第31話
「シキ、敵だ!」
「うん! ハク、そっちも危ない!」
「ああ、すまない!」
僕はシキの呼び掛けに応じて、迫る大猪を刀で斬る。同時にシキは僕の声に応じて、腕を振り上げたリノファングを天を貫くような炎の柱で焼き殺す。僕たちはこのスタンピードの中、モンスターの大群の対応に追われていた。
シキは僕の想像以上に頼もしく、凶暴なモンスターでさえもたった一撃の魔法で倒していく。彼女がいなければ戦局は間違いなく、大きく、それも悪い方向へと変わっていただろう――そう思えるほどの活躍だった。
事実、元来魔法でしか対応できないモンスターも、彼女がいれば難なく倒すことができた。魔力を僕の武器に付与する魔法を使えば、一切魔法が使えない僕でも十分に戦える。これまで受けたことの支援魔法が如何に有用なのかを、僕はこの時初めて実感した。
僕は目前の竜に刀を振り、首を一刀ではねる。シキは突進を仕掛けてきた大量の一角のうさぎに電気の玉を放ち、うさぎたちを次々と感電させていく。
「うっしゃあ、丸焼け一丁上がり!」
「本当によくやるな。君と出会えたことは凄く幸運だったのかもしれない」
「ふおお!? 今そういうの言う!? すごくえっちな気分になるんだけど!」
「そういうことは言わなくていい!」
僕は叫びながら目の前の巨大な虎を切り伏せながら叫ぶ。
切り伏せた直後に、休む間もなくモンスターが現れ、僕はそれをさらに一刀にて切り捨てる。シキも次々に襲い掛かるモンスターたちの対応に追われ、額に汗をにじませながらも、魔法でその多くを倒していった。
事態の収束は未だ見えない。モンスターがあちらこちらと町を破壊し、人々は逃げ、死に、地面に投げ捨てられ。僕はあまりの混乱に思わず舌打ちをしてしまった。
――と。僕の脇を、1人の男が走り去っていった。
流れるような金髪、うっとうしいほどに鼻につく匂い。一瞬見えたその姿は、間違いなく、皆を扇動したあの男、ローマンだった。
「ッ――! ローマン、貴様っ!」
青い顔をし、一目散にモンスターから逃げる奴に僕は思わず怒り、その背中を掴もうとする。しかし、直後だった。
「ハクッ!」
シキが焦るように叫んだ。僕はその声を聞き、彼女が指し示す方向へと顔を向けると。
そこには、民家の瓦礫に挟まれ動けなくなった1人の母親と、その体を引っ張り出そうとしている小さな女の子がいた。
「おかあさん、がんばって!」
「無理よ、早く逃げなさいッ! このままだとあなたまで――」
「いやだ! 一緒に逃げよう!」
なんということだ。僕は小さく呟き、地面を蹴り跳ねるようにその親子の元へと駆け出した。
「大丈夫か!」
僕は母親の元へと寄り、彼女の上に乗った瓦礫に手を触れ、全力で腕に力を込めた。
「うおおおおッ――!」
なんとか瓦礫を持ち上げ、母親が這い出ることができそうなわずかな隙間ができる。同時に「早く引っ張り出せ!」と叫び、女の子はそれを聞いて焦るように母親の腕を引いた。
母親が痛みに顔をゆがめながら瓦礫の下から這い出る。直後、僕たちの前に巨大な虎のモンスターが現れた。
「まずいっ――」
僕は刀を抜こうとする、しかし敵の動きの方が速い。振り上げられた腕が僕たちの方へと落ちてくるその刹那、突如として、奴の手が空中でピタリと止まった。
「大丈夫、ハク!?」
シキが地面に手を着け、眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいた。どうやら、彼女が魔法のバリアを僕たちの前に張ったらしい。
極めて強力な壁だ。目の前の虎の爪は巨大な岩をさながらスポンジケーキのように切り裂けるほど鋭いのにも関わらず、シキの作り出したバリアは、ほんのわずかな傷さえつけることなくそれを防ぎきっているのだから。
「すまない、シキ!」
僕は刀を抜き、それを大きく振り回す。虎の腕が切り飛ばされ、流れ出た大量の血液が宙に舞い巨大な玉となる。僕は痛みに身をのけ反らせたソイツを睨むと、また刀を振り、次にその顔面を横一文字に叩き切ってみせた。
「――早く逃げろ、2人とも! とにかく町の奥へ行け、ここにいたらいつ死んでもおかしくないぞ!」
