゃあない。お前はお前でしっかり考えて、賢い人間になれ」



 ドレッドの言葉を聞いて、少女は「……うん」と小さく声を出した。「よしっ!」とドレッドは笑うと、立ちあがり、その時には恐ろしいまでの双眸をあらわにしていた。



「てめぇらもいくらなんでもあんまりじゃあねえか? 片方の話ばっかり聞いて、よくわかってねぇのにジャッジしやがってよぉ。俺たち大人がガキにそのこと指摘されちゃあ世話ねえと思わねえか?」

「なにが言いたいんだよおっさん!」

「まあ聞けよ。そもそもでな、そこのローマンって奴の言ってることは大半ウソだ」



 ドレッドがみんなの視線を集めるように、大げさに身振り手振りを大きくして言った。途端に周囲がざわざわとし始め、こちらを怪しみながらも、しかし、ドレッドの言葉に心が揺れているような雰囲気が蔓延した。



「それは、本当なのか?」

「ああ。そうだよな、ジェイク?」



 町人の言葉にドレッドはそう返し、倒れているジェイクを足で小突いた。ジェイクは「ぐふっ」と小さく声を漏らすと、体を震わせながら口を動かす。



「あ、ああ……。け、獣を解放したのは……ローマン、だ。わ、私が、指示した」

「じぇ、ジェイクっ!」



 ローマンが声をあげる、しかしその様子に周囲の目が彼を怪しむものへと変わった。途端、ローマンはしどろもどろになりながら話し始めた。



「い、いや、そ、ソイツの言ってることはうそだよ! ひどいやつだ、じぇ、ジェイクを脅して無理にこう言わせてるんだ! そうだろ?」

「おいおい、その手の言い分に持っていくなよ。お前陰謀論者か?」

「うるさい! ぼ、僕はなにもしてないぞ! ああそうだ、遺跡の調査に出向いて、そしてあの黒髪たちが勝手にあの獣を解放したんだ! 僕が! 散々! 警告したのに! ぎ、ギルドだって遺跡のことを知っているさ、本当だ!」



 ローマンが声を張り上げる、しかし直後、「あれあれあれ~?」と腑抜けた声が聞こえてきた。これは――



「ローマンさ~ん、今ギルドが遺跡のこと知ってるって言ってましたよねえ?」



 予想通り、と言うべきか。群衆の中からひょっこりと、あの褐色肌の受付嬢が現れた(なぜか女を引き連れて)。



「だ、だれだよお前!」

「あ、私ギルドで受付嬢やってるっス。お前に教えてやる名前はねぇって者です。以後お見知りおきしなくてイイっスよ」

「なんだお前、頭おかしいんじゃないのか!?」

「まーその辺の議論は置いといてっス。ローマンさん、あの遺跡の調査なんですけど、実はギルド受理してないんスよね。

 代わりにジェイクのおっさんが出した、偽の依頼書が出て来たんスよ」



 そう言って褐色肌の受付嬢は、連れている女を隣の男に預けると、1枚の紙をペラリと出した。



「ほら、遺跡イケー! 封印とけ〜! って書いてあるじゃないっスか。筆跡もなんかジェイクさんっぽいし、本人の証言的にも間違ってないし? ほぼ確じゃないスか?」

「う……ぐう、」

「あ、なんなら遺跡に行って細かい調査するともっとわかるんじゃないスかね? ハクさんの報告によると、途中でおたくらのパーティー分断してたっぽいし、となるとモンスターとの戦闘の跡も色々違うだろうし。特にハクさんの武器、独特っスからね。切った何某の断面見ればわかるんじゃないスか?」

「ぬあっ!」



 ローマンがナイフで刺されたかのような表情をする。と、奴は慌てて僕の手を振り払い、怒り心頭な様子で受付嬢に迫った。



「お、お前、調子に乗るんじゃあないぞっ! たかが受付の分際で、Sランクの僕に色々と言うんじゃ……」



 まずいと僕が思った瞬間、受付嬢の女は「ほいっ」と言いローマンに足を引っ掛けて転ばし、虚をつかれて驚いた時には彼に組み付き地面に押さえ込んでしまっていた。



「アガガガガッ! な、なんだこの受付嬢!」

「受付を怖がらせるなんて冒険者の風上にも置けないと思います!」

「お前怖がってないだろ! ちょ、痛い痛いマジでやめろお前!」



 ローマンが悲鳴を上げた直後、受付嬢が「取ったどー!」と言って1枚の紙を掲げた。



「みんなー見てこれー! テッテレー! なんかの地図〜!」

「お、お前、やめろ!」

「おお、なんか建物の構造っぽいっスね。目的地まで書き込まれてるっス、封印解くって書いてもあるっスね。なんでこんなもの持ってるっスか? こんなの私がやったんだって言ってるようなもんじやあないスか」

「くっ……!」



 ローマンが悔しそうに顔を歪める。よくわからないが、とにもかくにもこれほどに様々な証拠が出てきたのだ。今更言い訳はできまい。



「み、みんな、騙されるな! こいつらは黒髪とその仲間だぞ! ウソを言って僕をハメようとしてるんだ!

 僕はこいつらに仲間を殺されている! みんなもそうだろ、家族を、恋人を、友人を! こんな奴を許すな、今すぐ捕まえて殴って火あぶりにでも……」

「おい」



 僕はそして、倒れ伏しているローマンに近付いた。



「この期に及んでまだ言い訳を続けるか。もはや呆れて言葉も出ないぞ」



 僕はしゃがみ込み、ローマンの胸倉を掴む。受付嬢がローマンの上からどいたのを確かめてから、僕は怒りに任せ奴を無理強引に立ち上がらせた。



「1つ言っておく。貴様がどこの高名な家に生まれていようが、どれだけの武勲を立てていようが関係ない。貴様は軽率に人を見捨て、煽り、そして逃げ出したんだ。

 品性も誇りもない野蛮な黒髪だと? ああ、その言葉をそのまま返してやる。自らの無計画さに人々を巻き込み、煽り、逃げ出し。そんな無責任な貴様に、上から誇りを語られるなんぞ筋が違う。

 貴様は所詮、ノイシュタインという家のデカさに酔い続けただけの、劣等種である黒髪()にも勝てない、品性にも誇りにも欠けたどうしようもないバカだッ!」

「――ぼ、僕は貴様なんかに負けていないッ!」



 ローマンが僕の手を振り払い襲い掛かってくる。僕は奴の拳が届く前に、素早く渾身の力を込めた一撃を顎に浴びせ、そのままローマンを殴り飛ばした。

 ローマンが地面に倒れ、ピクリとも動かなくなる。横にいた受付嬢がとことこと奴の元へ行き、「おー、完全にぶっ飛んでますねコレ」と言いながら地面の土をひっかけた。



「――しまった。つい熱くなってしまった」



 僕がため息をつきながらそう言うと、僕の隣にやってきたシキが「いや、んなこたないよ。私なら殺してた」と返す。その様子を見ていたドレッドが高らかに笑い、「いいキャラしてんなぁお前!」とシキに言った。

 シキは「いぇい」と言ってドレッドにピースサインを送る。僕は彼女の様子にやれやれとため息をついた。

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