第29話
ドレッドはギルド内を歩いていた。
外は現在、町にまで侵入してきたスタンピードの処理で大混乱だ。本来であれば自身も戦いに参加しこの事態を収めるべきなのだろうが、しかし今はそうはいかない。
実のところだが、ドレッドはハクたちが晒し上げられるその状況を眺めていた。故に全ての事情は察しているのだが、しかし彼は、ハクたちを助けるわけにはいかなかったのだ。
ローマンの言葉はでたらめも良いところだった。証拠なども一切ない故、反論などはいくらでも可能であろう。しかしそれではダメだったのだ。
つまるところ、黒髪はそういう存在である――ということだ。別に証拠なんぞは無くても良い、とにかく吊るし上げられればそれだけで罰を受けるのだ。となれば、この事態が収まった先にあるのは、ハクらの捕縛だ。
もしも自身が戦いに参加すれば、この程度、なんとでもできるだろう。しかしそれをおいそれとできるような状況ではないのだ。
故にこそ。ドレッドは閑散としたギルド内を歩き回り、どうにか彼らの無実を証明できる何かがないかと探していたのだ。
しかし、その肝心の何かが見つからない。ドレッドは頭を悩ませ、「あー」と大声で叫んだ。
――と。
「……おっさんなにやってんスか?」
ドレッドの目の前に、褐色肌の、受付嬢の格好をした女が現れた。どういうわけか、ぐったりとしている別の受付嬢の肩を支えて。
「ギルドは今すげー混乱っスよ。おっさん強そうに見えるのに、いかなくていいんスか?」
「野暮用があってな。つーかお前誰だ? いやていうか、なにがあったんだ、そこの女? 戦いに巻き込まれたか?」
「私? 私はセイソっス。セイソ・ヒショビッチ。
まあこの女に関しては、ちょっとヤリすぎたっすね。いあ、なんっつーのかなー。さっきのアレ、見てたっすか? あの黒い髪のかっちょいーにーさんたちの」
「ハクたちのことか?」
「おー、知り合いだったっすか。ならまあだいたいわかるっスね。
いやー、私あの金髪の……なんだっけ? まああの金的男がへったくそな演説してたの聞いてっスね。あれー、なーんかおかしいなーって思ったんスよ」
「なにがだ?」
「私、新しい遺跡を見つけたなんて話一切聞いてないし、資料も見たことないんスよね」
「それ、お前が忘れてただけなんじゃねーか?」
「いやー、まあその可能性も考えてたすけど、今ならハッキリ言ってやりますよ。ありえませんスよ、そんなこと」
「は?」
「私、資料にはとりあえず全部目を通していて、全部覚えてるんスよ。一言一句違わず」
ドレッドは平然と言うセイソの言葉に思わず目を見開いた。
「は、ハハハ、んなわけあるか。人間ってのはそんなに記憶力よかねーんだよ、戯言も大概に――」
「おっさんの名前はドレッド・レイジングっスね。現在はレジェンドクラスで、ちょっと前に運営側に回ったっす。ちなみに初めてやったクエストはムガイスライムの討伐で、なんとなんと最弱級のモンスターだったのに討伐できず帰ってきてたみたいっスね。まあ当時のおっさんはまだかわいいショタっ子だったっすからしょーがねーっす。写真見たときすげーかわいくって、どうにか過去に戻って食えないかなーって思った……」
「待て、わかった。お前の記憶力が良いのはわかったから少し黙ってくれ」
ドレッドはセイソの言葉に顔を覆った。
まさかあの頃の黒歴史を掘り返されるとは。とてつもない屈辱感と恥辱に自分らしからぬ態度が出てしまった。
「お、かーわいー。いやあおっさん乱暴そうに見えて意外と天使っすね。ギャップにきゅんきゅんしたっス、というわけで今晩どうっすか?」
「俺には嫁さんたちがいる」
「ッチ。5人も嫁さんいるんだったらもう私1人としたところで同じじゃないっスか」
「お前マジでどこまで知ってるんだ?」
「いあだから全部目を通してるって。話聞いてました? 耳の中ごりごりしてやりましょうか?」
「この野郎……」
「いやまあそんなのはどーでもよくて。まあようは、記憶漁っても出てこねーし、改めて調べてもなおなにも出なかったっス。こいつはクセーなと思いまして、まあ友達のピンチだし久々がんばろっかーと思って考えてたら、ふとこの嬢さんがあの時の受付担当だったなーって思ってっスね」
そう言って褐色肌の女は、隣でやけに小刻みに震えている女を指さした。
「……一応聞くが、なにした?」
「問い詰めたっス。最初質問しても何も言わなかったからもうこれは本気出すしかねーなって思ってっスね。まあちょっと10分くらい色々と……」
「待て、それ以上言うな。なんかこれ以上は危険そうだ」
「え? くすぐりまくっただけっスよ?」
「紛らわしいわボケ!」
「あれれ〜? 一体ナニと紛らわしいかったんスかね〜? 私が一体ナニをしたと思ったんスかね〜? ちょっとお答えしてもらっていいっスか〜?」
「コノヤロウ……」
「まあそんで、拷問してゲロってもらったんスけど、結果まあビンゴっすねー。受付嬢のくせになぜか受理されていない依頼書を持ってたっス。しかもジェイクさんから出てるっぽいっスし、あの金玉とも繋がりがあったっスし、他にも色々出てきたっスよ。なんなら証言もしてくれるみたいっスよ? ほれ」
そう言って褐色肌の女は小刻みに震えている女の脇腹をつついた。途端、彼女はビクンと大きく震え、「はいっ! 私はあ! ジェイクさんから今回の件の口止めをさせられてましたあ!」と叫びだした。
「……なんていうか、ヤバいなお前」
「ウチでペットとして飼ってるサキュバス直伝のくすぐりテクっスからね」
「はあっ!?」
「まーそんなのはどーでもいー。どうするっス? コレ、結構いい感じじゃないスか? 明らかな問題行動を見たらさすがに黒髪だからって逆忖度でしょっぴくこともないっしょー。まー人によりでしょーがね」
「そうならないために俺がなんとかするんだよ」
「裏方がいるって心強いっスねー。つーわけで、ハクさん? らの問題はこれにて解決! いやー私の極めて有能な働きに感謝するっスよ。具体的にはボーナスくれっス」
「――ああ、なんか腹が立つが、今回に関してはナイスだ。金ならいくらでもやる」
「オッシャ!」
「だが、今はそういうわけにはいかねえ」
ドレッドはそう言って目を鋭くさせる。目の前のセイソが、「えー、なんでっスかー」と口をとがらせてくる、ドレッドはそれを見もせず、どこか彼方を見つめ、そして呟いた。
「――奴に当たらなきゃあならねえ。今回の件、絶対に何か裏がある」