小さな女の子が僕の言葉を聞きうなずく。そして「行こう、おかあさん!」と困惑する母親の手を引いて、急ぎその場から去っていった。
近くにいた冒険者が彼女らを保護するのを確認してから、僕は安堵のため息を漏らす。直後、気を張り詰めたような野太い男の声が、辺りにこだました。
「“モンスターチェイン”だああッ!」
僕はそれを聞き声の方を見た。
視線の向こう側に、大量のモンスターが一列になりこちらへと走る姿が映った。僕は全身の産毛が逆立つのを感じた。
モンスターチェイン。何かしらの原因で、モンスターたちが一列に隊を組み突進してくる、スタンピードの中でも特に脅威となる現象だ。
これの何が恐ろしいか。それは一言で述べるのなら、その突破力にある。
スタンピードの対応は、隊列を組み、モンスターたちが町に到達する前に肉の壁を作ることが基本となる。しかしモンスターたちが直列に並び、一点集中でその壁に衝突した場合、早くに肉の壁は崩れ、町への侵入を許してしまう。
この場合は町への侵入を許す前の話であり、今回とはいささか状況も違うのだが――どちらにせよ、僕たちにとって直列の突破力はまさに脅威だった。
人々が避難したのはモンスターが襲ってきた門とは真逆の方向だ。すなわち町の奥に逃れたわけだが、突破力が強いとはすなわち、彼ら彼女らの避難区への侵入を許すということなのだ。もしもそうなった場合何が起きるかは、もはや想像さえ必要なかった。
「あのナルシストめ、アレを連れて来たな――!」
僕は刀を構える。そして隣のシキに「シキッ!」と呼びかけた。
「全力でアレを食い止めるぞッ! ここでせき止めなきゃあ、大勢の人が死ぬ!」
「うっわ、わかってるわコレ無茶ね! 仕方ない、やってやろうじゃあないのッ!」
シキが叫び、同時に「ハアアアアァッッッ!」と叫び目前に魔力のバリアを出現させた。
ギラギラとバリアが発光する、どうやらシキが全力を出したらしい。直後に直列に突進するモンスターたちはバリアへと次々衝突し、そのたびにバリアが揺れ、今にも弾け壊れそうになった。
「こんのおおおおおおおおおおッ!」
シキが両手を前にかざしモンスターたちの動きを食い止める。僕は瞬間に大きく息を吐き――
「――ッ!」
閃くような一瞬の後、目前に固まったモンスターたちの元へと一瞬で駆け、そして刀を振った。
スンという空気を切る音が手元に走った直後、固まっていたモンスターたちの体から大量の血液が噴き出た。
呼吸により気を落ち着かせ、一瞬のうちに何体もの敵を切り伏せる剣技だ。極度の集中力が必要なうえに、なかなかの疲労が溜まるのでそう連発するわけにもいかないのだが。僕はモンスターたちが倒れていくのを感じながら、次いで、さらに目前に迫る存在へと目を向けた。
まだだ。まだモンスターたちの行列は終わっていない。僕は奥歯を噛み締めると、またもう一度深く呼吸をした。
更なるモンスターたちがシキの作り出したバリアへと激突する。直後、シキのバリアが、音を立てて砕け散ってしまった。
「なっ――!」
僕は焦り、それが呼吸を乱す。
ダメだ、落ち着け。僕は再度呼吸を整え、壁を壊し踏み越えてくるモンスターたちを睨む。
「ハアっ!」
僕はさらに息を吐くと、同時に目の前のモンスターに刀を振った。迫る一体が盛大に倒れ、首を吹き飛ばしながら地面を転がっていく。しかし一体のモンスターを倒したところで、更なる猛獣が間髪入れずにこちらへと迫る。
「ぐあああああああッ!」
直後にシキが叫び、同時にまたギラギラとしたバリアを生み出した。
モンスターの足が再度止まる、僕はそれを見てもう一度息を整え、そして止まったモンスターたちに向かって先ほどと同じく刀をひらめかせた。
またモンスターたちが血を吹き出し倒れていく。僕はそれを確認すると同時、全身から汗が噴き出すのを感じた。クソ、立て続けに二連撃はさすがに堪える。
しかし依然モンスターたちはシキのバリアへとぶつかってきた。シキは両手を前に出し、鼻から血を流し眉間にしわを寄せて迫るそれらを必死に押さえ込む。しかしやがてまたバリアが壊れ、モンスターたちがそれを踏み越えこちらへと迫る。
しかし同時にシキが下がった腕を上げ、またバリアを一枚作り出した。先ほどまでの光はない、しかしそれでもモンスターたちはシキの作った壁に足を止められていた。
