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第28話

「みなさん! できるだけ町の奥に逃げてください!」


 コニー・レオは行き交う人々に大声をあげ彼らを誘導していた。

 町の奥へとなだれ込んでいく町民たち。その多くが我を忘れ、ただコニーたちの声を聞き愚直に走っているだけだった。


 ――ハクさんの判断は、正しかった。コニーは周囲に呼びかける中で、もう何度目かわからない実感を得ていた。


 極めて信じ難いことに、今こうして自分が呼びかけるまで、町の奥へと避難している町民の多くが動けなかった。あるいは、あらぬ方向へと逃げモンスターたちに襲われていた。


 緊急事態において、正常な判断のできる人間は少ない。突然巻き起こった命の危機に脳が侵され、なにもかもが見えなくなるのだ。

 そして厄介なことに、彼ら彼女らは、その時、自分が混乱の濁流に呑み込まれているという事実に気付きさえしない。故に自身の誤りに気付けず、一瞬の判断が生死を決める場において、普通であれば取らないであろう最悪の選択をしてしまうのだ。


 コニーはそのことをよく理解していた。スティノドンと対峙し、見捨てられていたことに気が付かず、目の前の怪物を通り過ぎ他のメンバーについて行こうとしたあの時。確かに自分は、それこそが正しい判断なのだと……否、もはやそんなことさえも感じられずにいたのだ。

 ましてや今は集団での行動だ。周囲の波に呑まれ、愚行に皆が付き従い、さながら集団自殺でもするかのように命を散らすなんてことは、十分に起こりうる事態であった。


 いつの間にか集まっていた他のSランクの冒険者たちも、町民の避難を優先し自分たちと同じように人々を誘導していく。どうやらハクが呼びかけたようだ、少しずつ人員が増えるにつれ、襲ってきたモンスターへの対応力や誘導の質が上がり、より多くの町民が逃げ出せ、命を保っていく。コニーはその状況に、どういうわけか少しばかりホッとしていた。


 と。コニーは「あっ!」という子供の小さな声を聞いた。

 声の方向を見ると、小さな男の子が転び、泣き出しそうになっているのが見えた。コニーはすぐにその子の元へと行き、彼に視線を合わせるため屈みこんだ。



「大丈夫!?」

「うえっ……。痛いよ、お母さん……。お母さん、どこ……」

「……大丈夫、落ち着いて。ほら、私の目を見て」



 男の子はコニーの呼びかけに応じて、目を合わせる。目に涙が浮かび体を震わせている、無理もないだろう。この状況でこんなにも小さな子供が、たった1人で動いていたのだ。むしろ逃げ出すことができていた分、聡明とも言えるだろう。



「……よし、偉いぞ。今は怖いかもしれないけど、頑張って町の奥まで逃げて。いいね?」

「でも、お母さんが……」

「お母さんもきっと町の奥にいるよ。だから、もうちょっとだけ、頑張ろう?」

「…………うん」



 男の子はそう言ってゆっくりと立ち上がった。コニーは「よし、凄いぞ」と言いながら彼の頭を撫でる。


 ――と。



「コニー、危ねぇ!」



 直後。コニーはレンファの声に反応し、後ろを振り向いた。


 そこには腕を振り上げこちらを切り刻もうとしているスティノドンがいた。「あっ、」コニーは呟き、しかし目前のモンスターの攻撃を避けようとした。

 避けよとしたが、瞬間。コニーはふと、目の前の男の子のことが気になり。

 咄嗟に彼を抱き、スティノドンの攻撃から男の子を庇った。



 スティノドンの腕が振り下ろされる、コニーは瞬間に死を覚悟した。まずい、やってしまった。だけどこの子は守らなければ。そんな想いが()ぎった刹那、しかしコニーは、一切切り刻まれることはなかった。


