第30話
「これだからバカな無能は嫌いなんだ」
ジェイクはそう言いながら荷物を抱え、町の外へと出ていた。
モンスターの大群が押し寄せてきている場所とは正反対の方向だ。流石にここまで奴らが来るのには時間がかかるだろう。
1度目の失敗の時点でローマンが再び失敗するのは目に見えていた。だからと言って彼以外にこの問題を任せるわけにはいかず、そのためジェイクは、彼からの報告を聞き終えた段階でこの状況から逃げる算段を整えていた。
こうなった以上責任は免れない。ギルドから騎士を派遣され、身柄を拘束され裁判にでもかけられるのがオチだろう。そうなる前に別の土地へ移動し、安全を確保した方が良い。
大丈夫だ。私はまだやれる。ジェイクがそう心の中で呟く、と。
「コンコン、もしもーし」
なにやら楽しそうな、しかし自身を威圧するような声が聞こえた。振り返ると、そこにはドレッドがニヤニヤとしながら立っていた。
「入っていいか?」
「……客人を招いた覚えはないのだが」
「そう固いこと言うなって。俺とお前の仲じゃないか」
ドレッドはそう言うとジェイクに1歩踏み出した。
「おー、こんな事態にも関わらずお前は旅行にでも行くのか。優雅な身分だな」
「貴様こそ、街が破壊されているのに私なんかに構っていてもいいのか?」
「こっちはお前と違って優秀な仲間を持ってるからいいんだよ。ま、お前を問い詰めたらあっちを手伝うがな」
ドレッドはそしてジェイクの目の前にまで迫り、彼に圧をかけるように睨みを効かせた。
「さて。こちとらもうお前とローマンが繋がってることも、今回の件、お前があまりに怪しい行動をしていたことも把握済みだ。そこで聞きたいことが1つだけある。
……協力者は誰だ?」
「――」
「ハクたちがスティノドンを討伐してからほんの数日しか経っていない。にも関わらず、お前らはハクらを貶めるような罠を張った。到着までに数日かかる遺跡に、な。
ローマンもお前も、そもそもハクっていう存在を認知したのがあの討伐を終えてからのはずだ。あの短期間でそんだけのことするのは不可能だ。となりゃ、誰か協力者がいるってことだろ。
いや、違うな。協力者は適切じゃない。首謀者がいるってことだ。今回の件は前々からハクって存在をマークしてる人間じゃなきゃできないからな。今すぐゲロってくれりゃ今後の展開も考えてやる。……どうだ?」
「……ご大層な妄言を吐くな、貴様は」
「しらばっくれてんじゃねえぞ」
直後、ジェイクがドレッドの腹に膝蹴りをする。しかしドレッドはそれを見もしないで手で防ぎ、そしてジェイクを突き放した。
「おいおい、穏やかじゃねえな」
「ふん。貴様がどれだけ私を知っていようと、関係ない。ああ、貴様はここで、スタンピードにより死亡した……ということになるのだからな」
「おお、こうもふてぶてしい敗北宣言は初めてだ。認めるってことでいいんだな」
「違う。そも、私は負けてなどいない。ああ、ここで貴様を殺せば何もかも丸く収まる。だから、負けてなどいないのだ」
ジェイクがドレッドに迫る、そして彼の腕を掴み捻り上げ、これまでに見せたことのない、焦燥に満ちた表情でドレッドを睨んだ。
しかしドレッドはそれを意にも介さず。ただゆっくりと、大きく、ため息を吐いた。
「お前ってさ、典型的な『成果はあげられるけど無能な上司』だよなあ」
「何を言っている?」
「お前成果主義の時代の人間だろ? はは、アレは地獄だった。誰も彼もが自分の評価を上げることに苦心して、結果後続の教育が無くなって若い冒険者の死者が増えた。それを重く見たギルドは新たに『教育報奨』を設立。後続の教育により力を入れた人間を評価するようになった。
結果教育のことなんざ頭にもなかった連中は自分の成果を才能ある奴に与えるようになった。そっちの方が後々良いからな。こう聞くと聞こえだけはいいが、ようは、教育をしないでそれっぽい奴を実力者に仕立てあげたってことだ。結局、若い人間が死んでいくのは変わらんし、経験の浅いバカが上に行って勘違いするって言う最悪の事態になった。ギルドは結局数字しか見てないからな。その結果ローマンみたいなバカがSランクなんて大層な箔を身につけちまったんだよ」
「何が言いたい!」
「バカの教育をおざなりにしておいて、そのバカに仕事任せておいていざとなったら無能だなんだと吐き捨てる。そういうことしてる時点で手前の方も無能だってことになんで気が付かない? その時点でお前が俺に勝とうなんざ100年はえーぜ」
ドレッドは捻り上げられた腕に力を込め、ジェイクに抗い、むしろ彼の腕を捻り下ろす。ジェイクはその力にたじろぎ、思わず彼の手を放してしまった。
「はは、怖気付いたか? 手前も結局はローマンやレックスたちと変わらねえ。才能に依存して実力を勘違いしちまった無能だ。世の中には数字やパッと見じゃあ見えねえ能力もあるんだよ。
人材ってのは確かに資源の1つだが、消費物じゃあねえ。本当にすげえ人間ってのはそれをよく理解している。だから俺がお前に証明してやるよ、本当にすげえ奴ってのはてめえなんざ取るに足らねえんだってことをよお」
ドレッドが構える、ジェイクはそれを見て同じく身構え、これからぶつかってくるであろう衝撃に備えた。
「……くく、ははは、いいだろう。面白い。上司に歯向かうとどうなるか教えてやろう」
「部下を甘く見ると手痛い目にあうんだぜ、このクソ老害野郎が」
2人は言い合い、笑う。そしてほんの一瞬、音が消えるかのような間が開いた後――
2つの衝撃が、隕石のようにぶつかりあった。