「ハクぅ! まずい、埒が明かない!」
「クソ……物量で、攻められたら……さすがに、体力が――」
僕は必至で呼吸を整える。大丈夫だ、落ち着け、焦れば死ぬぞ。そう何度も念じて息をコントロールしていると――
直後。「ウオラァアアッ!」という野太い声が聞こえたかと思えば、僕たちの目前にいるモンスターたちに、突然なにかが降ってきた。
「な、なんだッ!?」
僕は思わず叫んだ。土煙が高く昇り、モンスターたちを覆い隠す。
と。僕はその土煙の中央で、恐ろしいまでの、しかし、かつて感じたことのある覇気を感じた。
これは、この雰囲気は、間違いなくアイツだ。僕はにやりと笑うと、土煙の中で、何者かの頭を持ち立つ男へと声をかけた。
「ドレッド!」
土煙が晴れていく。モンスターたちはどうやらあの落下の衝撃でのびたらしい、大量の倒れ伏した猛獣たちの上に立ち、ドレッドが、緑髪の男――ジェイクの頭を、さながら果物でも握りつぶすかのようにギリリと締め上げ笑っていた。
「おう、ハク! 悪い、遅れた」
「遅刻なんてもんじゃあないぞ! だけどよく来てくれた、助かる!」
「はは、なんせ仲間のためだ、平和主義の俺でも多少は暴力的になるぜッ!」
ドレッドが言うと同時、片手で持ち上げていたジェイクを振り回し、彼を全力で地面にたたきつけた。平和主義とは一体なんなんだ。
どうやらジェイクは完全に気絶したらしい。ドレッドが肩を回しながら「うし」と言うと、アレほど進撃をしていたのにも関わらず足を止めてしまっているモンスターたちを見て、にやりと笑った。
「おう、俺の部下が世話になったようじゃあねえか。ありがとうよ、お礼に俺がコイツを送ってやるぜ」
直後、目前にいたモンスター、スティノドンに向かってドレッドは飛び上がり、その顔面に拳を叩きつけた。
スティノドンの頭が吹き飛び、後方へと勢いよく飛んでいく。それは次々と後ろにいたモンスターたちを貫通していき、ドレッドはほんの一撃だけで、一度に大量のモンスターを仕留めてしまった。
「イイはく製だろ? 大切にしろよ」
ドレッドが地面に着地する。次いで彼は「けっ」と吐き捨て笑うと、また拳を構え、そして目前の群れを睨みつけた。
「次はだれが相手だ?」
ぞくりと、空気が寒くなるのを感じる。気迫がさながらこの地を恐怖に陥れたかのようにも思えた。
モンスターたちが完全に動きを止める。そして一瞬の間が流れた瞬間、一匹のホーンドレイクが、突如として暴れ出した。
体を回し、尻尾を振り。その行動に他のモンスターたちが巻き込まれ、そしてそのモンスターたちもまた、突然それぞれで暴れ出し、これまでと違いまったくもって統率の取れていない動きをしだした。
僕は「危ない!」とシキの手を引き僕の後ろへと下がらせた。ドレッドもモンスターたちを睨みながら飛び退き、しばらく互いに互いの体を攻撃しあうモンスターたちを見つめ続ける。
と。瞬間、ビカリと謎の赤い光が、辺りを駆け抜けた。
「な、なんだ?」
僕は驚き、声をあげる。と、目の前であれだけ暴れていたモンスターたちが、今度は突然動きを止め、その後、奴らはゆっくりと僕たちに背を向けて、ぞろぞろと引き返していった。
辺りをよくよく見ると、暴れていたモンスターたちが全て町の外へと向かっていた。一切何者かを攻撃するわけでもなく、何かを壊すわけでもなく。それは統率の取れた動きというよりかは、何者かに操作されていると言った方が適切だった。
その後、モンスターたちは、一匹と残らず町から消え去った。僕たちは奴らが移動する間、その行動を気にしながらも、しかし、これ以上の被害を出さないためにも、モンスターたちに刺激を与えずに、そのまま森へと帰っていくのを見送った。
ここでシキが作り出した魔力のバリアはホーンドレイクの魔力障壁とはまた別の物だと思ってください。
ちなみにホーンドレイクの魔力障壁は『魔力のこもった攻撃でないと破壊できないが、魔力のある攻撃を受けると比較的壊れやすい』もので、
シキが使った物は『普通の攻撃でも壊れるが、耐久力は比較的強い』というものです。
モンスターが魔力込めて殴ってくることもある状況なので後者の方が良かったと判断しているがゆえです