 恐怖で閉じた目を開くと、そこには、スティノドンの攻撃を腕で受け止めているレンファがいた。


 恐らく肉体硬化魔法を展開しながら、腕で攻撃を受け止めたのだろう。腕がちぎれ飛ぶことはなかったが、しかし、その1度の攻撃だけで、彼女の体は深い傷を負ってしまった。


 腕には爪が食い込み大量の血が吹き出ている。顔を青ざめ歯を食いしばったレンファは、身を小刻みに震わせながら大声で叫び、



「こんにゃろおおお!」



 スティノドンの前足を弾き、その巨体を転ばせた。



「れ、レンファさん……!」



 コニーは「ぐっ……!」と呟き地面に膝を着く彼女に擦り寄る。


 極めて酷い傷だった。爪はどうやら骨にまで達しており、硬化の魔法を使っていなければ間違いなく全身を引き裂かれていたであろう。それだけではない、あれだけの衝撃だったのだ、骨だっていくつか折れていても不思議ではない。



「待っててください、今、回復を……!」



 コニーはレンファに回復魔法をかけようとした。しかし直後、獰猛な咆哮が目の前より響き、スティノドンが立ち上がり、コニーたちを威嚇しているのが見えた。



「コイツ、もう立ち上がって……!」



 コニーが焦り目を見開く、同時にレンファが「あああああああッッッ!!!」と叫びながら立ち上がり、そして険しい顔で深く息を吐きながら、目前の怪物に向かい駆け出した。


 跳び上がり、スティノドンの体を登りながら無数の連撃を食らわせていく。しかしスティノドンは動じていない、レンファの攻撃では奴の硬質な肌を相手取ることはできなかったのだ。

 しかしレンファは、拳から血を吹き出しながらもなお殴った。顔の高さにまで到達し、レンファはそのまま歯を食いしばり、腕に力を込めスティノドンの眼球に向け拳を放った。


 拳が眼球に突き刺さる、スティノドンがそれに悲鳴をあげ体を大きく捻った。唯一の有効打だ、コニーはレンファの健闘に驚いていた。


 が、直後。スティノドンの尻尾がレンファの体に当たり、彼女はそのまま地面に叩き落とされた。



「れ、レンファさん!」



 コニーはレンファを介抱しようと擦り寄る。と、そんな彼女たちの目の前に、スティノドンが一歩、足を踏み出した。


 右目から血液を流しながら、憎悪と言える視線をこちらへと向けている。コニーはその強烈な殺気に動く事が出来ず、スティノドンが腕を持ち上げる様を、呆然と眺め――


 直後。スティノドンの体に、大量のナイフが突き刺さった。



「爆ぜろ」



 そう声が聞こえた直後、突き刺さったナイフは次々と爆発し、スティノドンの肌を内側から吹き飛ばしていった。



「健闘、大義であった」



 コニーは後ろから聞こえてきたその声に顔を明るくさせ、思わず、声の方向へと首を回し。



「お父さん!」



 自身の父、ガーフィール・レオを視認した。



「コニー。無事でなによりだ。――そこのお嬢さんには礼を言わねばならぬな」

「お、お父さん――」

「コニー、お前はその人を治してあげなさい。あと、子供は離れさせるな。これだけの混乱の中で小さな子が1人になってしまえば、必然、死は免れぬからな」



 ガーフィールはそう言いながらゆっくりと足を踏み出していく。コニーはその一歩一歩が、さながら魔王の行進のようにも思えた。



「レンファさん。私の娘を助けてくださったこと、筆舌に尽くせぬほどに感謝している。貴女が命を懸け作り出したこの数秒のおかげで、私は私の娘を守ることができた。誠に情けない話だ、そうでなければ私は自分の娘を失っていたのだから。

 だが故にこそ、私はこれより、貴女が作り出したこの勇気ある数秒に、全身全霊で報いましょう」



 爆発の煙が晴れていく、薄い膜の中から血だらけのスティノドンが現れ、奴は満身創痍と言った風にガーフィールを見つめていた。

 と。ガーフィールは一瞬目を閉じ、そして、激しい怒りに髪を逆立てながら、その一歩を踏み出し。



「覚悟しろ猫。私の娘に手を出した者に、生きている価値はない!」



 腕を振り、無数のナイフをスティノドンへと投げつけた。

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